知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

先願の公開前に特許査定された本願に特許法29条の2の適用はあるか

2006-03-04 19:36:32 | 特許法29条の2

◆H18. 1.25 知財高裁 平成17(行ケ)10437 特許権 行政訴訟事件
条文:特許法29条の2

<概要> 
 事実関係が、①先願発明の特許出願、②本件発明の特許出願、③本件発明についての特許査定、④先願発明につき出願公開、⑤本件特許の設定登録という順序でされた場合、本願発明と同一の先願発明で特許法29条の2を理由として無効とすることはできるか。

<争点>
○ 審査において拒絶理由が存在しないことを判断する時期は査定時であり、設定登録日ではなく、また、審判制度において判断されるべきは、査定の是非であり、設定登録の是非でないか
○ 本件発明が、査定時において特許法29条の2の適用要件を満たすものではなく、特許査定がなされた後、後発的に特許法29条の2に該当することとなった発明に該当する場合、特許法123条1項2号は,査定時に,「その特許が…第29条の2,…の規定に違反してされたとき。」に無効審判を請求することができることを規定するのみであり、「特許がされた後において、その特許が29条の2の規定に違反することになったとき」に無効審判を請求できること(後発的無効理由)を規定するものではないから、それによっては特許を無効とすることはできないか、

<判示事項> 
 特許法(以下,単に「法」ともいう。)29条の2における「出願公開」という要件は、後願の出願後(当該特許出願後)に先願(当該特許出願の日前の他の特許出願)についての「出願公開」がされれば足りるのであり、後願の査定時に未だ先願の出願公開がされていない場合には、担当の審査官が先願の存在をたまたま知り得たとしても,その時点で査定をする限り、特許査定をしなければならないが、その後にその先願の出願公開がされたときは、法29条の2所定の「出願公開」の要件を満たし、法123条1項2号に該当するものとして特許無効審判を請求することができるものと解するのが相当。
 (その根拠)
 (a) 法29条の2は、その文言解釈上、先願の出願公開時期につき、「当該特許出願後」(後願の出願後)ということ以外に何ら限定していない。
 (b) 法29条の2で特許しない趣旨は、後願である当該特許出願は、先願について出願公開がされなかった例外的な場合を除き、社会に対して何ら新しい技術を提供するものではない
  (c) 実質的に考えても上記のように解釈するのが相当。 仮に、後願(当該特許出願)についての特許査定時までに先願の出願公開がされていない場合には、その後にその出願公開がされたとしても法29条の2の適用の余地はないと解するならば、不当な結果となる。 そもそも、特許査定の時期は、審査請求をどの時点でするか、審査手続がどのように進行するかなど、個別事案ごとに種々の要素に左右されるものであり、出願公開の時期も、出願人が出願公開の請求をどの時点でするか、法64条1項前段の出願公開についても事務手続がどのように進むかなど、これも個別事案ごとに種々の要素に左右されるものであり、両者の先後関係は、多分に偶然の要素に左右されることは、制度上自明のことである。このような偶然の要素によって特許要件の充足性を左右させることは、特許制度を不安定かつ予測困難なものとするものであって、特許法の予定するものでないと解される。また、そのような不安定かつ予測困難な制度として運用するならば、先願者の防衛的な観点からの手続を誘発することにもなり、法29条の2の企図するところとも背馳することになる。
 (d) 従前の特許法の解説書の記載には、先願の公開が既にされていることを前提に特許の拒絶査定を論じるかのように読めないではないものも存在する。しかし、それは、早期審査制度の運用が開始される前においては、後願の査定時期が先願の公開時期を追い抜く事態を想定し難かったために、先願の公開がされた後に後願の査定時期を迎えるという典型的な事例を念頭において記載されているからにすぎず、後願の査定時までに先願が公開されていなければ、もはや法29条の2の適用の余地はなくなるということを意識的に論じた趣旨であるとは解し得ない。 また、原告は、法123条なども引き合いに出して主張するが、法29条の2を前判示のように解する妨げとなるものではない(後願の特許査定がされた後に先願の出願公開がされた事例であっても、後願の特許査定時には、既に先願が存在しており、それは一部の例外を除きすべて公開されるものであるから、特許要件を欠く原因の本質的部分は存在していたものともいえるのであって、特許査定後に全く新たに発生するような後発的無効事由と同一に論じることは相当ではない。また、法39条1項の事例をも考察するならば、法123条1項2号が特許査定後の事情が付加された無効事由を一切排除するものとは解し難い。)。
  (e) ちなみに、平成10年11月「工業所有権審議会企画小委員会報告書~プロパテント政策の一層の深化に向けて~」(中山信弘委員長。特許庁ホームページにて公開されている。)の「【4】申請による早期出願公開制度の導入」という項では、早期審査に付された後願の特許査定後に、先願の出願公開がされるという本件と同じ事案について、法29条の2による特許取消事由が成り立つことを前提に、異議申立期間満了前に先願の早期公開を可能とすることの必要性が報告されており、法29条の2についての前判示の解釈と同旨のものと解される。
 (f) 本件と同様、先願発明の特許出願、後願発明の特許出願、後願発明についての特許査定、先願発明につき出願公開、後願発明の特許の設定登録という時系列的な流れをたどった事案において、異議が申し立てられ(異議2001-73432号)、特許庁は、法29条の2に違反してされたものとして上記特許を取り消す決定をし(平成15年2月6日付け決定)、その決定取消訴訟においても、先願の公開時期については特段問題とされることなく、東京高裁判決により取消決定が維持され、確定したものがある(東京高裁平成16年12月9日判決・同平成15年(行ケ)第107号事件)。

(感想)
 早期審査制度(特許庁の運用による)によって、公開前に審査が行われるようになったために、生じた疑義に裁判所の判断が示された。個人的には、公開前審査は、(1)出願順序あるいは審査請求順序をくずし、(2)出願人の個別の事情によって早く審査を行う不透明性、(3)前述のような法制度の不備から特許を得やすいこと、から早期審査制度を利用する出願人を不合理に優遇するものであると考える。むしろ、その他の出願人が審査が遅れることを了承する場合に、料金を割り引くなどの方法をとるべきではないか。


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