知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

クレームの解釈と数値限定の進歩性判断

2006-03-04 20:40:37 | 特許法29条2項
◆H17. 2.17 東京高裁 平成16(行ケ)83 特許権 行政訴訟事件
条文:特許法29条2項

<争点1>
 審決は、本件記録紙を「インクを用いない記録ペンすなわち尖針などで印字(尖針による引掻き記録)できる『記録紙』」と認定したが、そのように限定する根拠はないか

<判示1>
 本件記録紙において、本件隠蔽層の隠蔽性の低減は、本件隠蔽層の水性ポリマー粒子の中空孔などに起因する微細孔の光散乱を低減させることにより行われるものであるから、記録エネルギーを作用させる手段は、「インクを用いない記録ペンすなわち尖針など」に限定されるものではなく、微細孔における光散乱を所定程度に低減させることができるように調整したものであれば、他の記録エネルギーを作用させる手段、例えば、このような微細孔における光散乱に起因する隠蔽層を有する記録紙に慣用されている「タイプライター」(引用例〔甲24〕3欄第2段落)等によっても可能であることは明らかである。
そうすると、本件明細書(甲1)の特許請求の範囲【請求項1】の記載から、本件記録紙の記録方法については、上記のとおり「本件隠蔽層の隠蔽性を所定程度以下に低減させられ得るものであれば足りる」ものであることが、これに接する当業者において一義的に明確に理解できるものであるというべきところ、一見してその記載が誤記であることが本件明細書の発明の詳細な説明の記載に照らして明らかであるなどのリパーゼ事件最高裁判決のいう特段の事情は認められない。

<追加的判示事項>
数値限定発明の同一性の判断に当たっては、数値限定の技術的意義を考慮し、数値限定に臨界的意義が存することにより当該発明が先行発明に比して格別の優れた作用効果を奏するものであるときは、同一性が否定されるから、上記数値限定によって先願発明との同一性が否定されると判断するには、その前提として、本件発明1の数値範囲が臨界的意義を有するものであるか否かを検討する必要があるというべきである。しかしながら、審決は、本件発明1の上記①、②の数値範囲の臨界的意義を何ら検討していない。

選択発明の進歩性

2006-03-04 20:29:36 | 特許法29条2項
◆H18. 1.25 知財高裁 平成17(行ケ)10438 特許権 行政訴訟事件
条文:特許法29条2項

<争点>
 審査基準によれば、選択発明の要件は、①刊行物に記載されていない有利な効果であって刊行物において上位概念で示された発明が有する効果とは異質なものを有し、②これが技術水準から当業者が予測できたものでないとき、又は同質であるが際だって優れたものを有し、③これが技術水準から当業者が予測できたものでないことである。
 審決は、「引用文献1(判決注;引用例1)に記載されたヒアルロン酸以外のムコ多糖類であるコンドロイチン硫酸、デルマタン硫酸、ケラタン硫酸、ヘパラン硫酸及びヘパリンの中からヒアルロン酸と併用して最も効果のあるものを選択することは、当業者であれば容易になし得る程度のことである」(審決4頁第1段落)と認定したが、これが誤りであるかどうか。

<判示事項>
 特許庁の審査基準によれば、選択発明とは、物の構造に基づく効果の予測が困難な技術分野に属する発明で、刊行物において上位概念で表現された発明又は事実上若しくは形式上の選択肢で表現された発明から、その上位概念に包含される下位概念で表現された発明又は当該選択肢の一部を発明を特定するための事項と仮定したときの発明を選択したものであって、前者の発明により新規性が否定されない発明をいい、刊行物において上位概念で示された発明が有する効果とは異質な効果、又は同質であるが際だって優れた効果を有し、これらが技術水準から当業者が予測できたものでないときは進歩性を有するとされる。 しかし、本願発明1は格別顕著な効果を奏するものであるということはできないことは上記のとおりであり、原告の引用する特許庁の審査基準によっても、本願発明1がいわゆる選択発明として進歩性を有するということはできない。

