知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

技術常識を参酌した請求項及び引用例の認定をした事例

2007-12-07 06:54:26 | 特許法29条の2
事件番号 平成19(行ケ)10022
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成19年11月29日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 中野哲弘

『第3 当事者の主張
・・・
(2) 発明の内容
本件補正後の特許請求の範囲は,前記のとおり請求項1ないし11から成るが,そのうち請求項1に記載された発明(以下「本願発明」という。)は,次のとおりである。
「【請求項1】pH感応性分散剤を配合し,顔料が分散されている第1のインクでプリント媒体上にプリントし,
次に,前記第1のインクの分散された顔料を前記プリント媒体上で析出させるのに適切なpHの第2のインクでプリントし,第2のインクを第1のインクに隣接してプリントすることで,
第1及び第2のインクの境界において1つの色が他の色へ侵入する二色間におけるにじみを減少させることを特徴とするインクジェット・プリント方法。」』

『第4 当裁判所の判断
・・・
(3) そこで検討するに,本願発明と先願発明が前記第3の1(3)イの〈一致点〉及び〈一応の相違点〉のとおり一致ないし一応相違することは当事者間に争いがなく,これによれば,先願発明におけるpH値を異にする組成からなる顔料系及び染料系インクの使用という課題解決手段の点及び被記録材上で両インクが交わることによって顔料系インクが凝集し,被記録材表面に固着するという作用効果の点については,実質的にみて本願発明と差異がないと理解できるものの,両インクを同一地点に着弾させるという先願発明の課題解決手段は,本願発明における両インクを隣接させる方法と同一であるとはいえない

 しかし,先願発明におけるカラー画像(上記(2)ア(キ))の記録を実施した場合,通常,当該カラー画像は黒色領域とカラー領域との混交により形成されるものであるから,その形成過程において,顔料系ブラックインクと染料系カラーインクとを同一地点に着弾させる場合だけでなく,顔料系ブラックインクの着弾地点と異なる地点に染料系カラーインクを着弾させる場合があり,そのカラー画像の内容によっては,両インクが隣接して着弾され,その結果両インクの接触に至ることは,当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)の技術常識に照らして自明の事項である。そして,顔料系ブラックインクと染料系カラーインクの両インクが上記のように接触した場合,必然的に顔料系インクが凝集し,被記録材表面に固着するという作用効果が得られることは,上記の先願発明の作用効果に照らして明らかである。

 以上のとおり,当業者の技術常識を参酌すれば,「第2のインクを第1のインクに隣接してプリントすること」は先願明細書に記載されているに等しい事項であると認められ,このことに,先願発明に関する上記課題,課題解決手段,作用効果を併せ考慮すれば,「第2のインクを第1のインクに隣接してプリントすることで,第1及び第2のインクの境界において1つの色が他の色へ侵入する二色間におけるにじみを減少させる」という発明を把握することができる
 そうすると,このような発明と本願発明は実質的に同一であるということができるから,本願発明は特許法29条の2の規定により,特許を受けることができないというべきである。』

『イ 次に原告は,本願発明は第1のインクと第2のインクとの間に境界が生ずるように第1及び第2のインク領域をプリントすることを前提とするものであり,第1のインクと第2のインクが重複することは予定されていないから,本願発明が第2のインクを第1のインクの一部と同一地点に着弾させる発明を含んでいるとの審決の認定は誤りである旨,また,仮に,本願発明において,インクが重複する態様は排除されていないと解したとしても,その重なり合いはごく一部にすぎないのに対し,先願発明は顔料系ブラックインク(第1のインク)のプリント領域全面について重なり合いを有する点で,両者の態様は全く異なる旨主張する

しかし,前記(3)に述べたところから明らかなとおり,先願明細書の記載に加えて当業者の技術常識を参酌することにより把握される発明と本願発明とが実質同一であることは,第1のインクと第2のインクが隣接し,かつ,これらが接触することで第1のインクが凝集するという本願発明の技術的特徴を前者が有していることから認められるのであって,このことは,両インクを同一地点に着弾させる(両インクが重複する)という先願発明の課題解決手段を本願発明が備えているか否かにより左右されるものではない。したがって,その余を検討するまでもなく,原告の上記主張は理由がない。』

『ウ さらに原告は,本願発明における「色と色の境目」とは,「第1のインクの色」と「第2のインクの色」の境目を意図しているものと考えるべきであって,「第1のインクの色と第2のインクの色の混色」と「第2のインクの色」との境目も包含されるとの被告の解釈は誤りである旨主張する

 しかし,前記(1)イに述べたとおり,本願発明は,異なる色領域が隣接する場合,これらの色領域を生成するインク同士が接触するとにじみが発生することから,これを抑制するため,異なる色領域を生成する各インクの組成につき,一方をpH感応性着色剤を含むもの,他方を適切なpHの他のインクとし,これらが異なる色領域の境界において接触することで,一方のインクが凝集,固着するという技術的特徴を有するものであるから,
 このような本願発明の技術的特徴を踏まえれば,「第1及び第2のインクの境界」とは,接触により着色剤が不溶化(着色剤が溶液から析出)するという特定の組成を有するインク同士の境界を指すものと解すべきであるし, 「色と色の境目」とは,接触により着色剤が不溶化(着色剤の溶液からの析出)するという特定の組成を含有するインクにより生成される色領域が隣接する場合の境目を指すものと解すべきである。』


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