知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

キルビー特許の玄孫 発明の同一性と39条の導入

2006-03-16 21:37:37 | 特許法44条(分割)
◆H13. 3.28 東京高裁 平成10(行ケ)82 特許権 行政訴訟事件
条文:特許法44条

<経緯>
本件特許は、
1. 昭和35年2月6日(優先権主張・1959年(昭和34年)2月6日及び同月12日、アメリカ合衆国)の、特許法(大正10年法律第96号、以下「旧特許法」という。)に基づく出願に係る特願昭35-3745号出願から、昭和39年1月30日に分割出願された特願昭39-4689号出願(以下「本件原出願」という。)から、
2. 更に昭和46年12月21日に分割出願された特願昭46-103280号出願(以下「本件出願」といい、本件出願である分割出願を「本件分割出願」という。)につき、昭和61年11月27日に出願公告がされ、平成元年10月30日に設定登録されたもの
である。
   特許庁は、同請求を平成6年審判第9675号事件として審理した上、「特許第320275号発明の特許を無効とする。」との審決をした。

<原発明と本願発明>
(原発明)
 1主面を有する単一の半導体薄板より成る半導体装置に於いて、
  該薄板に形成され、上記1主面で終るP-n接合に依り画成された少く共1つの領域を含む少く共1つの受動回路素子、
  該受動回路素子との間に必要な絶縁を与えるように、該受動回路素子から離間されて上記薄板に形成され、上記1主面で終るP-n接合に依り画成された少く共1つの領域を含む少く共1つの能動回路素子、
  上記1主面を実質的上全部被覆し接触部のみを露出するように上記領域の少く共2つに対応して設けられた孔を有するシリコンの酸化物より成る絶縁物質、
  該絶縁物質に密接し上記少く共2つの領域間に延び上記孔を通して上記領域を電気的に接続する電気導体とを具備する事を特徴とする半導体装置。

(本願発明)
 複数の回路素子を含み主要な表面及び裏面を有する単一の半導体薄板と;
   上記回路素子のうち上記薄板の外部に接続が必要とされる回路素子に対し電気的に接続された複数の引出線と;
  を有する電子回路用の半導体装置において、
 (a)上記の複数の回路素子は、上記薄板の種々の区域に互に距離的に離間して形成されており、
 (b)上記の複数の回路素子は、上記薄板の上記主要な表面に終る接合により画定されている薄い領域をそれぞれ少くともひとつ含み;
 (c)不活性絶縁物質とその上に被着された複数の回路接続用導電物質とが、上記薄い領域の形成されている上記主要な表面の上に形成されており;
 (d)上記互に距離的に離間した複数の回路素子中の選ばれた薄い領域が、上記不活性絶縁物質上の複数の上記回路接続用導電物質によって電気的に接続され、上記電子回路を達成する為に上記複数の回路素子の間に必要なる電気回路接続がなされており;
 (e)上記電子回路が、上記複数の回路素子及び上記不活性絶縁物質上の上記回路接続用導電物質によって本質的に平面状に配置されている;
  ことを特徴とする半導体装置。


<注目点>
(クレーム解釈1)
 原発明が、本件発明と同様「半導体装置」である以上、何らかの所定の用途を有するものというべきところ、この「半導体装置」につき当該所定の用途を達成するためには、各受動回路素子を構成する領域と各能動回路素子を構成する領域の全部ではなく、そのうちの接続する必要のある領域のみを選択して電気的に接続しなければならないことは技術常識というべきである。

(クレーム解釈2)
 上記所定の機能を有する受動回路素子と能動回路素子の電気的接続によって所定の動作が行われるに至ることが明らかであるから、原発明の「半導体装置」が「電子回路用の半導体装置」であることも技術常識というべきである。そして、所定の用途、すなわち、電子回路を達成するために、接続する必要のある回路素子の領域を選択して電気的に接続されることは上記のとおりであるから、原発明は「電子回路を達成するために複数の回路素子の間に必要な電気回路接続がなされている」ということができるものである。