先願の公開前に特許査定された本願に特許法29条の2の適用はあるか

2006-03-04 19:36:32 | 特許法29条の2

◆H18. 1.25 知財高裁 平成17(行ケ)10437 特許権 行政訴訟事件
条文:特許法29条の2

<概要> 
 事実関係が、①先願発明の特許出願、②本件発明の特許出願、③本件発明についての特許査定、④先願発明につき出願公開、⑤本件特許の設定登録という順序でされた場合、本願発明と同一の先願発明で特許法29条の2を理由として無効とすることはできるか。

<争点>
○ 審査において拒絶理由が存在しないことを判断する時期は査定時であり、設定登録日ではなく、また、審判制度において判断されるべきは、査定の是非であり、設定登録の是非でないか
○ 本件発明が、査定時において特許法29条の2の適用要件を満たすものではなく、特許査定がなされた後、後発的に特許法29条の2に該当することとなった発明に該当する場合、特許法123条1項2号は,査定時に,「その特許が…第29条の2,…の規定に違反してされたとき。」に無効審判を請求することができることを規定するのみであり、「特許がされた後において、その特許が29条の2の規定に違反することになったとき」に無効審判を請求できること(後発的無効理由)を規定するものではないから、それによっては特許を無効とすることはできないか、

<判示事項> 
 特許法(以下,単に「法」ともいう。)29条の2における「出願公開」という要件は、後願の出願後(当該特許出願後)に先願(当該特許出願の日前の他の特許出願)についての「出願公開」がされれば足りるのであり、後願の査定時に未だ先願の出願公開がされていない場合には、担当の審査官が先願の存在をたまたま知り得たとしても,その時点で査定をする限り、特許査定をしなければならないが、その後にその先願の出願公開がされたときは、法29条の2所定の「出願公開」の要件を満たし、法123条1項2号に該当するものとして特許無効審判を請求することができるものと解するのが相当。
 (その根拠)
 (a) 法29条の2は、その文言解釈上、先願の出願公開時期につき、「当該特許出願後」(後願の出願後)ということ以外に何ら限定していない。
 (b) 法29条の2で特許しない趣旨は、後願である当該特許出願は、先願について出願公開がされなかった例外的な場合を除き、社会に対して何ら新しい技術を提供するものではない
  (c) 実質的に考えても上記のように解釈するのが相当。 仮に、後願(当該特許出願)についての特許査定時までに先願の出願公開がされていない場合には、その後にその出願公開がされたとしても法29条の2の適用の余地はないと解するならば、不当な結果となる。 そもそも、特許査定の時期は、審査請求をどの時点でするか、審査手続がどのように進行するかなど、個別事案ごとに種々の要素に左右されるものであり、出願公開の時期も、出願人が出願公開の請求をどの時点でするか、法64条1項前段の出願公開についても事務手続がどのように進むかなど、これも個別事案ごとに種々の要素に左右されるものであり、両者の先後関係は、多分に偶然の要素に左右されることは、制度上自明のことである。このような偶然の要素によって特許要件の充足性を左右させることは、特許制度を不安定かつ予測困難なものとするものであって、特許法の予定するものでないと解される。また、そのような不安定かつ予測困難な制度として運用するならば、先願者の防衛的な観点からの手続を誘発することにもなり、法29条の2の企図するところとも背馳することになる。
 (d) 従前の特許法の解説書の記載には、先願の公開が既にされていることを前提に特許の拒絶査定を論じるかのように読めないではないものも存在する。しかし、それは、早期審査制度の運用が開始される前においては、後願の査定時期が先願の公開時期を追い抜く事態を想定し難かったために、先願の公開がされた後に後願の査定時期を迎えるという典型的な事例を念頭において記載されているからにすぎず、後願の査定時までに先願が公開されていなければ、もはや法29条の2の適用の余地はなくなるということを意識的に論じた趣旨であるとは解し得ない。 また、原告は、法123条なども引き合いに出して主張するが、法29条の2を前判示のように解する妨げとなるものではない(後願の特許査定がされた後に先願の出願公開がされた事例であっても、後願の特許査定時には、既に先願が存在しており、それは一部の例外を除きすべて公開されるものであるから、特許要件を欠く原因の本質的部分は存在していたものともいえるのであって、特許査定後に全く新たに発生するような後発的無効事由と同一に論じることは相当ではない。また、法39条1項の事例をも考察するならば、法123条1項2号が特許査定後の事情が付加された無効事由を一切排除するものとは解し難い。)。
  (e) ちなみに、平成10年11月「工業所有権審議会企画小委員会報告書~プロパテント政策の一層の深化に向けて~」(中山信弘委員長。特許庁ホームページにて公開されている。)の「【4】申請による早期出願公開制度の導入」という項では、早期審査に付された後願の特許査定後に、先願の出願公開がされるという本件と同じ事案について、法29条の2による特許取消事由が成り立つことを前提に、異議申立期間満了前に先願の早期公開を可能とすることの必要性が報告されており、法29条の2についての前判示の解釈と同旨のものと解される。
 (f) 本件と同様、先願発明の特許出願、後願発明の特許出願、後願発明についての特許査定、先願発明につき出願公開、後願発明の特許の設定登録という時系列的な流れをたどった事案において、異議が申し立てられ(異議2001-73432号)、特許庁は、法29条の2に違反してされたものとして上記特許を取り消す決定をし(平成15年2月6日付け決定)、その決定取消訴訟においても、先願の公開時期については特段問題とされることなく、東京高裁判決により取消決定が維持され、確定したものがある(東京高裁平成16年12月9日判決・同平成15年(行ケ)第107号事件)。

