おじたん。的ぶろぐ生活。

おじたん。である。語るんである。

秋田からの電話 2。

2006-05-27 18:33:44 | 我思う、故に書くなりよ。
電話じゃなくて、メッセンジャーなんだけどね…。

進展が無いらしく、ヒマらしい。今日は昼間から呼び出された…。報道のこっち側にいると、シンプルに見える事件でも、あっち側にいるから判る「複雑さ…」ってのはあるもので、どうもかなり複雑らしい…。それが「人権」って部分で多大に問題がありそうな場合は「書きたくても書けない…」コトになり、警察発表でも無ければ記事にするのも難しいワケだから、そうした「恐れ」が少しでもあれば、滅多やたらに動けない…となる。動いたお陰で、起きなくても良い問題が起きちゃったりするしねぇ…。

だが、ジャーナリストにもいろいろいて、おかまいなし…ってのもいたりするもんだから現場が困るのだが、彼も多分にそういう傾向はあった。そうでもしないと「フリー」のジャーナリストなんて、記事を買って貰えないワケだから、なんとも…。

ただ、彼の場合は手を付けた案件はしっかりと追い続ける…って姿勢がしっかりしている。もう忘れかけちゃったが、栃木の小学生誘拐殺人事件も追っている。あちらも進展が無いまま、時間だけが過ぎ、報道のこっち側にいると「忘れちゃった…」と言う感じが強くなってしまうのだが、当事者と同じ感覚を保ったまま、事件を追っているんである。

「ゆるせねぇだろ? どんなヤツだかしらねーけどさぁ…」

事件の解決を目指す者、願う者、気持ちは同じだろう。日が経つにつれて、情報は減りつつあるし、忘れられる傾向も強くなって来る。警察にしても同じだけれど、取材する人も同じ感じを受けている。ヒドク不幸な事件の場合、報道のこっち側にいる人間よりも、現場に近い人間がそうなってしまう傾向は強い場合もあるんだとか。

「忘れちゃいたいんだろうな。当事者以外、近隣に住んでいても、他人事だしな。」

悲しいコトだが、仕方ないコトなのかもしれない。そうした感触を取材という立場でストレートに感じ得るのもツライだろうなぁ。

「塩撒かれたり、水ぶっかけられたりするんだぜ。」

それでも、地道に乏しい情報を積み重ねて、許せない人間に近づこうとする努力を惜しまないコト。そしてそれをまとめて報じるコトが単なる仕事…ってコトに収まっていない。報道の全てが「正義」とは言えなくなってしまったけれど、少なくとも彼はそうであって欲しい姿の「報道」に身を置いている。

『マスゴミ…』って言葉がいつしか生まれている。「ゴミの様なマスコミ…」と書けば判りやすいだろう。残念ながら、総じて見れば文字通りなのが実情だと、彼も言っている。マスコミである以上、そう見られて仕方が無いし、それが変わるコトも無いだろうと言う。

「そうしてしまったのは誰なんだろうねぇ?」

そう呼ばれる身に自身を置きながらも、やはり考える事はあるらしい。身から出たサビ…と、簡単に言ってしまうのはどうかと思う。大衆の意を汲みすぎた…とも言えるし、商業主義に走りすぎた…とも言えるんじゃないかと。

「オネーちゃんの陰毛で儲かるんだからなぁ…」

ま、最近ではそうした安易な方向ってのも舵を切り直した感じが出て来てはいるが、依然として姿勢として向いている方向は変わっていないのかもしれない。求めたのは大衆なのか、メディアなのか定かじゃないが、キレイなオネーちゃんの陰毛が載れば部数も伸びるのが週刊誌だったりだから、どこもかしこも「陰毛」になったし。

これだけ「メディア」が多様化すると、喰うにも困る…のだが、それを支えるのは大衆だってコトにはあまり変わりが無かったりする。大衆に品が無くなれば、メディアもそーなるんじゃなかろうか。

「んじゃあ、日本にゃ品のある大衆がいないってコトか…」

実際、そうなんじゃないかな。その他にも大事なモノと一緒に、どこかへ捨てちゃったのかもしれない。それを取り返す場も無ければ方法も無いんじゃあちょっとなぁ…。

メディアの多様化とその将来を考える人や企業は多いのだが、得てして「娯楽」方面の話ばかりだったりするのだが、品のある「報道」を考える人はいないもんだろうかねぇ…?

