知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

類否判断事例-「和幸食堂」と「とんかつ和幸」

2010-05-23 18:15:15 | 商標法
事件番号 平成21(行ケ)10256
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成22年05月12日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 滝澤孝臣

 しかしながら,本件商標からは,「ワコウショクドウ」という1連の称呼が生じ,また,「和幸」という名前の「食堂」といった観念が生じることは否定し得ないが,本件商標の称呼ないし観念が「和幸食堂」以外に生じる余地がないということはできない
 けだし,本件商標の「食堂」の文字部分は,「食事をする部屋」あるいは「いろいろな料理を食べさせる店」を意味する語(甲2)であるばかりでなく,本件商標の指定役務を提供する場所そのものを指す語であるから,本件商標中の「食堂」の部分からは,「和幸」の部分と一体となって,上記の称呼ないし観念が生じ得るとしても,それ自体で独立した,出所識別標識としての称呼及び観念までは生じないというべきであるからである。

 そうすると,本件商標からは,「和幸食堂」という当該商標の全体に対応した称呼及び観念とは別に,「和幸」の部分に対応した「ワコウ」の称呼も生じるといわざるを得ないのであって,本件商標と引用商標との類否判断に際して,本件商標から「和幸」の部分を抽出することは当然に許されるべきものである。

 他方,引用商標のうち,引用商標2についてみると,同商標は,・・・,「とんかつ」の部分と「和幸」の文字部分とをその構成部分とするものであることは,視覚上,容易に認識することができるものであるところ,「とんかつ」の部分は,同商標の指定役務の対象そのものを表す語から成るものであるから,本件商標の「食堂」について説示したのと同様に,引用商標2の「とんかつ」の部分からは,それ自体で独立した,出所識別標識としての称呼及び観念は生じないものといわなければならない。
 そうすると,引用商標2からは,「とんかつ和幸」という当該商標の全体に対応した称呼及び観念とは別に,「和幸」の部分に対応した「ワコウ」の称呼も生じるといわざるを得ない。

・ 本件商標と引用商標2との類否
上記・及び・によると,本件商標と,引用商標のうち,引用商標2とは,称呼において共通するものであり,両商標の外観の相違は,出所識別標識としての称呼及び観念が生じない「食堂」及び「とんかつ」部分が異なる程度にとどまるものであるから,そのような外観の相違を考慮してもなお,本件商標と引用商標2とが同一又は類似の役務に使用された場合には,当該役務の出所について混同が生じるおそれがあるというべきであって,本件商標は,引用商標2と類似するものと認めるのが相当である。

<判決中で引用した最高裁判例>
商標の類否は,対比される両商標が同一又は類似の商品に使用された場合に,商品の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるか否かによって決すべきであるが,それには,そのような商品に使用された商標がその外観,観念,称呼等によって取引者に与える印象,記憶,連想等を総合して全体的に考察すべく,しかも,その商品の取引の実情を明らかにし得る限り,その具体的な取引状況に基づいて判断しなければならない」(最高裁昭和39年(行ツ)第110号同43年2月27日第三小法廷判決・民集22巻2号399頁参照)

「複数の構成部分を組み合わせた結合商標については,商標の各構成部分がそれを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているものと認められる場合において,その構成部分の一部を抽出し,この部分だけを他人の商標と比較して商標そのものの類否を判断することは,原則として許されない。他方,商標の構成部分の一部が取引者,需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる場合や,それ以外の部分から出所識別標識としての称呼,観念が生じないと認められる場合などには,商標の構成部分の一部だけを他人の商標と比較して商標そのものの類否を判断することも,許されるものである」(最高裁昭和37年(オ)第953号同38年12月5日第一小法廷判決・民集17巻12号1621頁,最高裁平成3年(行ツ)第103号同5年9月10日第二小法廷判決・民集47巻7号5009頁,最高裁平成19年(行ヒ)第223号同20年9月8日第二小法廷判決・裁判集民事228号561頁参照)

商標法9条の4所定の要旨の変更の判断事例

2010-05-23 17:34:59 | 著作権法
事件番号 平成21(行ケ)10414
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成22年05月12日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 滝澤孝臣

〔原告の主張〕
 ・・・
 そうすると,「カエデの木から採取した樹液を原料とするシロップ」との表現で第32類を指定して登録出願した場合,同シロップが第32類に属する商品概念である清涼飲料に含まれる商品として登録出願されたものであると自然かつ一般的に理解できる。
 他方,本件商標の本件補正後の指定商品である「メープルシロップ」は,調味料として第30類に区分され,第32類の「シロップ」とは非類似商品として取り扱われてきた(甲16,17)。


 したがって,「カエデの木から採取した樹液を原料とするシロップ」との表現で第32類を指定して登録出願された本件商標について,「メープルシロップ」との表現で第30類を指定することとした本件補正は,要旨の変更に当たり,本件商標の出願日は,本件出願日ではなく,本件補正日である平成19年4月11日となる。
 ・・・

