知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

審判の対象・範囲,無効審決の効力の及ぶ指定商品の範囲が曖昧であるにもかかわらずした無効審決

2007-12-02 23:24:06 | Weblog
事件番号 平成19(行ケ)10172
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成19年11月28日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明


『4 審理手続等の誤りについて
 審決は,被告の無効審判請求が,本件商標の指定商品中「これらの類似商品」についての登録を無効とすることを含むものであり,審判の対象・範囲,無効審決の効力の及ぶ指定商品の範囲が曖昧であるにもかかわらず,審判手続の過程で適切な措置を採らず,「これらの類似商品」を含めて無効審決をした点において,手続等に違法がある。この点は,念のために述べるものである。

(1) 法46条1項本文は,「商標登録が次の各号のいずれかに該当するときは,その商標登録を無効にすることについて審判を請求することができる。この場合において,商標登録に係る指定商品又は指定役務が二以上のものについては,指定商品又は指定役務ごとに請求することができる。」と規定する。これは,特定の指定商品又は指定役務(以下「指定商品等」という。)に係る部分についてのみ無効理由がある場合に,商標登録全体を無効とするのは相当でないとの趣旨から,商標登録の一部についての無効を認めることとしたものと解される。

 商標登録に係る指定商品等が二以上の商標登録について,二以上の指定商品等について無効審判を請求したときは,その請求は指定商品等ごとに取り下げることができること(法56条2項により準用される特許法155条3項),指定商品等が二以上の商標登録又は商標権については,商標権の消滅後の無効審判請求(法46条2項)や商標登録を無効にすべき審決の確定及びその効果(法46条の2)などにつき,指定商品等ごとに商標登録がされ,又は商標権があるものとみなされること(法69条)を併せ考えれば,商標登録に係る指定商品等が二以上のものに係る無効審判請求においては,無効理由の存否は指定商品等ごとに独立して判断されるべきことになる。

 そして,無効審判請求における「請求の趣旨」は,審判における審理の対象・範囲を画し,被請求人における防御の要否の判断・防御の準備の機会を保障し,無効審決が確定した場合における登録商標の効力の及ぶ指定商品等の範囲を決定するものであるから,その記載は,客観的かつ明確なものであることを要するというべきである。したがって,「請求の趣旨」に,登録を無効とすることを求める指定商品等として,「・・・類似商品」,「・・・類似役務」など,その範囲が不明確な記載をすることは,請求として特定を欠くものであって,許されないというべきである。

(2) 本件についてみるに,被告は,前記第2,1のとおり,本件商標の指定商品中「セーター類,ワイシャツ類,寝巻き類,下着,水泳着,水泳帽及びこれらの類似商品」についての登録を無効とすることを求めて,審判請求をした。被告が無効とすることを求めた指定商品の範囲は,商標法施行規則別表において「被服」に含まれる商品群として掲げられた「セーター類,ワイシャツ類,寝巻き類,下着,水泳着,水泳帽」にとどまらず「これらの類似商品」を含むという点において,これを明確に把握することが困難である。
 仮に,被告の請求をすべて認める無効審決が確定した場合,本件商標に係る登録商標の効力の及ぶ指定商品の範囲は,第25類「被服,ガーター,靴下止め,ズボンつり,バンド,ベルト,履物,仮装用衣服,運動用特殊衣服,運動用特殊靴」から「セーター類,ワイシャツ類,寝巻き類,下着,水泳着,水泳帽及びこれらの類似商品」を除外した指定商品となるが,その範囲は,「これらの類似商品」が除かれる結果として,客観的明確性を欠き,法的安定性を害する。

 したがって,被告による本件商標に対する無効審判の請求のうち,指定商品中「これらの類似商品」に係る部分は,審判の対象・範囲が不明確であるとともに,無効審決が確定した場合において登録商標の効力の及ぶ指定商品の範囲を曖昧にするものであるから,適法な審判請求とは認められない。よって,審決中,本件商標の指定商品のうち「これらの類似商品」についての登録を無効とするとした部分は,審決の内容のみならず,審判手続の面からも違法といえる。

 本件商標の無効審判を審理する審判体としては,実質的な審理を開始するに先だって,まず,釈明権を行使するか,補正の可否を検討する等の適宜の措置を採るべきであり,そのような措置を採ることなく,漫然と手続を進行させた審判手続のあり方は妥当を欠く点があったというべきである。

