知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

明確性の判断時に明細書の誤った説明記載よりも技術常識を優先した事例

2012-10-29 03:29:24 | 特許法36条6項
事件番号  平成24(行ケ)10040
事件名  審決取消請求事件
裁判年月日 平成24年10月15日
裁判所名 知的財産高等裁判所  
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 塩月秀平、裁判官 真辺朋子,田邉実
特許法36条6項2号 (明細書の誤った説明記載よりも技術常識を優先)

2 ・・・
 段落【0040】には「“反り”の定義」として,「中心に対するロール縁部の放物線状直径増大」であるとの記載があるが,その「反らされている」の意味を,段落【0040】の「“反り”の定義」のとおり,中心に対してロール縁部が放物線状に直径が増大すると解したとすると,ロールが湾曲した状態では,ロールギャップ内の形状は下記の【図1】に示すように線状とはならないため,フィルムの中央部分の厚さが大きくなり,全幅にわたって均一な厚さ分布とすることができず,ロールが「フィルムの全幅にわたって均一な厚さ分布とするために」反らされていることと矛盾するよって,「反らされている」の意味を,段落【0040】の「“反り”の定義」のとおり解することは,不自然である。一方,「反らされている」の意味を,上記技術常識のとおり,ロールの縁から中央に向かって放物線状に直径が増加すると解したとすると,ロールが湾曲した状態では,ロールギャップ内の形状は下記の【図2】に示すように線状となり,フィルムの全幅にわたって均一な厚さ分布とすることができ,上記のような矛盾を生じることがない。
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3 発明の詳細な説明を理解するに際しては,特定の段落の表現のみにこだわるべきではなく,全体を通読して吟味する必要がある。「反らされている」との請求項の文言において,これが技術的意味においてどのような限定をしているのかを特定するに際しても,同様である。
 上記2で分析したところによれば,請求項5における「ロール(110)が反らされている」について,特許請求の範囲の記載のみでは,具体的にどのように反らされているのか明らかでないものの,発明の詳細な説明の記載及び技術常識を考慮すれば,その意味は明確である
というべきである。発明の詳細な説明に記載された「“反り”の定義」が誤りであるとしても,当業者は,上記「“反り”の定義」が誤りであることを理解し,その上で,本願発明5における「ロール(110)が反らされている」の意味を正しく理解すると解することができるというべきである。上記「“反り”の定義」が誤りであるからといって,請求項5が明確でないということはできない。

(所感)
 一見したところでは、当業者でも最終クレームの用語の意味するところを裁判なしには確信を持って確定できない事例のように感じる。
 裁判なしに独占権の境界を明確にして競業他社の萎縮効果を排除することで、低コストで産業の発展に資する特許を生み出すというのが法36条6項2号の使命であるはず。
 この事例に類する難解なクレームを適法とすると、出願人は救済されるというメリットはあるが、裁判なしでどこまでが権利侵害か確信をもてない競業会社、特許庁の審査・審判、に萎縮効果が生じる。結果、このような「難解なクレーム」が量産され、萎縮効果がじわじわと拡大し、特許制度のコストがますます高くなっていくのではないかと懸念する。
 顕在化している出願人の救済が優先され、潜在的なコスト高のデメリットは問題とされていないということかも知れない。

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