「それで儲かれば考えるんじゃないの? 儲からないとメディアとして維持継続出来ないんだからさぁ…。」

じゃあ当面と言うか、未来永劫無理な気がする…。でもそれじゃあイケナイんだけれど、成り行きに任せる…他に無いのかなぁ…。確かに、そんなコトを真剣に考えたからと言って、お金をくれる人が現れそうも無いよねぇ…。

「ペンは剣よりも強し…なんてあるだろ? ありゃウソだよ。刺されるの判っていて書くバカ見ねぇもん。まぁ、刺すのは剣ばかりじゃねーけどな…」

んー。報道ってのは様々なモノが毎日必ず、絶え間なく途切れもしないで流れていて、それに接する量はかなりのモノになるのだけれど、果たして「質」はどうなんだろうかと考えると、安穏としていられないんじゃないかと…。感情を伴う報道が消えて無くなったワケでは無いし、薄いモノばかりでも無いのだが、ハイテクやらITを送り手の武器として使い始めた今、反対側にいる我々が求めている「質」ってのは「簡素で淡泊過ぎる」って感じがしなくもない…。利便性ってコトで片づけちゃった弊害としての、それ…って感じがするのだが、それで良かったのか悪かったのか…。

「おまえも鬱病やってないで、イラク行ってこいよ。絶対その方が健康だぞ。」

それは私も判る。判るだけに「鬱」なんだ。報道の仕事から離れて久しいけれど、こっち側にいても「歯がゆい…」。あっち側にいたら「もっと歯がゆい…」。100億くらい金が余ってたら、そうした報道機関を作ってみたい…って気もするんだが、ホリエモンにもオジャマモンにもなれないしなぁ…。

「おまえ、飲めないけど今度飲もうぜ。ちっとは面白い話もしないとよぉ…」

と、約束して飲んだ試しは無いが、飲んでみようかと思う。陰ながら応援する他に何も出来ないけれど、頑張ってもらいたいからね…。

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当たる。

2006-05-27 15:05:48 | 我思う、故に書くなりよ。
BOSSのマグカップが届いた。

BOSSのサイトでゲームをしながらポイントを貯め、なおかつ、チャンスゲームで勝たないと貰えないので、点数シールを集めて応募…なワケじゃあないだけに、当たったのが判った時はうれしかったのだが、当選商品の到着までに時間が掛かっているので、そんなコトがあったのも忘れていた。

マグカップ…なんだが、それらしい小箱に詰められて届き、おお。マグカップな…。と思ったんだが、中にまた小箱があって、その中に入っている。すなわち、世間で言われるほどの大きさは無いが、まぁ、普通のBOSS缶が1本は入るみたい…。

ホットな飲み物が入ると、カップの外側にレインボーな柄が現れるらしいので、うまく写る様なら写真でも撮ってみようかと思う。

でまぁ、このゲームが「BOSS VEGAS」って名前に変わって、まだ続いている。商品も変わって、タオルとか座布団になったみたいだが、暇つぶしのゲームとしてはなかなか面白い。1日で遊べる「限度」ってものがあるので、際限なく遊んで飽きてしまう…ってコトが無いのが良いのかもしれない。

また、時事ネタの予想クイズとか競走馬育成ゲーム…なんてのもあるので、単なるゲームで賞品ゲット! って感じのゲームじゃ無いところも面白いと思う。

よくあるじゃん。「ホントに当たるのかよぉ?」ってのが…。当たるんだねぇ…。

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