(3) 商標権が設定登録された場合には,商標とともに指定商品等が商標権の範囲となるものであって(法27条),商標権者は,指定商品等について登録商標の使用をする権利を専有し(法25条),指定商品等及びこれに類似する商品・役務について他人の登録を阻止し(法4条1項11号),使用を禁止することができる(法36条,37条)のであるから,指定商品等の内容及び範囲は,少なくとも指定商品等に係る取引者,需要者にとって明確であり,指定商品等が具体的にどのような商品・役務であり,これにどのような商品・役務が含まれるのかが明らかである必要があることは,いうまでもない。したがって,指定商品等について,「・・・類似商品」,「・・・類似役務」,あるいは,「ただし・・・類似商品を除く」,「ただし・・・類似役務を除く」など,その範囲が不明確な記載をすることは許されるべきではない

 また,設定登録時には,指定商品等の範囲が客観的に明確であるにもかかわらず,法50条に基づく商標登録の取消審判請求に対する審判手続における適切を欠いた審理の結果,後発的に指定商品等の範囲の明確性が失われる場合も散見されるところであり(知的財産高等裁判所平成19年6月27日判決・平成19年(行ケ)第10084号審決取消請求事件,同平成19年10月31日判決・平成19年(行ケ)第10158号審決取消請求事件参照),このような運用はすみやかに改善されるべきものと考える。』


法4条1項10号の判断事例

2007-12-02 22:58:47 | Weblog
事件番号 平成19(行ケ)10172
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成19年11月28日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

審決は,「本件商標に接する取引者,需要者は,これらの事実よりただちに被請求人に係る業務を想起し認識するというよりも,むしろ,前記のとおり周知となっている請求人に係る業務を表示するものとして認識し把握するものとみるべきであり,この状態は,本件商標の出願時を含む登録時においても同様であり,本件商標は,請求人に係る引用商標の周知性を上回るということはできないというのが相当である。」(審決書11頁3行~8行)と認定したが,これに対して,原告は,本件商標は,その出願時及び査定時において,原告の業務に係る被服やファッション関連商品を表示するものとして,また,B系ファッションブランドとして,高い周知性を獲得しており,これに接する取引者,需要者が,原告に係る業務を想起し,認識するものであって,引用商標を上回る周知性を獲得していたというべきである旨主張する

 しかし,法4条1項10号の規定にいう周知商標の使用者が複数存在する場合には,出願時を基準として,いずれの使用者も商標登録を受けることができないと解すべきであり(平成3年法律第65号附則5条2項参照),本件商標が引用商標の周知性を上回るものであったとしても,そのことが審決の結論を左右するものではないから,原告の上記主張は審決を取り消すべき理由に当たらない。』

『(1) 法4条1項10号は,「他人の業務に係る商品若しくは役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されている商標又はこれに類似する商標であつて,その商品若しくは役務又はこれらに類似する商品若しくは役務について使用をするもの」については,商標登録を受けることができない旨規定している。

 法4条1項10号における商標の類否は,法4条1項11号の場合と同様に,対比される両商標が同一又は類似の商品・役務に使用された場合に,商品・役務の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるか否かによって決すべきであり,誤認混同を生ずるおそれがあるか否かは,そのような商品・役務に使用された商標がその外観,観念,称呼等によって取引者及び需要者に与える印象,記憶,連想等を考察するとともに,その商品・役務の取引の実情を明らかにし得る限り,その具体的な取引状況に照らし,その商品・役務の取引者及び需要者において普通に払われる注意力を基準として,総合的に判断すべきものと解される(最高裁昭和39年(行ツ)第110号同43年2月27日第三小法廷判決・民集22巻2号399頁参照)。

・・・

以上によれば,引用商標から,「シュープ」の称呼が生じる旨認識している需要者は,被告が広告宣伝を行ってきた「ティーン世代の少女層向けの可愛いカジュアルファッション」に関心を抱く需要者層であって,本件商標が使用された商品に関心を抱く「セクシーなB系ファッション」の需要者層やそれ以外の一般消費者ではないといえる。
 結局,被告が広告宣伝を行ってきた需要者層以外の消費者については,引用商標から「シュープ」の称呼が生じると認識することはなく,上記認定した取引の実情等を総合すれば,称呼を共通にすることによる混同は生じないということができる

 その他,本件商標と引用商標とは,観念においては対比できないものの,外観においては相違する。

 そうすると,本件商標は,その指定商品中「セーター類,ワイシャツ類,寝巻き類,下着,水泳着,水泳帽及びこれらの類似商品」に使用された場合,引用商標とは異なる印象,記憶,連想等を需要者に与えるものと認められ,商品の出所につき誤認混同を生じるおそれはないというべきである。』

