<おでいげ>においでおいで

たのしくおしゃべり。そう、おしゃべりは楽しいよ。

王維の詩を読んで夜を過ごす。

2024年07月02日 21時06分02秒 | Weblog

「田園楽」  王維

 

桃紅復含宿雨  桃は紅にして復(また)宿雨を含む

柳緑更帯春烟  柳は緑にしてこもごも春烟を帯ぶ

花落家㒒未掃  花落つれども家㒒は今だ掃かず

鴬啼山客猶眠  鴬泣いて 山客は猶眠る

赤く咲いた桃の花びらにはまだ宵越しの雨が残っている

柳の細い葉はどの葉にも春の烟(かすみ)を乗せている

庭の花々は散ったようだが、我が家の者どもは掃きもしない

鴬が盛んに鳴いているが、この村の住人は眠ってまだ起き出さない

いいじゃないかいいじゃないか、わが住むところは長閑でいいじゃないか。

今宵も復、詩人王維の叙景詩を読んで楽しむことにした。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

結局、一日、籠もってた。

2024年07月02日 20時37分30秒 | Weblog

夕食を食べ終わった。好きな糸モズクを啜った。缶ビールを飲んだ。寛いだ。入浴もすんだ。老人はいつ寝てもいいけど、まだ8時40分、寝るには早過ぎる。

しばらく、パソコンのYouTubeで音楽を聴く。静かな音楽を選んで、聴く。眠気が訪れて来るまで。老人は激しい音楽には耐えられない。

気温28℃。湿度82%。夜になったのに、ムシッと蒸し暑い。半袖シャツとバーミューダ半ズボン。扇風機を回している。これで十分。

一日、とうとう玄関より先には出ないで終わった。籠もっていた。雨が、午後から上がったが、それでも外には出ていかなかった。億劫がった。朝寝と昼寝をした。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

阿弥陀経をひもどいて安らぐ。

2024年07月02日 17時14分33秒 | Weblog

従是西方過十万億仏土(じゅうぜさいほう かじゅうまんのくぶつど)、有一世界、名曰極楽(ういつせかい みょうわつごくらく)。其土有仏、号阿弥陀(ごどうぶつ ごうあみだ)。今現在説法(こんげんざいせっぽう)。彼土何故、名為極楽(ひどがこ みょういごくらく)。其国衆生、無有衆苦(ごこくしゅじょう むうしゅうく)。但受諸楽。故名極楽(たんじゅしょらく こみょうごくらく)。  

阿弥陀経より。

今日はこの経典に帰って来て、わたしは安らぐことにします。みなさまもどうそお安らぎくださいね。

ここから十万の仏の世界を過ぎて行くと、極楽と名付けられた一つの世界が有ります。其の土(=国)には阿弥陀と号されている仏様がおられます。いつもいつもお姿を現されて、仏の法を説いておられます。(仏は、わたしたちが救われていく道があることを説いてお聞かせになっています)救いを得たその仏国土の人たちは、誰もがすべての苦しみというものから解放されて、ただただ安心の楽しみに浸っておられますので、この仏国土を極楽浄土と申し上げておられます。

不思議に思われているかもしれませんが、西方(未来の世界)には、十万億もの仏国土があります。その一つ一つの世界には仏様がおられます。十万億とは無限数ということです。極楽浄土で安心を得た成仏した人たち(=仏様たち)が、それぞれに救済実践の場を設けて仏国土を建設されているからです。

わたしたちもいづれそうなります。わたしたちは仏様になるのです、未来世界では。

阿弥陀仏が建設された極楽浄土は、未来世界の最先端に位置しています。いわば銀河鉄道の機関車です。十万億の仏世界を率いておられます。

救済実践をしながら、宇宙中を先へ先へと進んでいきます。じっとしてなんかいないのです。進んでいけば進んで行くだけ、仏様はますますランクを上げて行かれます。永遠の高みへ高くなっていかれます。仏教の教えは凄いなあと思います。停滞がないのです。

阿弥陀仏は、無量寿如来、無量光如来の別名があります。「無量」は、「わたしたちでは計り知ることができない」の意味があります。「寿」は無限時間、「光」は無限空間です。無限に生きて生きて生きて活動して活動して活動している仏さまです。活動範囲は広いので、わたしたちの衆生救済の活動だけではないだろうと思います。

此処に書いたことは、わたしの推論です。わたしを安らげる推論です。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

そこへ到達して行くのだ、と思う。

2024年07月02日 16時55分07秒 | Weblog

恐怖からは逃れたい、そう思う。

やすらいで生きていたいと思う。

で、お慈悲の観音菩薩にすがることになる。代受苦のお地蔵様にすがることになる。救済者阿弥陀様にすがることになる。

なんだ、おまえの信仰心は恐怖心逃亡欲求に起因しているだけなのか。だったら、そりゃウソモノだなと見破られることになる。

弱者の弱露呈に過ぎないのだから。

人を、恐怖させてはならない。恐怖させられるのが嫌だから、人様も恐怖させてはならない、そう思う。

地獄は恐怖すべきところだ。小さい頃お寺に行ったら、地獄絵を見せて脅された。

仏様の世界には地獄はない。ないはずである。仏様は恐怖の地獄を造られるようなことはない。いまはそう思う。

悟りの涅槃界は大安心の場所である。そう思う。そこへ到達して行くのだ、と思う。

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

だらしがないわたしの恐怖症。

2024年07月02日 16時37分28秒 | Weblog

「高所恐怖症」なる恐怖症がある。高いところが苦手な人がこの症状に罹る。

世の中には、いろんないろんな恐怖症がある。「閉所恐怖症」という恐怖症もある。狭いところを恐がる。理屈無しで恐がる。青ざめて足腰が立たなくなる。卒倒に及ぶこともある。

