知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

破産会社から譲渡を受けた商標権に対する否認権の行使

2008-04-14 06:24:42 | Weblog
事件番号 平成19(ネ)10088
事件名 商標権移転に関する否認権行使・反訴請求控訴事件
裁判年月日 平成20年03月31日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 商標権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 中野哲弘

『3 商標権移転登録の否認登録手続請求(原判決主文第1項)
(1) 控訴人は,本件商標は専ら控訴人が使用するために商標権として登録されたもので,控訴人に帰属するものである,すなわち控訴人及び破産会社は,実質上控訴人に帰属していた商標権を形式上(登録上)も控訴人が取得するために,譲渡の形式をとったのであって,譲渡によって,実質的に商標権が移転したものではないから,本件商標権の譲渡行為は,否認権行使の対象とならないと主張する

 しかし,商標法(以下「法」という。)14条は,審査官が商標登録出願について審査する旨を定め,これを受けて法16条は,審査官が商標登録をすべき旨の査定をする場合について定め,法18条2項は,登録料の納付があったときは商標権の設定の登録をする旨定め,法18条1項は,商標権は,設定の登録により発生すると規定するところ,本件商標権は,破産会社がかかる所定の手続を経て設定登録(登録第4808864号)を受けたものであり,控訴人が設定登録を受けたものではない
 そして,仮に本件商標が専ら控訴人が使用するために商標権として登録されたものであれば,専用使用権の設定(法30条1項本文)という手続もあるが,かかる手続もとられていない

 そして,法35条で準用する特許法98条1項1号によれば,商標権の移転(相続その他の一般承継によるものを除く。)は,登録しなければ,その効力を生じない(対抗要件ではなく効力要件)ものであるところ,本件商標権について,平成16年11月22日受付第018462号(甲4)をもって控訴人に対する特定承継による本権移転の登録申請がなされ,平成16年12月6日に登録がなされているものであり,またこのように同登録がなされたのも,破産会社,控訴人の合意が客観的に確認されたからであると推認される
 これらの事情に照らせば,控訴人及び破産会社が,実質上控訴人に帰属していた商標権を形式上(登録上)も控訴人が取得するために譲渡の形式をとったものであるとすることはできない。
以上によれば,控訴人の上記主張は採用することができない。
・・・

(4) 控訴人は,破産会社は,本件商標の登録後間もなく営業を停止し廃業届を出していることから,本件商標権による営業実績が乏しく,本件商標権を使用して営業をした場合にどの程度の利益を得られるかは不明であり,本件商標権の財産的価値を算定することは不可能である,その結果,本件否認により本件商標が破産財団に復帰しても,これを換価することは極めて困難であるか仮に換価できたとしてもその対価は極めて僅少というべきであり,このような換価が極めて困難ないし対価が僅少である本件商標の譲渡行為が破産財団を絶対的に減少せしめる行為とは到底いえず,破産債権者の利益を害するものではなく,本件商標譲渡は詐害行為には当たらず,破産会社及び控訴人にもその認識がなかったことは明らかであると主張する

 しかし,無体財産権である本件商標権の財産的価値の算定や換価に事実上困難な面があるとしても,財産権である本件商標権の財産的価値の算定が当然に不可能であるということにはならず,そのような本件商標権が他の商標権と異なり財産権として無価値なものである事情があるということもできないから,控訴人の上記主張は採用することができない。』