(感想)
 早期審査制度(特許庁の運用による)によって、公開前に審査が行われるようになったために、生じた疑義に裁判所の判断が示された。個人的には、公開前審査は、(1)出願順序あるいは審査請求順序をくずし、(2)出願人の個別の事情によって早く審査を行う不透明性、(3)前述のような法制度の不備から特許を得やすいこと、から早期審査制度を利用する出願人を不合理に優遇するものであると考える。むしろ、その他の出願人が審査が遅れることを了承する場合に、料金を割り引くなどの方法をとるべきではないか。


補正の基準と引用例の認定

2006-03-04 19:12:50 | 特許法29条の2
◆H18. 2.14 知財高裁 平成17(行ケ)10207 特許権 行政訴訟事件
条文:特許法29条の2

<概要>
 平成12年2月10日に設定登録された特許に対して、平成15年8月7日,本件特許の請求項1ないし3項について無効とするとの審判が請求された。特許庁は,これを無効2003-35327号事件として審理した結果,平成16年6月25日,「特許第3031856号の請求項1,3に係る発明についての特許を無効とする。特許第3031856号の請求項2に係る発明についての審判請求は,成り立たない。」との審決をしたが、審決取消し訴訟が提起された。

<争点>
 周知技術であることが直ちに開示があることにつながるとした審決の判断は違法であり、明細書中に開示があるか否かを判断するときには、明細書の補正に関する審査基準と同様に判断すべきであるかどうか。

<判示事項>
 原告が指摘する審査基準は、明細書等の補正に関する運用上の考え方を示したものであって、第1先願発明の技術内容をどのように理解するかということとは直接関係しない。
 また、審決は、単に周知技術であることが、直ちに先願明細書1にインバータの開示があることにつながると判断したものでない。

(感想)
 原告指摘の点は確かに混同しやすいポイントである。個人的には、次のように考える。
 (1)本願または引用例の明細書の記載事項を確定する際には、明細書の記載に接した当業者がどこまでの技術的事項が記載されていると認識(A)するか、かが基準であるが、(2)補正できる範囲は、明細書に記載されているに等しい事項(B)であるかどうか、かが基準である。
 そうすると、ある記載から周知のα技術もβ技術(その他のいくつかの常套手段)も利用できるというときに違いが出る。例えば、引用例の認定であれば、α技術も、β技術も認定できるということになるが、本願明細書の補正の際には、α技術だけ、β技術だけに限定して補正することはできない(なぜなら、その技術だけ限定して使うという技術思想は記載されていないから。)。
 たぶん、こういう理解が正しいのだと思う。