第4 当裁判所の判断
1 原告は,本件商標の登録が各引用商標との関係で商標法8条1項に違反して無効であるとの主張の前提として,本件補正が商標法9条の4所定の要旨の変更に当たると主張するが,出願された商標について行われた補正が要旨の変更に当たるか否かは,当該補正が出願された商標につき商標としての同一性を実質的に損ない,第三者に不測の不利益を及ぼすおそれがあるものと認められるか否かにより判断すべきものである

・・・

 そうすると,本件補正に係る「メープルシロップ」は,本件出願に係る「カエデの木から採取した樹液を原料とするシロップ」との表現を,より一般的な表現に改めただけであって,両者は,その内容において同一の商品を指定するものであったといわなければならない

 したがって,第32類に「シロップ」が含まれているからといって,本件出願に係る「カエデの木から採取した樹液を原料とするシロップ」との表現により一般の需要者及び取引者がこれを清涼飲料に含まれる「シロップ」と誤認するおそれはなく,調味料などとして利用される「メープルシロップ」と理解するのが一般的であるから,本件出願に際して商品区分を第32類と指定したことは,第32類に「シロップ」が含まれていたことにより,その記載を誤ったにすぎないものというべく,本件補正により第32類を第30類とすることは,誤記の訂正の範囲を出ないものといえる。

3 本件補正は,以上のとおりのものであって,そもそも,本件商標について商標としての同一性を何ら損なっていないし,また,それにより第三者に不測の不利益を及ぼすおそれが認められる場合ではないから,商標法9条の4所定の要旨の変更には当たらず,これと結論を同じくする本件審決に誤りはない

実施可能要件を否定した事例

2010-05-23 17:00:46 | 特許法36条4項
事件番号 平成21(行ケ)10170
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成22年05月10日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 中野哲弘

 以上のとおり,本願明細書(甲3)は,実施例で検出が行われた個別の2つの物質に関してADP受容体P2TACアンタゴニスト活性が確認された旨の記載があるに止まるものであり,どのような化学構造や物性の化合物が有効成分となるかについての具体的な記載はない
 したがって,当業者は,本願明細書の記載からある化学構造の化合物を含む組成物が本願発明に該当するかどうかを認識・判断することはできない

 そして,本願発明の特許請求の範囲全体を実施するためには,特定されていない無数の化合物を無作為に製造し,特許請求の範囲に記載された検出方法を適用して試験化合物からADP受容体P2TACリガンド,アンタゴニスト又はアゴニストが検出されるかどうかを確かめ,ADP受容体P2T アンタゴニスAC トたる化合物を見つけ出さなければならないが,このことは当業者に過度の試行錯誤を強いるものというべきである。
 すなわち,本願明細書の記載からは,スクリーニング工程を経てアンタゴニストとなる化合物が発見された場合に限り,その化合物を用いた抗血小板用医薬組成物を認識できるということが示唆されているのみであり,このことは特定の医薬組成物を認識しうることの単なる期待を示しているにすぎないのであるから,アンタゴニストとなる化合物を発見し,その化合物を用いた抗血小板用医薬組成物を認識するまでにはなお当業者に過度の負担を強いるものである


(ウ) これに対し,原告は,本願優先日(平成12年11月1日又は平成13年1月11日)時点での技術水準を正確に認識し,本願明細書の発明の詳細な説明の記載からHORK3タンパク質が有する特徴的な結合特性を正確に把握すれば,HORK3タンパク質をGPCRとして用いる本願発明において「特定の医薬組成物を認識しうること」には極めて高い蓋然性が認められるから,当業者はHORK3タンパク質をGPCRとして用いる本願発明方法によって「特定の医薬組成物を認識しうること」が極めて高い蓋然性を有することは自明であると主張する。

 しかし,前記のとおり,本願発明の場合,「製造する物」は有効成分である化合物と製剤化に必要な汎用の成分とからなる抗血小板用医薬組成物であるから,当業者は明細書の記載自体から抗血小板用医薬組成物における有効成分となるものを化合物自体として特定して把握することができること,いいかえれば,明細書の記載自体からある化学構造の化合物を含む組成物が本願発明に該当するかどうかを認識・判断することができなければならないというべきである。

 そうすると,当業者がスクリーニング工程を含む検出過程を経なければ有効成分となる化合物を把握することができないという点において,候補化合物の多寡,スクリーニング対象となる化合物群ないしライブラリーの入手のしやすさ,検出に要する時間の長短,スクリーニング操作が簡便であるかなどにかかわらず,本願明細書の発明の詳細な説明は,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が本願発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているとはいえない,即ち本願における発明の詳細な説明は実施可能要件(旧36条4項)を充足していないと認めるのが相当である。

明確性要件を満たすか問題となる余地

2010-05-23 13:21:02 | 特許法36条6項
事件番号 平成21(行ケ)10170
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成22年05月10日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 中野哲弘

