知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

具体的記載を欠く場合の数値限定の技術的意義の確定事例

2009-09-20 12:05:17 | 特許法29条2項
事件番号 平成20(行ケ)10490
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成21年09月17日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 滝澤孝臣


 しかし,本件明細書には,本件発明1における数値範囲の臨界的意義についての具体的な記載はされておらず,また,塩素原子含有量は,上限値である10ppm以下だけが記載され,下限値が特定されていないものであって,これらによれば,本件発明1における塩素原子含有量の数値限定の意義は,塩素原子がポリカーボネート樹脂中に少なければ少ないほど,塩素原子の影響による半導体ウエーハの汚染を低減でき,本件発明1の目的達成に適しているというものにすぎないといわざるを得ない。
 ・・・
 以上によると,本件発明1及び引用発明1のいずれも,被収納物である半導体ウェーハ等の薄板の汚染を低減することができるポリカーボネート樹脂から成形された収納容器を提供することを目的とするものであるところ,その解決手段として,ポリカーボネート樹脂中に残存する塩素原子含有量を低く抑えることで,成型後の収納容器に収納される半導体ウェーハ等への揮発成分からの汚染を防止しようとするものであって,その解決課題及び解決手段は同様のものであるということができる。
 そして,本件発明1におけるポリカーボネート樹脂中の塩素原子中には,塩素系有機溶媒のほかにポリマー鎖に残った微量の未反応のクロロホーメート基に由来するものが含まれるとしても,上記(1)のとおり,本件発明1はこのクロロホーメート基に特に着目しているわけではない。

 しかるところ,相違点bに係る本件発明1における「塩素原子含有量が10ppm」との構成については,塩素原子含有量がポリカーボネート樹脂中に少なければ少ないほどよいとの引用発明1と同様の技術思想を,専ら塩素系有機溶媒の残留量に着目して,かつ,上記のとおり臨界的意義が認められない最小値0を含む具体的な数値範囲でもって,単に規定したにすぎないものと解される

 したがって,当業者において,相違点bの本件発明1に係る「塩素原子含有量が10ppm以下」との構成を想到することは,引用発明1から容易であるということができる。

本願発明の重要部分に対応する引用例の解釈を変更した審決を違法とした事例

2009-09-20 10:18:02 | 特許法29条2項
事件番号 平成20(行ケ)10433
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成21年09月16日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 塚原朋一

 このように,拒絶査定と審決とでは,「表面に吸着」する点に関し,同一性のある解釈をしていたとは認められず,むしろ,拒絶査定及び審決における各説示の文言等に照らし,前者はこれを「表面への吸着」と解釈し,後者は表面のみならず「吸収」を含む現象と解釈していることが認められる。したがって,審決は,拒絶査定の理由と異なる理由に基づいて判断したといわざるを得ない

 そして,前記第3で主張するとおりの原告らの解釈及び前提に立てば,この「表面に吸着」する点はまさしく本願発明の重要な部分であるところ,原告らの意見書や審判請求書における主張からすれば,「表面に吸着」する点に関し,原告らは,審判合議体とは異なる解釈をし,本願発明や引用発明を異なる前提で捉えていることが認められるのであるから,これに対して,審決が,拒絶査定の理由と異なる理由に基づいて,「表面に吸着し」との点について判断をしている以上,原告らに対し,意見を述べる機会を与えることが必要であったというべきである。

 なお,審決が原告らに対し上記のような意見を述べる機会を付与しなかったとしても,その双方の場合について実質上審理が行われ,原告らが必要な意見を述べているなどの特段の事情があれば,審決のとった措置は実質上違法性がないということもできないではないが(知的財産高等裁判所平成18年(行ケ)第10538号,同20年2月21日判決の第5の1(4) 参照),本件においては,そのような特段の事情を認めることはできない。

 被告の主張する周知技術は,著名であり,多くの関係者に知れ渡っていることが想像されるが,本件の容易想到性の認定判断の手続で重要な役割を果たすものであることにかんがみれば,単なる引用発明の認定上の微修整,容易想到性の判断の過程で補助的に用いる場合ないし当然又は暗黙の前提となる知識として用いる場合にあたるということはできないから,本件において,容易想到性を肯定する判断要素になり得るということはできない。
この点に関する被告の主張は失当であり,原告らの主張が正当である。

エ 以上により,審決には,上述のいずれについても,特許法159条2項で準用する同法50条に反する違法がある。

周知技術の引用が特許法50条に反するとした事例

2009-09-20 10:01:53 | 特許法29条2項
事件番号 平成20(行ケ)10433
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成21年09月16日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 塚原朋一

ウ さらに,審決は,拒絶理由通知においてなんら摘示されなかった公知技術(周知例1及び2)を用い,単にそれが周知技術であるという理由だけで,拒絶理由を構成していなくとも,特許法29条1,2項にいういわゆる引用発明の一つになり得るものと解しているかのようである。

 すなわち,審決は,相違点1について,・・・,相違点1に係る本願発明の発明特定事項は周知である。」と説示し,また,相違点2についても,・・・,相違点2に係る本願発明のように時間及び深さを決定することは,周知例1及び周知例3の周知技術2を勘案すれば,適宜なし得る設計的事項に過ぎないものである。」,そして,「本願発明は,引用発明,周知技術1及び周知技術2に基づいて当業者が容易に発明することができたものである」という説示をしているが,誤りである。

 被告主張のように周知技術1及び2が著名な発明として周知であるとしても,周知技術であるというだけで,拒絶理由に摘示されていなくとも,同法29条1,2項の引用発明として用いることができるといえないことは,同法29条1,2項及び50条の解釈上明らかである。

 確かに,拒絶理由に摘示されていない周知技術であっても,例外的に同法29条2項の容易想到性の認定判断の中で許容されることがあるが,それは,拒絶理由を構成する引用発明の認定上の微修整や,容易性の判断の過程で補助的に用いる場合,ないし関係する技術分野で周知性が高く技術の理解の上で当然又は暗黙の前提となる知識として用いる場合に限られるのであって,周知技術でありさえすれば,拒絶理由に摘示されていなくても当然に引用できるわけではない。

 被告の主張する周知技術は,著名であり,多くの関係者に知れ渡っていることが想像されるが,本件の容易想到性の認定判断の手続で重要な役割を果たすものであることにかんがみれば,単なる引用発明の認定上の微修整,容易想到性の判断の過程で補助的に用いる場合ないし当然又は暗黙の前提となる知識として用いる場合にあたるということはできないから,本件において,容易想到性を肯定する判断要素になり得るということはできない。
・・・

エ 以上により,審決には,上述のいずれについても,特許法159条2項で準用する同法50条に反する違法がある。