阻害要因があるとした事例

2007-12-02 22:33:44 | 特許法29条2項
事件番号 平成19(行ケ)10004
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成19年11月28日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明


『イ そして,前記(2)ウの周知技術(「同じ質量で反対方向に運動する機構を背中合わせに付加することにより,振動を相殺して装置の振動をなくす技術」)を採用した場合,運動する部分の質量が2倍程度になることに照らすならば,上記周知技術は,引用例3,甲4のように「慣性系(静止系又は等速直線運動をしている系)」の装置では振動抑制の効果があるのに対して,引用例1発明のように加速運動をする「加速系」の装置では,質量の増加に起因して加速に伴う外力が大きくなり,振動抑制の設計がより困難となると考えるのが自然である
 このように「加速系」の装置である引用例1発明に,上記周知技術を適用することには,これを妨げる事情があり,また,引用例2,引用例3,甲4,甲7,8等を勘案しても,「加速系」の装置における上記振動の問題を解決する手段を示唆する記載はない

ウ そうすると,当業者が,引用例1,2に接したとしても,引用例1発明に,上記周知技術を採用しようとするものとは考え難いから,引用例1発明に,引用例2に基づいて,上記周知技術を適用して,相違点(ロ)に係る本願発明の構成(「第2本体,及び前記第1本体の実質的に反対方向に,前記第1スライドに対して前記第2本体を配置するための第2アクチュエータ」の構成)を容易に想到し得たものとは認められない。』

誤記の訂正の可否についての判断事例

2007-12-02 22:15:04 | Weblog
事件番号 平成18(行ケ)10268
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成19年11月28日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 塚原朋一

第2 事案の概要
本件は,原告が,特許請求の範囲の記載が不統一で不明確であるとする拒絶理由通知を受け,これに対する手続補正を行った際,特許請求の範囲の他の箇所の記載において,誤って従前の記載を一部削除してしまい,特許査定後にこれに気付いて,削除前の記載に戻す旨の訂正審判を請求したところ,特許庁が特許法126条4項にいう実質上特許請求の範囲を変更するものに当たるとして,審判請求を不成立とする審決をしたため,原告がその審決の取消しを求めた事案である。』

『第4 当裁判所の判断
・・・
原告の上記手続補正書によれば,拒絶理由通知書に指摘された請求項1の「自動食器洗浄器用粉末洗浄剤」については,これを「自動食機洗浄機用粉末洗浄剤」に改めたが,その際,水酸化カリウムの含有量について,「以上5重量%」の部分が記載されず,単に「0.5重量%以下」とする記載とされた。
イ 上記「以上5重量%」の部分が記載されなかったのは,弁論の全趣旨によれば,原告が意図したものではなく,原告の過誤(表示上の錯誤)によるものと認められる。』

(3) 担当審査官の措置
 担当調査官(ブログ筆者注:「担当審査官」の誤記であるに違いない。)は,出願人である原告のした本件補正に対し,「器」を「機」と訂正したことを是認したものと考えられるが,「0.5重量%以下」の誤記については,拒絶理由の通知の対象事項でもなく,補正に係る箇所に生じたものでもなかったため,これに気付かず,したがって,当然のことながら,審査することもなく,従前の記載のままであると考えて,爾余の特許査定の手続を履践したものと推認される(弁論の全趣旨。なお,第3回口頭弁論調書の「弁論の要領等」及び被告の平成19年9月5日付け準備書面(第2回)の3頁以下の「第2」を参照)。』

3 本件訂正の適法性
(1) 「0.5重量%以下の水酸化カリウム」との記載の明確性
ア 本件特許の訂正後の特許請求の範囲請求項1には,「・・・」と記載されており, 「0.5重量%以下」との記載は,確かに,被告が主張するように,その記載自体を独立したものとして見る限り,数値及びその範囲として明確であり,疑問が生じることはない

イ しかしながら,特許請求の範囲の意味内容を確定する場合には,当該記載の前後の単語・文章,文脈,当該請求項の全体の意味内容との関係で検討すべきであり,被告が主張するように,問題となった記載を前後から切り離して取り上げて意味内容を把握し,その単純な総和として,確定すべきものではない