『4 本件商標を権原なく使用したことによる不当利得返還請求(原判決主文第2項)(1) 否認権行使の効果として使用利益の返還を認容したことの問題点についての判断(控訴人の主張(2)ア)
ア 控訴人は,否認権は,破産者の処分によって減少した財団を回復させることを目的とする制度であるから,その効果も,その目的達成のために必要にして十分な範囲に限定される(相対的無効説),かかる相対効を前提とすれば,否認権行使の結果,相手方が負う返還義務の範囲(法定果実,使用利益)については,否認権行使の対象となる行為(詐害行為)がなかった場合の財産状態の回復に止まるというべきであるから,詐害行為がなければ破産者が当然利得を収受できたとまでいえない場合は,相手方は収受した法定果実の返還義務を負わない,これを本件についてみると,原判決が認定した本件における使用利益は,本件商標権の譲渡の結果,控訴人が当然得た利益ではなく,控訴人の従業員らの営業,不動産仲介,建物の建設,経理,総務などの種々の業務の総体によって得たものであるから,本件商標権譲渡がなければ破産者が当然同額の利益を収受できたとはいえず,控訴人は使用利益の返還義務を負わない,と主張する
 しかし,破産管財人たる被控訴人が否認権を行使することによって,破産財団との関係では,否認権行使の対象となる行為(本件商標譲渡行為)は当初から存在しなかったこととなり,本件商標は当初から一貫して破産財団に帰属していたことになる(旧破産法77条1項参照)。そして,本件商標権は後に述べるように一定の経済的価値を独自に有するのであるから,被控訴人の否認権行使により,破産管財人たる被控訴人は,直接控訴人に対して,同利益相当額の返還を請求できるというべきである。
以上によれば,控訴人の上記主張は採用することができない。
・・・
カ 控訴人は,控訴人が本件商標を使用しても,それは破産会社の信用力や顧客吸引力等を利用するものではなく,控訴人自身の信用力等が背景にあるからこそ価値が認められる商標を控訴人が使用しているにすぎず,破産会社には何らの損失も発生しない,本件商標は,控訴人を表わすものとして使用するために設定登録申請され,それ以降,専ら控訴人が使用しており破産会社は全くこれを使用しておらず,また,本件商標の移転登録当時(平成16年11月22日),破産会社は既に営業を休止し事業を行っていなかったことから,本件商標が破産会社の信用力や顧客吸引力を背景に破産会社を表す商標として価値を有するものでないことは明らかである,このことは,本件商標の譲渡後,控訴人の経常利益はむしろ減少しており利得があったといえないのに対し,破産会社の経常利益は同譲渡後増加しており損失が生じたとはいえないことからも裏付けられると主張する。

 しかし,上記2に認定した事実によれば,破産会社は,昭和57年から平成16年にかけて本件商標とほぼ同一の第1商標を店舗看板や名刺,社有物件建物に表示して常時,日常的に使用してきたものであり,また,上記アに説示したとおり,破産会社と控訴人との間に,本店所在地,事業を行っていた地域,事業の内容,役員・従業員等の人的側面,事業活動に使用していた商標等の点から見て極めて密接な関連性が存するものである。

 これらによれば,本件商標において,昭和57年から平成16年にかけての営業活動により第1商標に蓄積されてきた破産会社の信用力や顧客吸引力が何ら引き継がれていないとみることはできないというべきである。このことは,本件商標の移転登録当時(平成16年11月22日),破産会社が全く本件商標を使用しておらず営業を休止し事業を行わない状態になっていたとしても変わりはない
 さらに控訴人は経常利益の増減について主張するが,経常利益は営業上又は営業外の様々な要因により変動するものというべきであるから,控訴人の主張が不当利得が認められないことの裏付けになるとはいえない。
以上によれば,控訴人の上記主張は採用することができない。』

『(6) 控訴人は,仮に被控訴人による本件商標権譲渡に対する否認権行使の結果,本件商標権が破産財団に帰属した場合,控訴人が負担した本件商標の登録費用は,控訴人に対する関係で破産財団の不当利得となる,そうすると,控訴人は,被控訴人に対し,不当利得返還請求権に基づき,登録費用分の返還請求権を有していることになる,したがって,控訴人は,上記不当利得返還請求権と被控訴人の本件土地譲渡による不当利得金85万円とを対当額において相殺すると主張する

 しかし,たとえ控訴人が被控訴人に対し,自働債権として不当利得返還請求権(本件商標の登録費用分の返還請求権)を有しているとしても,受働債権とされる本件土地譲渡による不当利得金85万円は,破産債権者である控訴人が本件土地譲渡を破産管財人によって否認された結果として生じた価格償還債務であるから,破産債権者が破産宣告後に破産財団に対して負担した債務に該当するものにほかならず,旧破産法104条1号により相殺が禁止されるというべきである。』

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