ジョギングはシャンパンの味

ジョギング、写真、革クラフト、木工、パンつくり、日本の古代史などを趣味にして楽しんでいます。

NHK-TVの「百年インタビュー 蓮池薫さん」を観て

2010年03月07日 08時01分10秒 | 新聞・ラジオ・テレビ

・・・北朝鮮に拉致された蓮池薫さんのインタビュー番組でした。


  「蓮池薫氏」

・・・彼のインタビュー番組で心に残ったことの一つは、「自由であること」。
  自由と言うことを本当の意味で実体験した人の言葉として気持ちに残った。
  もうひとつは「生きること」、拉致された後、何を考えて生きてきたのかということから出る信念の言葉が今の私の心に残った。

・・・まず、蓮池さんは北朝鮮から一緒に帰ってきた、彼の子どものことで、「自由であること」について述べていた。
  彼の子どもたちは北朝鮮で生活している時は、親と離れて、学校で、云われたことを、云われたままに生活していればよかった。
 しかし、自由な日本にやってきて、子どもたちはとても、戸惑っていると…。
 子どもたちが、何もしなくても、それについて、誰も何も云わない・・・・・、「自由であること」は生きていくことは自分の責任でやらなくてはいけない。そのためには、努力が必要で、良くても、悪くても、結果は自己責任である、と云うことに最初は戸惑っていたらしい。 
 子どもたちが帰国してから、五年経った今は、自由と云うことに慣れて来たようではあるが・・・・、と蓮池さんは言っておられた。
 当たり前のことだけでも、北朝鮮のような自由でない国は、何も考えなくてもよく、且つ、云われたことのみ、やればよいので、責任もないということを、改めて、私は話を聞いて、逆説的に、知ったことは私には新鮮でした。

・・・また、もう一つの「生きる」と言うことは、蓮池さんは拉致された絶望の毎日の生活の中で、真剣に考えて来たことだから、その「生きる」と云う言葉に本当の意味があると感じました。
 「生きる」ということは蓮池さんにとって、「絆」と「夢」であった、と述べておられました。
 今までの家族、友達、近所・・・と云う「絆」が、拉致される事によって、すべてなくなってしまった、これが、北朝鮮で生きていく中で、一番つらかったと言っておられました。
 北朝鮮で、結婚して子供が出来ることで絆が出来ることで、初めて「夢」が生まれ、それなりに生きていこうと思った、と述べておられます。
 そう云うことで、蓮池さんにとって「生きる」ということは、「絆」と「夢」でした。

・・・私は、会社に長年、勤務し、リタイアし、子どもも成人した今、改めて生きるということを考えています。
 経済的には、足りた生活はしていますが、会社をリタイアした今、、私にとって、「絆」と「夢」とは何だろうかと考えています。


 

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