 そこで,「0.5重量%以下の水酸化カリウム」という記載をその前後の単語・文章,文脈,当該請求項の全体の意味内容との関係で検討すると,次のとおりである(・・・)。
・・・
ウ 以上のように,請求項1を概観すると,その記載に接した当業者は,A’の含有量が0の場合も発明に含まれるのか,含まれるとすれば,AもA’も共に含有量が0になる場合も発明に含まれるのではないか,と容易に疑問を抱くことになり,その疑問を解決するために,請求項1の記載だけでは解決するに足りず,発明の詳細な説明を参酌確認する契機をもつものいわざるを得ない。』

(2) 本件訂正前の請求項1の記載と発明の詳細な説明との対応について ここで,本件訂正前の請求項1の記載と発明の詳細な説明との対応を検討することとする。
ア まず,「0.5重量%以上5重量%以下の水酸化ナトリウム又は/及び0.5重量%以下の水酸化カリウム」が含まれるとする場合における「0.5重量%以下の水酸化カリウム」の意味について,検討する。
 本件明細書によれば,・・・,実施例9は・・・であり,実施例10は・・・であるから,これらは「0.5重量%以上5重量%以下の水酸化ナトリウム又は/及び0.5重量%以下の水酸化カリウム」に対応していない(本件補正前の請求項1ないしこれと同一記載の訂正後の請求項1には対応している。)。

 他方,実施例1ないし7は・・・「0.5重量%以上5重量%以下の水酸化ナトリウム又は0.5重量%以下の水酸化カリウム」の場合,すなわち,水酸化ナトリウムが全く含まれない場合には対応していないことになる(本件補正前の請求項1ないしこれと同一記載の訂正後の請求項1には対応している。)。

 以上に対し,実施例8は・・・「0.5重量%以上5重量%以下の水酸化ナトリウム又は/及び0.5重量%以下の水酸化カリウム」のうち「水酸化ナトリウムが0で,水酸化カリウムが0.5重量%」の場合についてだけではあるが,対応しているということになる。

イ 被告は,この問題については,出願人である原告が,本件補正の際に,明細書に記載された発明の一部を特許請求の範囲から除外したにすぎないということができると主張する

 確かに,発明の詳細な説明に記載した発明のすべてを特許請求の範囲に記載して権利化しなければならないわけではないものの,発明の詳細な説明に登場するいくつかの実施例のうち,請求項1の「0.5重量%以下の水酸化カリウム」に対応するのは,実施例8のみであり,出願人は,本件補正によって大部分の権利範囲を失うことになる。しかも,特許出願に係る発明が境界域である「0.5重量%の水酸化カリウム」の場合に限定されることになるというだけではなく,特許請求の範囲に提示された「0.5重量%未満」の範囲は特許法36条4項の定める要件を欠如することになりかねない仮に,出願人が真意に基づきそのような補正をしたというのであれば,権利化の際に通常選択する合理的な経済行為からは,大きく乖離するものであったといわざるを得ない。』


イ 弁論再開後の被告の主張について
 ・・・
 しかしながら,被告の主張は,「0.5重量%以下の水酸化カリウム」という記載が数式上「0重量%」を含むということと,「『水酸化ナトリウム又は/及び水酸化カリウム』は必須成分である」ということとが,文理上矛盾が生ずることを容認した上,この矛盾を解決すべく特定の論理操作を行うべきことを前提とするものである
 しかしながら,特許請求の範囲は,本来,その記載自体から容易に理解し得べきものであって,文言を通常の意味に解した場合に相互に矛盾する文言が存在し,その矛盾を解決しなければならない論理操作を要しないようにすべきものである
 しかも,その矛盾を解決するために,その一方又は双方の文言を限定解釈するなどの必要があり,そして,そのいずれの文言を限定すべきであるのか,かつ,その限定の程度をどのようにすべきであるのかについて一義的に確定し得ないときは,特段の事情がない限り,特許請求の範囲の当該記載は不明確なものというべきである

・・・

 そうであれば,弁論再開後の被告の主張によっても,本件特許の訂正前の請求項1の「0.5重量%以下の水酸化カリウム」は,特許請求の範囲の記載からだけでは不明確であり,発明の詳細な説明の記載を参酌しなければその意味を確定することができず,発明の詳細な説明を参酌すれば,「0.5重量%以下の水酸化カリウム」の記載は,「0.5重量%以上5重量%以下の水酸化カリウム」の誤記であることが容易に看取されることが明らかである

 したがって,本件特許の訂正前の請求項1の「0.5重量%以下の水酸化カリウム」の記載は,特許法126条1項本文及び同2号にいう「特許請求の範囲」の「誤記」に該当するものということができる。