人は、人それぞれにいろんなものに恐怖を覚えながら生きているようだ。その一々の恐怖反応は、理屈を超えているところがある。

わたしは夢恐怖症のようだ。恐い夢を見るからだ。悪夢でいっさいの感情が歪んでしまう。人に悪く思われているのではないか、人に憎まれているのではないか、という恐れが、悪夢を造って、わたしを襲撃して来るようだ。悪夢には、すぐに白旗を揚げて降参するしかない。だらしがないったら、ありゃしない。

で、親戚さまの人様の家に上がれない。困ったもんだ。年忌法要にも出て行けない。で、また陰口をたたかれる。悪循環になる。無能も無能。なにもかもあったもんじゃない。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

借問す、津(しん)を問う者に。

2024年07月02日 15時58分41秒 | Weblog

「上平田」   王維

 

朝(あした)に耕す 上平田

暮れに耕す 上平田

借問す 津(しん)を問う者に

寧(な)んぞ 沮と溺の賢を知らんや

(俗世は俗世の人にまかせて、隠者のおれはおれをして、)朝が来れば田圃へ出て耕し、夕暮れが来ればまた田圃へ出て耕している、それだけの男さ。世の中改革に勤しんでいる儒学者殿にもの申す。あなた方は、隠者を生きた長沮と桀溺のほんとうの賢さを知っておられるのだろうか。

「津を問う者」:「津」は「渡し場」のこと。「渡し場を問者者」とは、「この世を生きる要諦を知る者」のこと。孔子と弟子の子路が、田を耕している二人の隠者、長沮と桀溺に、道を問うた故事に基づく。隠者には隠者の言い分があるし、儒学者には儒学者の言い分がある。この世をどう生きるか。俗世を改革する道を選ぶか、俗世を離れる道を選ぶか。王維は隠者の道を選んでいるようだ。

このお爺さん(ブログの作者)も、朝に夕べに畑を耕している。そこだけが隠者に同じだ。王維は隠者の生き方を肯定しているようだが、このお爺さんは、無知蒙昧なるが故に、論争をふっかけるのも、しかし、嫌いだ。世事を疎んじて、ただの田舎の爺さんで終わっている。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

この世にいないとできないこと。即興詩。

2024年07月02日 15時41分41秒 | Weblog

わたしの他愛もない詩

「この世にいないとできないことをする」

 

この世にいないとできないこと。それをする。

それをしていると、わたしがわたしになれる。

この世を生きているわたしになると死なない。

この世にいないとできないこと。それをする。

野甘草の花を摘んで、あの人の黒い髪に挿す。

7月が空を造る。空を夏風が渡る。髪に渡る。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

今日の即興詩 「わたしのいい人」

2024年07月02日 15時27分47秒 | Weblog

今日の即興詩 「わたしのいい人」

 

いい人はいい人

いい人だからいい人

いい人を わたしの胸に独り占め

 

いい人はいい人

わたしのいい人は 目に青い海がある

肩先に波が走る 背中にヨットが走る

 

だからいい人なのよ

いい人なのよ ダンゼンダンゼン

 

ダンゼンダンゼンに 力を込めて

鱗雲の 雲にお話

雲にお話 雲にお話

 

少女の髪には 髪飾り

摘んだばかりの草の花 白い小さな草の花

わたしのいい人は わたしだけのいい人

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

岩の上の狼になる。不届きな狼になる。

2024年07月02日 15時07分20秒 | Weblog

よぼよぼのお爺さんだから、よぼよぼしているのが、もっともふさわしいのだけれど。

ちょっとばかし、よぼよぼ爺だってことを、忘れる。

そうしよう、そうしよう。

忘れよう。

忘れたら、いきなり風が爽やかになった。

爽やかな風の中から、あの人が現れて、手を振った。あの人は、首に、真っ赤なスカーフを巻いている。

スカーフを風がうしろに靡かせる。長い髪が真似をする。

というのに、あの人の声は聞こえない。

口がわたしを呼んでいるというのに。

お爺さんはよぼよぼでなければならない、ってことも、ないのではないか。

生きて来た歳月に拘束されていねければならない、ってことも、ないのではないか。

そういう不届きな考えが、岩の上の狼になる。

岩の上にも青空。岩の上にも爽やかな夏風。

軽くジャンプをしただけで、狼は太平洋まで飛び去って行ってしまった。

平原を越え、川と谷を幾つも超えて。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

青空がわわわっと広がる。日射しがマズルカ砲弾を打って来る。

2024年07月02日 14時56分17秒 | Weblog

ああ、あああっ、青空だ!

青空だぞ! 雨の合間に広がった青空がまぶしい。透き通るばかりの光のまぶしさ。

日射しも夏の日射しとなった。マズルカ砲弾だ!

窓を開ける。西風が、日射しの匂いを集めて、勢いよく渡って来る。

鬱ぎ込んでいた西瓜畑の西瓜の玉たちが、立ち上がって、踊りを踊り始めたぞ!

ブラボーを叫んでいる!

もちろん、この畑の主さまも、だ。

午後3時を回った。

さあ、なんとしてくれよう。

よぼよぼの足が立ち上がる。よぼよぼを忘れて立ち上がる。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする