知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

明確性を否定した審決を支持した事例

2009-09-05 23:11:37 | 特許法36条6項
事件番号 平成20(行ケ)10440
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成21年08月31日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

 当裁判所は,補正明細書中の特許請求の範囲の請求項1ないし28の記載は,いずれも明確であるとはいえず,特許法36条6項2号の要件を充足していないものと判断する。その理由は,以下のとおりである。

(1) 「能動的な音声期間」,「非能動的な音声期間」について
ア 特許請求の範囲の記載
(ア) 特許請求の範囲の記載のうち,「能動的な音声期間」,「非能動的な音声期間」,「活動的な音声期間」,「非活動的な音声期間」についての記載部分は以下のとおりである(請求項1,5,14,16,20,23ないし26)。
 ・・・

(イ) 上記請求項の各記載から,「能動的」と「非能動的」,「活動的」と「非活動的」,「能動的」と「活動的」のそれぞれの意義及び相互関係を明確に理解することはできない(・・・)。

イ 「発明の詳細な説明」の記載
 補正明細書の「発明の詳細な説明」には,要旨,以下のとおりの内容が記載されている。
 ・・・
ウ 判断
(ア) 上記記載によれば,・・・。そうすると,・・・,技術的には,音声区間は,α=1,0<α<1,α=0の3つの区間に分けられることになるが,発明の詳細な説明を参酌しても,「能動的な音声期間」,「非能動的な音声期間」をどのように区別するのか,何ら説明はされていない。したがって,これらの意義は,明らかでないというべきである。


(2) 「模擬信号」,「人工信号」について
ア特許請求の範囲の記載
 ・・・
(イ) 上記各記載に基づいて検討するに,請求項1の「前記処理された人工信号」の「前記処理された」は,直前の「前記合成された音声の処理された模擬信号」「高周波成分を送信するために模擬信号を処理」を受けていると解されるが,「模擬信号」の意義が明確でないため,これを受けた「人工信号」の意義も明確でない。請求項2,5,16,26,27の「人工信号」の記載も同様に,その意義は明らかでない。

イ 発明の詳細な説明の記載
補正明細書の発明の詳細な説明には,「擬似信号」については次の各記載がある。なお,「模擬信号」について,格別の記載はない。
 ・・・

ウ 判断
(ア) 上記各記載から検討する。
 本願発明は,・・・と理解される。

 これに対し,請求項1の「模擬信号」は,・・・とされ,「処理された信号」あるいは「処理される信号」として分けて記載されており,上記「擬似信号」と同様に異なる意義があるものと理解できる。他方,「模擬信号」において,処理される前の模擬信号と処理された後の模擬信号を分ける技術的意義は明確でなく,「擬似信号」と「模擬信号」のそれぞれの関係は明らかでない

 そうすると,請求項1に記載された「模擬信号」が発明の詳細な説明に記載された「擬似信号」と同一のものであるということはできず,他に「模擬信号」の意義を明らかにする記載はない


(3) 「規格化」,「規格化係数」,「基準化」,「基準化係数」について
 原告は,・・・,規格化係数,規格化利得,利得適応は同義であると主張する。

 しかし,・・・との記載があり,「規格化係数」と「基準化係数」が並列的に用いられている。両者が同一の請求項において使い分けられている点からみて,両者は異なる意義を有するものとみるのが自然であるが,発明の詳細な説明の欄を見ても,「規格化係数」と「基準化係数」の相違についての説明はない。同様に,同一の請求項16で使用されている「規格化」と「基準化」の相違についての説明も,発明の詳細な説明においてされていない。
 したがって,「規格化」と「基準化」の相違,「規格化係数」と「基準化係数」の相違は明確でなく,結局のところ,「規格化」,「規格化係数」,「基準化」,「基準化係数」の用語の意義は明確でないといわざるを得ない。

パブリシティ権侵害の判断基準を示した事例

2009-09-05 20:23:07 | Weblog
事件番号 平成20(ネ)10063
事件名 損害賠償請求控訴事件
裁判年月日 平成21年08月27日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 その他
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 滝澤孝臣


第4 当裁判所の判断
1 争点(1)(パブリシティ権侵害の有無)について
(1) いわゆるパブリシティ権に係る検討
 氏名は,人が個人として尊重される基礎で,その個人の人格の象徴であり,人格権の一内容を構成するものであって,個人は,氏名を他人に冒用されない権利・利益を有し(最高裁昭和58年(オ)第1311号昭和63年2月16日第三小法廷判決・民集42巻2号27頁参照),これは,個人の通称,雅号,芸名についても同様であり,また,個人の私生活上の自由の1つとして,何人も,その承諾なしに,みだりにその容ぼう・姿態を撮影されない自由を有するもの(最高裁昭和40年(あ)第1187号昭和44年12月24日大法廷判決・刑集23巻12号1625頁参照)であって,肖像も,個人の属性で,人格権の一内容を構成するものである(以下,これらの氏名等や肖像を併せて「氏名・肖像」という。)ということができ,氏名・肖像の無断の使用は当該個人の人格的価値を侵害することになる。したがって,芸能人やスポーツ選手等の著名人も,人格権に基づき,正当な理由なく,その氏名・肖像を第三者に使用されない権利を有するということができるが,著名人については,その氏名・肖像を,商品の広告に使用し,商品に付し,更に肖像自体を商品化するなどした場合には,著名人が社会的に著名な存在であって,また,あこがれの対象となっていることなどによる顧客吸引力を有することから,当該商品の売上げに結び付くなど,経済的利益・価値を生み出すことになるところ,このような経済的利益・価値もまた,人格権に由来する権利として,当該著名人が排他的に支配する権利(以下,この意味での権利を「パブリシティ権」という。)であるということができる。

 もっとも,著名人は,自らが社会的に著名な存在となった結果として,必然的に一般人に比してより社会の正当な関心事の対象となりやすいものであって,正当な報道,評論,社会事象の紹介等のためにその氏名・肖像が利用される必要もあり,言論,出版,報道等の表現の自由の保障という憲法上の要請からして,また,そうといわないまでも,自らの氏名・肖像を第三者が喧伝などすることでその著名の程度が増幅してその社会的な存在が確立されていくという社会的に著名な存在に至る過程からして,著名人がその氏名・肖像を排他的に支配する権利も制限され,あるいは,第三者による利用を許容しなければならない場合があることはやむを得ないということができ,結局のところ,著名人の氏名・肖像の使用が違法性を有するか否かは,著名人が自らの氏名・肖像を排他的に支配する権利と,表現の自由の保障ないしその社会的に著名な存在に至る過程で許容することが予定されていた負担との利益較量の問題として相関関係的にとらえる必要があるのであって,その氏名・肖像を使用する目的,方法,態様,肖像写真についてはその入手方法,著名人の属性,その著名性の程度,当該著名人の自らの氏名・肖像に対する使用・管理の態様等を総合的に観察して判断されるべきものということができる

そして,一般に,著名人の肖像写真をグラビア写真やカレンダーに無断で使用する場合には,肖像自体を商品化するものであり,その使用は違法性を帯びるものといわなければならない。一方,著名人の肖像写真が当該著名人の承諾の下に頒布されたものであった場合には,その頒布を受けた肖像写真を利用するに際して,著名人の承諾を改めて得なかったとして,その意味では無断の使用に当たるといえるときであっても,なおパブリシティ権の侵害の有無といった見地からは,その侵害が否定される場合もあるというべきである。

 この点につき,控訴人らは,パブリシティ権侵害の判断基準として,「当該著名な芸能人の名声,社会的評価,知名度等,そしてその肖像等が出版物の販売促進のために用いられたか否か,その肖像等の利用が無断の商業的利用に該当するかどうか」によるべきであると主張する
しかしながら,出版事業も営利事業の一環として行われるのが一般的であるところ,正当な報道,評論,社会的事象の紹介のために必然的に著名人の氏名・肖像を利用せざるを得ない場合においても,著名人が社会的に著名な存在であって,また,あこがれの対象となっていることなどによって,著名人の氏名・肖像の利用によって出版物の販売促進の効果が発生することが予想されるようなときには,その氏名・肖像が出版物の販売促進のために用いられたということができ,また,営利事業の一環として行われる出版での著名人の氏名・肖像の利用は商業的理由ということができる。そして,控訴人ら主張に係る上記基準における「出版物の販売促進のために用い」ることや「商業的利用」につき,このような場合をも含むものであるとすると,そのような基準に依拠するのでは,出版における正当な報道,評論,社会的事象の紹介のための著名人の氏名・肖像の利用も許されない結果となるおそれも生じることからしても,控訴人らの主張は一面的に過ぎ,採用し得ないというべきである。

 他方,被控訴人は,パブリシティ権侵害の判断基準として,「その使用行為の目的,方法及び態様を全体的かつ客観的に考察して,その使用行為が当該芸能人等の顧客吸引力に着目し,専らその利用を目的とするものであるといえるか否かにより判断すべきである」と主張する。しかしながら,このうち,その使用行為が「専ら」当該芸能人等の顧客吸引力の利用を目的とするか否かによるべきとする点は,出版等につき,顧客吸引力の利用以外の目的がわずかでもあれば,そのほとんどの目的が著名人の氏名・肖像による顧客吸引力を利用しようとするものであったとしても,「専ら」に当たらないとしてパブリシティ権侵害とされることがないという意味のものであるとすると,被控訴人の主張もまた,一面的に過ぎ,採用し得ないというべきである。