4 なお,特許法126条4項は,「第1項の明細書,特許請求の範囲又は図面の訂正は,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものであってはならない。」と定めており,上記誤記の訂正が実質上特許請求の範囲を拡張又は変更するものに該当するのではないかという問題があるので,検討する
 ・・・請求項1の「0.5重量%以下の水酸化カリウム」とある記載は,上述のとおり,特許請求の範囲の記載からだけでは不明確であり,そこで,発明の詳細な説明を参酌すると,「0.5重量%以下の水酸化カリウム」は,「0.5重量%以上5重量%以下の水酸化カリウム」の誤記であることが明らかであるというのであるから,その実質を捉えて考察すると,特許請求の範囲の拡張や変更はされていないということができ,同法126条4項違反の問題は生じないものというべきである。』

(所感)
 この判決を読んで次のことを感じた。内容に自信があるわけではないが、強く感銘を受けたので記録しておきたい。
            ---
 通常であれば誤記は、出願人のケアレスミスであり重過失であろうから、直ちに正しい記載が想起できない本件のような誤記は出願人が不利益を被っても当然とされるところである。ところが、本判決では誤記の訂正を認めた。限界事例の一つではないかと思う。

 本判決では、誤記を出願人の表示上の錯誤ととらえた。本件では、誤記を含む補正を審査した審査官も錯誤に陥り(「(3) 担当審査官の措置」参照。)特許査定をしているから、出願人と審査官との共通錯誤の面もある事例である。

 この面に注目すると、共通錯誤に陥った当事者の効果意志は一致するのであるから(両者とも記載は変わっていないと思っている。)、出願人と審査官を問題とする限りは正しく書きなおせ(訂正すれ)ばよいということも言える。

 しかし、特許請求の範囲は第3者に特許権の射程を表示するものでもある。第3者に不測の不利益を与えるようでは正しく書き直すことは認められないだろう。第3者にすれば共通錯誤に陥ったのは当事者の責任であり、そのような場合に書き直しが許されては“取引の安全“が害される。そして、共通錯誤の場合は、当事者に守るべき法益はなく民法95条ただし書きは適用されないとされるところである。

 ところが、本件特許クレームの誤記部分は不明確と言い得るものであり、しかも、明細書を参酌することにより当事者の効果意志のとおりに“正しく”理解できると言い得るものであった。

 そうであれば、第3者に不測の不利益を与えることもないから、一致した効果意志のとおりに訂正することに問題はない。

 紋切り型ではない、「大岡裁き」であると思う。

 表示上の錯誤と審査官の錯誤を指摘されて、特許請求の範囲は意思表示の一種であることを明確に認識した。特許請求の範囲の訂正が問題となった際には、意志主義と表示主義が働くことを忘れてはならないと思った。(もちろん、ケアレスミスしないことが第一であるが。)
 
 追記(H19.12.21):この判決は大きな問題をはらんでいる可能性があると思うに至った。
1.判決は、請求項1の「誤り」は明確性の欠如につながっており、そのために発明の詳細な説明を参酌すると、原告が「誤記の訂正」をしようとする意味に解釈できるから訂正は認められるとする。
2.しかし、特許請求の範囲が不明確であり発明の詳細な説明を参酌する場合に、当該不明確な記載の意味がどのような範囲で線引きされるかは当事者同士が訴訟(当事者系の訴訟)を起こさなければ定まらない。
 その際にどのような範囲で確定するかは、当事者の主張立証や裁判官の心証の形成のされ方によって異なるであろうし、それは当該当事者を拘束するにすぎないものである。
 複数訴訟が提起された場合には確定される範囲も必ずしも同じにはならず、また、誤記の訂正が可能となる意味に認定されるとは限らない。
3.そして、特許請求の範囲は(善意の)第3者に対して権利範囲を表示する役割を果たすのであるから、誤った補正部分について出願人による錯誤による無効の主張を審査官(特許庁)の重過失を理由に認めることもできない。
 第3者への表示機能は重要視されるべきで軽視できない。たとえば新規事項の追加がある特許クレームは通常は何らかの不明確性をはらんでいることが多いと思料されるが、その場合にも発明の詳細な説明を参照することで訂正が許されてしまうかもしれない。権利を不安定化し予測可能性が失われ混乱が生じるものと思料される。
4.上記の点も今後、検証されるべきであると思うに至った。 

「混同を生じさせる行為」の判断の基準

2007-12-02 11:53:31 | Weblog
事件番号 平成19(ネ)10055
事件名 不正競争行為差止等請求控訴事件
裁判年月日 平成19年11月28日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 不正競争
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 塚原朋一

『1 混同のおそれがないとの主張について
(1) 不正競争防止法2条1項1号は,他人の周知商品等表示と「同一若しくは類似の商品等表示を使用し,又はその商品等表示を使用した商品」を販売等して「他人の商品又は営業と混同を生じさせる行為」と規定しているところ,商品等表示において「混同を生じさせる行為」が,周知表示の出所指示機能を破壊し,営業上の利益を害するのみならず,一般取引者及び需要者を害し,ひいては取引秩序を混乱破壊するものであることにかんがみると,ここに「混同を生じさせる行為」を禁止しようとする趣旨は,周知表示に化体して形成された信用を冒用することを規制し,それによって公正な競業秩序を形成維持しようとするところにあると解すべきである(最判昭35年4月6日・刑集14巻5号525頁参照)。したがって,「混同を生じさせる行為」の判断に当たっては,一般取引者及び需要者の心理に基準を置くのが相当である。

 そして,商品等表示において「混同を生じさせる行為」は,周知の他人の商品等表示と同一又は類似のものを使用する者が,自己とその他人とを同一の商品主体又は営業主体として誤信させる行為のみならず,両者間にいわゆる親会社,子会社の関係や系列関係などの緊密な営業上の関係又は同一の表示の商品化事業を営むグループに属する関係が存すると誤信させる行為をも含み,両者間に競争関係があることを要しないと解すべきである(最判昭59年5月29日・民集38巻7号920頁参照)。また,当該「混同を生じさせる行為」は,現に混同を生じさせていることは要せず,混同を生じさせるおそれがあればよいものと解すべきである(最判昭44年11月13日・判時582号92頁参照)。』

『(4) 上記(2)及び(3)の事実によれば,被控訴人と控訴人の業務内容は,コンピュータシステムないしソフトウェアの製造,販売,それに伴うサービスの提供という共通性があることに加え,事業者向けのPOSシステムを取扱商品としている点でも共通しており,被控訴人が複数の連結子会社ないし関連会社からなる企業グループを形成して全国的な営業展開をしており,その商品又はサービスの対象業種が多岐にわたることを併せ考えれば,控訴人が,被控訴人のオービック標章と類似するオービックス標章を使用してその営業を行えば,商品主体又は営業主体が被控訴人と同一又は同一でなくとも被控訴人の系列企業であるとの誤認を生じさせるものと認められる。

(5) 控訴人は,あらかじめ,取引先の企業の実態,内情を十分に調査した上で取引することが十分に可能であるのみならず,消費者,顧客の目も肥えていて,単に一流企業と似通った標章を使用しているということでその企業の商品を購入するということは稀有なことであるから,単に標章が類似しているというだけで,実体を調べもせず,その企業の商品に飛びつくような者は,保護するに値するものではない旨主張する。
 しかし,不正競争防止法2条1項1号は,上記のとおり,混同行為を禁止しようとする趣旨は,周知表示に化体して形成された信用の冒用を規制し,それによって公正な競業秩序を形成維持しようとするところにあるのであって,「混同を生じさせる行為」の判断に当たっては,一般取引者及び需要者一般の心理に基準を置くのが相当であるところ,同法の上記趣旨からすれば,一般取引者及び需要者は,日常一般に払われる注意力の下で混同のおそれがあるか否かが問われるものと解すべきであって,常に日常一般に払われる以上の注意力をもって子細に観察する消費者,あるいは,標章のみによっては,決して取引を行わず,常に商品そのものを観察して購買するか否かを決する賢明な消費者を基準に置いているものではなく,また,そのような賢明な消費者であっても混同を避けられないような巧妙な不正競争行為のみを保護するものでもないから,控訴人の上記主張は,採用できない。

(6) 控訴人は,一般消費者が,控訴人のオービックス標章を見て,これが大企業である被控訴人の関連企業であるという理由で,直ちに,控訴人の商品等に飛びつくわけではないとし,一般消費者は,十分な識別能力を有しているので,単に標章のみによって取引を行うなどということはあり得ないから,被控訴人のオービック標章と類似の標章を使用したからといって誤認,混同を生じさせることにはならない旨主張する。
 しかし,上記のとおり, 「混同を生じさせる行為」の判断の基準とされるべき一般取引者及び需要者は,日常一般に払われる注意力の下で混同のおそれがあるか否かが問われるものと解すべきであって,十分な識別能力を有し,単に標章のみによって取引を行うなどということのないいわゆる賢明な消費者を基準に置いているものではなく,そうであれば,前記( 4)のとおり,本件の事情の下では,控訴人が,被控訴人のオービック標章と類似するオービックス標章を使用してその営業を行えば,商品主体又は営業主体が被控訴人と同一又は同一でなくとも被控訴人の系列企業であるとの誤認を生じさせるものと認められるのである。したがって,控訴人の上記主張も,採用することができない。

(7) 控訴人は,被控訴人が大企業であるのに対して,控訴人は九州所在の零細企業であるから,世間が被控訴人と控訴人とを混同することは考えられず,控訴人が10年間にわたりオービックス標章を使用してきたものの,その間一度として被控訴人のオービック標章と混同されたことがなかったから,混同のおそれがない旨主張する。
 しかし,前記のとおり,不正競争防止法2条1項1号は,周知表示に化体して形成された信用の冒用を規制し,それによって公正な競業秩序を形成維持しようとするところにあり,企業の規模とは無関係である。そして,上記のとおり,控訴人が,被控訴人のオービック標章と類似するオービックス標章を使用してその営業を行えば,被控訴人と同一か,同一でなくとも被控訴人の系列企業であるとの誤認を生じさせるものと認められるのであり,甲18(被控訴人代理人の通知した警告書に対する回答書)によれば,控訴人自身が過去に被控訴人と間違えた者からの電話を受けたことを認めているのであり,現に混同を生じたことがあったのである。したがって,控訴人の上記主張も,採用することができない。

( 8) 控訴人は,同人が扱うPOSシステムは,「レンタルPOSシステム」であるのに対し,被控訴人のPOSシステムは,販売用のシステムであるから,両者の扱う商品が質的に全く異なっており,単に両者がPOSシステムを扱っているという理由で混同を生じさせるということはない旨主張する
 しかし,レンタル用であるか販売用であるかの差は大きなものではなく,前記のとおり,被控訴人が,複数の連結子会社ないし関連会社からなる企業グループを形成して全国的な営業展開をしており,その商品又はサービスの対象業種が多岐にわたることからすると,オービックス標章を使用してする控訴人の営業に接する一般取引者及び需要者は,それが被控訴人自体の商品,営業であるとの誤認,又は,被控訴人の系列企業であるとの誤認を生じさせるものと認められるから,控訴人の上記主張も,採用することができない。』

面接及び釈明の機会を設けずまたは審理を再開しなかったことの違法性(審理不尽)

2007-12-02 10:59:15 | Weblog
事件番号 平成18(行ケ)10276
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成19年11月28日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明


『2 取消事由2(審理不尽)について
 原告は,原告の要請にもかかわらず,審判合議体が面接及び釈明の機会を与えず,また審理を再開しなかったことにつき,審理不尽の違法があると主張する
 しかし,原告の主張は,以下のとおり理由がない。
 すなわち,審判手続において,当事者に面接の機会や釈明の機会を与えるかどうかは,審判合議体の裁量に属するものであり,そのような機会を必ず与えなければならない法律上の義務はないから,審判合議体が原告に対して面接や釈明の機会を与えなかったことが,直ちに違法になるものではなく,また,本件において,面接や釈明の機会を与えなかったことが裁量権を逸脱した違法なものとなるような特段の事情も認められない
 また,審理の再開(特許法156条2項)は,審理の万全を期するために,審判長が必要と認めた場合に行われるべきものであって,審理を再開するかどうかは審判長の裁量に属するものであり,当事者の審理再開の申立てに応じなかったとしても,直ちに審理不尽の違法となるものではなく,また,本件において,審理の再開をしなかったことが,裁量権を逸脱した違法なものとなるような特段の事情も認められない
 したがって,本件の審判手続には,原告が主張する審理不尽の違法は存在しない。』

請求項の射程の判断に阻害要因的判断と包袋禁反言を採用した事例

2007-12-02 10:07:23 | Weblog
事件番号 平成16(ワ)10667
事件名 損害賠償等請求事件
裁判年月日 平成19年11月28日
裁判所名 東京地方裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 清水節

『2 争点(3)ウ(被告方法において,仮に歪測定信号を送信しているとしても,歪測定信号とは別にイコライザのトレーニング信号をも送信しているという点において,構成要件Aを充足するか)について

