知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

数学的課題の解析方法

2006-03-05 20:36:08 | 特許法29条柱書
◆H16.12.21 東京高裁 平成16(行ケ)188 特許権 行政訴訟事件
条文:特許法29条1項柱書

<概要>
(1) 発明の名称を「連立方程式解法」とする発明について、特許出願をしたが、平成12年12月19日付けで拒絶査定を受けたので、これに対する不服の審判の請求をした。特許庁は審理した上、本願発明が、特許法上の「発明」に該当せず、特許法29条1項柱書に規定する要件を満たしていないとしたものであるとの審決をした
(2) 平成10年11月24日付け手続補正後の本願の請求項1記載の発明の要旨は、以下のとおりである。
  【請求項1】回路の特性を表す非線形連立方程式を、BDF法を用いて該非線形連立方程式をもとに構成されたホモトピー方程式が描く非線形な解曲線を追跡することにより数値解析する回路のシミュレーション方法において、BDF法を用いた前記解曲線の追跡における解曲線上のj+1(jは整数)番目の数値解を求めるステップは、予測子と修正子とのなす角度φj+1を算出し、この角度φj+1が所定値より大きいか否かを判定する判定ステップと、前記判定ステップにおいて、前記角度φj+1が所定値より大きいと判断された場合には、前記解曲線の追跡の数値解析ステップのj+1番目の数値解を求めるステップをより小さな数値解析ステップ幅によって再実行し、j+1番目の数値解を新たに求め直すステップと、を含むことを特徴とする回路のシミュレーション方法。」

<判示事項>
○ 前提
 特許法2条1項には、「この法律で「発明」とは、自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいう。」と規定され、同法29条1項柱書には、「産業上利用することができる発明をしたものは、次に掲げる発明を除き、その発明について特許を受けることができる。」と規定されている。したがって、特許出願に係る発明が「自然法則を利用した技術的思想の創作」でないときは、その発明は特許法29条1項柱書に規定する要件を満たしておらず、特許を受けることができない。 そして、数学的課題の解析方法自体や数学的な計算手順を示したにすぎないものは、「自然法則を利用した技術的思想の創作」に該当するものでないことが明らかである。
○ 判示1
 本願発明の処理対象とされる「回路の数学モデル」について、特許請求の範囲には、「回路の特性を表す非線形連立方程式」と記載されるのみであって、回路の特性を物理法則に基づいて非線形連立方程式として定式化するという以上に、当該非線形連立方程式が現実の回路を構成する各素子の電気特性をどのように反映するものであるかは全く示されておらず、しかも、定式化されたモデルは数学上の非線形連立方程式そのものであるから、このような「回路の特性を表す非線形連立方程式」を解析の対象としたことにより、本願発明が、「自然法則を利用した技術的思想の創作」となるものでないことは明らかである。
○ 判示2
 本願発明において、現実の回路の物理的特性は非線形連立方程式に反映されるだけであって、その解析には何ら利用されないものであり、創作自体はあくまで、ホモトピー方程式を構成し、BDF法を用いて追跡することに向けられており、一旦非線形連立方程式の形になってしまえば、その解法は数学の領域に移行し、数学的な処理により解析が行われるにすぎないものといえる。そして、原告主張のように、ホモトピー方程式の解曲線を追跡することやBDF法自体が、非線形な特性曲線を呈する回路の動作特性を解析する有効な方法の一つとして、当業者に知られているからといって、そのプロセスが数学的な解析処理にすぎないことが否定されるものでもない。
○ 判示3
 本願発明の目的は、BDF法を用いてホモトピー方程式が描く非線形な解曲線を数値解析する際に疑似解収束現象や非収束現象が生ずるという問題を解決することにあるというべきところ、それは、数学的手法を用いて解曲線を解析する際に適切な解が得られないという問題を解決しようとすることにほかならないから、本願発明に技術的な課題があるとはいえない。
○ 判示4
 本願発明を回路のシュミレーションとして用いることにより原告の主張の効果を達成できるとしても、この効果は、非線形連立方程式の解曲線をBDF法を用いて数学的に解析した結果に基づくものであって、数学的な解が得られたことにより達成されるものであるが、本願発明は、前示のとおり、このような数学的な解析手段を提供しようとするに止まるものであるから、上記の効果は、本願発明自体が有する効果ということはできず、原告の上記主張には理由がない。

未完成発明

2006-03-05 19:55:08 | 特許法29条柱書

◆H17. 1.18 東京高裁 平成15(行ケ)166 特許権 行政訴訟事件
条文:特許法29条1項柱書

<判事事項>
 本件明細書においては、本件臨床試験結果が記載されてはいるものの、①本件臨床試験が実際にされたこと、②本件臨床試験に使用された薬剤が、真実上記(1-3)(c)に記載された外用軟膏剤及び外用クリーム剤であったこと、並びに③本件臨床試験の結果が本件明細書に正確に記載されていることを認めるに足りる証拠はないというほかなく、また、本件臨床試験以外のものについて被告が主張する諸点を検討しても、本件薬剤に治療効果があることを認めるに足りる証拠はない。 そうすると、本件発明の技術内容(技術手段)によってその目的とする技術効果を挙げることができるものであることを推認することはできないのであるから、本件発明とされるものは、発明として未完成であり、特許法29条1項柱書きにいう「発明」に当たらず、特許を受けることができないものというべきである

(感想)
 未完成発明との結論に至るのは、大変珍しいと思う。