知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

論文の著作権侵害の判断事例

2010-05-29 22:15:44 | 著作権法
事件番号 平成22(ネ)10004
事件名 著作権侵害確認等請求控訴事件
裁判年月日 平成22年05月27日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 著作権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

 著作権法において,著作物とは,「思想又は感情を創作的に表現したものであって,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するものをいう。」(著作権法2条1項1号)と規定する。
 したがって,著作権法により保護されるためには,思想又は感情が創作的に表現されたものであることが必要である。そして,当該記述が,創作的に表現されたものであるというためには,厳密な意味で,作成者の独創性が表現として現れていることまでを要するものではないが,作成者の何らかの個性が表現として現れていることを要する

 また,著作権法が保護する対象は,思想又は感情の創作的な表現であり,思想,感情,アイデアや事実そのものではないしたがって,原告が著作権の保護を求める「第1論文中の複製権又は翻案権が侵害されたと原告が主張する部分」が著作権法による保護の対象になるか否か,また,第2論文の該当箇所が第1論文の該当箇所を複製又は翻案したものであるか否かを判断するに当たって,上記の点を考慮すべきことになる。

 本件においては,前記のとおり,第1論文は,「書き取りにおける音素-書記素変換」と「音読における書記素-音素変換」に共通する脳内部位を明らかにすることを目的とした研究に係る論文であるのに対して,第2論文は,「書き取りにおける音素-書記素変換」の脳内部位に焦点を当てて発展させた研究に係る論文である。第2論文は,研究の目的,課題設定及び結論を導く手法等において,第1論文とは相違する独自の論文であるが,一方で,機能的磁気共鳴画像法(f-MRI)を用いていること,「音素-書記素変換」に活用される神経的基盤を明らかにすることなどの点において,第1論文と共通する点がある。
 両論文を対比するに当たり,各部位の名称,従来の学術研究の紹介,実験手法や研究方法の説明など,内容の説明に係る部分は,事実やアイデアに係るものであるから,それらの内容において共通する部分があるからといって,その内容そのものの対比により,著作権法上の保護の是非を判断すべきことにはならない

 上記観点に照らして,
①「第1論文中の複製権又は翻案権が侵害されたと原告が主張する英文記述部分」(第1論文該当箇所)における表現上の創作性の有無
②「第2論文中の複製権又は翻案権を侵害したと原告が主張する英文記述部分」(第2論文該当箇所)が,対比表第1論文該当箇所を複製し,又は翻案したものであるか否か
について検討する。
・・・

 以上のとおり,第1論文の当該表記部分は,判断を含めた事実について,ごく普通の構文を用いた英文で表記したものであって,全体として,個性的な表現であるということはできず創作性はなく,また表現の本質的な特徴部分も認められないから,第2論文該当箇所は,第1論文該当箇所を複製したものということはできず,また翻案ということもできない

 この点について,原告は,「Discussion」には,多数の書き方が存在するから,第1論文の当該表記部分は,創作性を有すると主張する。
 しかし,ある内容を表現するに当たり,他の表現の選択が可能であったとしても,そのことから,当然に,当該表記部分に創作性が生じると解すべきではなく,創作性を有するとするためには,表現に個性が発揮されていることを要する第1論文該当箇所は,いずれも,語句の選択,順序,配列を含めて格別の個性の発揮された表現であるということはできないから,原告の主張は理由がない。

 なお,第2論文は,第1論文と対比すると,表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において共通する部分が存在するが,「Results」及び「Conclusion」の各章は,記載内容において相違すること,第2論文は,第1論文の全体記述及び個々の記述を総合勘案しても,第1論文の表現の本質的特徴を感得できるものではない点については,既に述べたとおりである。

<原審>
事件番号 平成18(ワ)2591
裁判年月日 平成21年11月27日
裁判所名 東京地方裁判所
裁判長裁判官 大鷹一郎

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