(1) 本件明細書の記載
本件明細書には,以下のとおりの記載がある(甲2)。
・・・
(2) 出願経過における原告の主張
出願経過において原告が特許庁に提出した各書面には,以下のとおりの記載があることが認められる。
ア 本件意見書(乙33)
 従って,本願発明では,1つの歪測定用の信号を送信するだけで,回線の歪度合が識別できるため,簡単な手順で最高速度の伝送速度を決定することができます。
イ 本件補正書1(乙37の1)
 以上説明した様に本発明によれば,回線の歪度合が歪測定用の信号を一つ,特定の信号伝送速度で送信するだけで識別でき,この識別により,最適な信号伝送速度を決定できる。
ウ 本件審判請求理由補充書(乙35)
 このような構成により,本願発明では伝送回線に最適な伝送速度を,歪測定信号を一度送出するだけで,容易に識別することが可能となる。
エ 本件補正書2(乙37の2)
 以上説明した様に本発明によれば,最適な伝送速度が歪測定用の信号を一つの特定の伝送速度で送信するだけで識別でき,データの伝送手順が簡略化でき,データを送信する迄の時間を短縮できる。

(3) 本件発明の構成要件Aの解釈
 以上を前提に,本件発明の構成要件Aの内容について検討する。
ア 本件発明の内容
・・・
 このような従来の伝送方式では,回線の歪度合ないし品質によっては,送信側のファクシミリ装置から,本来送信すべき画像信号を送信する前に,その伝送速度を決定するために,最適速度判定用の信号を何度も送信する必要があり,時間のロスがあった。そこで,本件発明は,回線の歪度合ないし品質に関わらず,送信側の装置から,最適な伝送速度を判定するための信号を1回だけ送信することで,伝送速度を決定できるようにし,このことにより,上記の時間のロスの問題を解消した。

 すなわち,本件発明においては,送信側のモデムから,受信側のモデムをセットアップし,かつ,回線の歪度合を受信側において測定できる1つの信号を1回送信し,受信側のモデムは,この信号を基に,自己装置をセットアップし,また,上記信号を再生して,回線の歪度合を示す信号を出力し,受信側の装置は,この出力信号により,最適の伝送速度を判断し,画像信号の伝送速度を決定する。そして,受信側の装置は,決定した伝送速度び受信準備が完了したことを送信側の装置に通知し,送信側の装置は,上記伝送速度で,画像信号を送信することになり,このようにして,本件発明では,送信側から,本来送信すべきデータを送信する前に,その最適な伝送速度を判定するための信号を1回だけ送信することで,伝送速度を決定できるのである
・・・
イ「送信装置から回線の歪度合を測定するための歪測定信号・・・送信し」の意味
(ア) 歪測定信号の送信回数
 上記アで認定した本件発明の内容からすれば,本件発明の構成要件Aの「送信装置から回線の歪度合を測定するための歪測定信号として・・・4値ランダム符号を・・・送信し」とは,「送信装置から回線の歪度合を測定するための歪測定信号として・・・4値ランダム符号」を1回だけ送信することを意味し,これを複数回送信する場合を含まないものと解するのが相当である
・・・
 仮に,イコライザのトレーニング信号に回線の歪度合の測定機能を持たさず,トレーニング信号とは別に歪度合の測定をするための信号を送信する方法を採用すると,伝送速度決定のために要する時間を節約するという本件発明の目的を十分に達成することができないことが明らかである。また,本件明細書には,伝送速度決定のために要する時間を短くするという効果を犠牲にしてまでも,トレーニング信号によっては回線の歪度合を測定せずに,トレーニング信号とは異なる歪度合の測定のための信号を別途送信する必要性又はその可能性についての示唆は全くなく,出願経過からも,これらをうかがわせる事情は認められない
 そうすると,トレーニング信号では回線の歪度合を測定せずに,トレーニング信号とは別の信号により回線の歪度合を測定する方法は,本件発明とは異なる技術思想に基づくものであるというべきである。
 そして,本件明細書や出願経緯には,このような技術思想を異にする伝送方式が含まれるとの示唆は一切なく,当業者としても,本件発明における歪測定は,当然にイコライザのトレーニング信号によって行われるものであると認識すると考えられる。

 したがって,本件発明においては,受信側の装置が,イコライザのトレーニング信号に基づき,回線の歪度合を測定して,最適の伝送速度を決定すること,すなわち,トレーニング信号が回線の歪度合を測定するための信号を兼ねていることが前提となっているというべきであり,トレーニング信号とは別に,回線の歪度合を測定するための信号を送信する方式は,「送信装置から回線の歪度合を測定するための歪測定信号として・・・4値ランダム符号を・・・送信し」の要件には該当せず,本件発明の構成要件Aを充足しないものと解するのが相当である。』