 本願請求項の構成は,前記のとおり,「(A)・(B)・(C)の定める各検出方法いずれか又はこれらを組み合わせたことによるADP受容体P2T アンタゴニスト等を検出すACる工程」と「製造化工程」と含む「抗血小板用医薬組成物の製造方法」とするものである。上記構成は,概ね,原告が前記特許第3519078号(甲13)により取得した特許権請求項1~4の記載に「製造化工程」を付加し「抗血小板用医薬組成物の製造方法」としたものである。そして,検出方法(A)・(B)・(C)については具体的な技術内容が特定されているものの,その余の「製造化工程」・「医薬組成物の製造方法」には具体的な技術内容の記載が見当たらない

 一方,本願請求項1は,その記載内容からして,末尾にある「医薬組成物の製造方法」であるから,「製造方法」の観点か,又は「物」の観点,すなわち製造原料の観点や製造された医薬組成物の観点若しくはその組み合わせに発明的な特徴があるのが通例であるが,本願請求項1には上記発明的特徴を窺わせる記載が見当たらない

 上記によれば,本願請求項1は旧36条6項2号にいう「特許を受けようとする発明が明確であること」(明確性要件)の要件を満たすか問題となる余地があるが,審決は本願につき旧36条4項の実施可能要件についてのみ判断しているので,以下その当否に限って検討する。

不当提訴の成否の判断事例

2010-05-23 11:24:56 | Weblog
事件番号 平成20(ワ)17170等
事件名 損害賠償請求
裁判年月日 平成22年05月06日
裁判所名 大阪地方裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 山田陽三

3 被告P2による不当提訴の成否
(1) 民事訴訟の提起が相手方に対する違法な行為といえるのは,当該訴訟において提訴者の主張した権利又は法律関係(権利等)が事実的,法律的根拠を欠くものであるうえ,提訴者が,そのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たといえるのにあえて訴えを提起したなど,訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られるものと解するのが相当である(最高裁昭和63年1月26日判決・民集42巻1号1頁参照)。

(2) 一部勝訴していることについて
 被告らは,本件前訴において,提訴者である被告P2が一部勝訴していることを理由に,本件前訴が不当提訴として不法行為が成立することはないと主張する。
 たしかに,提訴者が一部勝訴した以上,提訴された者にとっては,応訴はやむを得なかったこととなるが,応訴の負担の全てがやむを得なかったことになるわけではなく,不当提訴となるべき訴訟が含まれる以上,当該訴訟の不法行為該当性の可能性は残っているというべきである。

(3) 法の不知について
 被告らは,被告P2が,特許出願前に当該発明を公然に実施することが無効理由となることを知らなかったと主張する。
 しかし,前記(1)に述べたところによると,法律的根拠を欠くことを知らずに訴えを提起した場合(法の不知がある場合)であっても,通常人であれば容易にそのことを知り得たのにあえて提起したなどという場合には,訴えの提起が不法行為を構成することはあり得る

(4) 本件前訴の提起の評価
 前記2(1)のとおり,本件特許2には無効理由が存したということができる(なお,この無効理由は,本件特許2についての特許庁の無効審決の理由とは異なる。)。
しかし,前記2(2)で述べたとおり,被告らの作成した被告製品のプロモーションビデオには,特許出願中とのテロップが挿入されていたり,P4らが,本件発明2について特許出願中であると回答していたのであり(前記1(3)ア,イ),被告P2らが,原告会社に被告製品の宣伝・販売活動を依頼するに際し,既に,本件特許2を含む一連の発明について特許出願済みであったと誤解していた可能性を否定できないというべきである。

 そして,前記1(3),(5),(6)のとおりの経緯事実に照らすと,本件特許権1,2を侵害されたと考えた被告P2が,原告会社に対し,本件前訴を提起することを考え,弁護士に依頼して提訴に及んだことは,結果的に,本件特許権2に基づく請求について,事実的,法律的根拠を欠くものであり,この点について,被告P2に過失があったとしても,裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認めることはできない。

(5) 本件前訴の継続について
 訴えの提起が不法行為を構成するか否かの判断基準時は,提訴の時点であり,審理の結果,自己の主張する権利が事実的,法律的根拠を欠くことが明らかになったからといって,直ちに訴えを取り下げる義務までを認めることはできない
また,本件前訴第1審の審理経過(前記1(7))に照らすと,被告P2が本件特許権2に係る訴えを継続させたことを非難することはできないというべきである。

<本件の前訴>
事件番号 平成20(ネ)10054等
事件名 特許権等侵害差止請求控訴事件,特許権等侵害差止請求附帯控訴事件
裁判年月日 平成21年01月28日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

事件番号 平成18(ワ)8725
事件名 特許権等侵害差止請求事件
裁判年月日 平成20年05月29日
裁判所名 大阪地方裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 山田知司