(クレーム解釈3)
 本件明細書上、「電子回路の能動及び受動成分或いは回路素子は半導体の薄板の一面或いはその近くに形成される」等の本件発明の特徴的な構成の「結果」として、「得られる回路は本質的に平面状に配置される」とされているのであるから、「回路が本質的に平面状に配置される」ことは、他の特定の構成のもたらす結果であって、それ自体が他の技術的事項から独立した本件発明の特徴でないことは明らかである。いい換えれば、本件発明の要件eは、その余の要件についての実質的な重複記載にすぎず、他の要件から区別される別個の技術的事項ではない。したがって、本件発明と原発明との対比に当たって、要件eは、本来、独立に顧慮する必要がないものである。このことは、「平面状配置」を、「平坦な配置」と解しても、原告が主張するように「二次元的な広がりを持った配置」と解しても変わりがない。

(上位概念と下位概念の発明の対比)
 発明は「技術的思想」であるが、これを言語的に表現しようとする場合、その具体的表現形態や用いる概念の上下位のレベルが様々であり得るから、例えば、発明のある要素を上位概念で表現したときと、下位概念で表現したときとでは、それぞれの包含する範囲は完全に同じではないが、下位概念で規定したことに格別の技術的意義がなければ、それぞれの表現するものは1個の同じ発明(技術的思想)である。そして、発明(技術的思想)は、実際には、明細書の特許請求の範囲の記載と、発明の一般的説明及び実施態様ないし実施例とを手掛りとし、発明の目的及び作用効果も考慮して把握されるものであり、特許請求の範囲において異なる表現がされていても、発明の目的、構成、効果の説明及び実施例を通じて把握される技術的思想が同じであれば、作用効果に格段の差異があるような場合は別として、発明としては一つのものしか存在しない。

(審査基準から見た同一性)
    特許庁の審査基準は、発明の同一性の基準に関し、技術的思想が同一である場合を「発明が実質的に同一」としており、これは、上記のように、特許請求の範囲において異なる表現がされていても、把握される発明が一個、かつ、同一である場合に相当する。そして、審査基準は「実質的に同一」に当たる例として、①両発明の構成を表す表現に差異があってもその差異が同一内容を表す単なる表現上の差異にすぎない場合、②両発明の構成の差異が、発明の目的効果に格別の差異を生じさせず、当業者が普通に採用する程度の「単なる構成の変更」である場合、③両発明の構成の差異が自明又は無意味な条件の付加や限定の有無にしかない場合、④両発明の構成の差異が下位概念で記載された構成と、その上位概念で記載された構成の差異に相当し、しかも下位概念で記載された発明が出願時の技術水準で判断して上位概念発明として把握でき、下位概念で記載された点に発明がない場合等を挙げているところ、その②ないし④は、発明の構成要件に、概念の上下位の関係、付加要件の存否等の違いがあって、発明の範囲は完全には重ならないが、それでも発明(技術的思想)が同一であるとされるのである。
    以上のように、技術的思想としての発明が複数(別個)であるかどうかの判断に当たって、発明の範囲が完全に重なるかどうかは決め手とならないのである。特許法の下において、発明の同一性に関し従来から定着してきた判断基準は、発明の「同一」の外に発明の「単一」というような概念を必要としないし、もとより、発明の範囲が完全に重なり合うかどうかによって、発明の同一性を判断するというような考え方は採っていない。そして、旧特許法の規定は、特許請求の範囲に単項で記載された発明が多数の実施態様を含む包括的思想であることを前提とするものであり、その一発明の概念は、少なくとも特許法における一発明の概念より狭いものではない。
    なお、本件発明と原発明とは、それぞれの特許請求の範囲が包含する範囲が大部分重複し、しかも唯一ともいえる実施態様が共通する関係にあり、さらに、発明の目的及び効果の点でも異なるとはいい難いから、両者が技術的思想として区別すべき内容をもった別の発明であるとは到底認められない。

(新審査基準との整合性、39条導入の妥当性)
○ 新審査基準の内容
 特許法44条及び39条は、それぞれ旧特許法9条及び8条に対応する規定であるところ、旧審査基準は、分割出願に係る発明と原出願に係る発明とが同一でないことを特許法44条の分割出願の実体的要件の一つとした上で、その場合の発明の同一性に関する判断を同法39条における発明の同一性の審査基準に従って行うこととしていたが、新審査基準は、「①分割直前の原出願の明細書又は図面に二以上の発明が記載されていること」、「②分割直前の原出願の明細書又は図面に記載された発明の一部を分割出願に係る発明としていること」(要件②は「②-1分割出願に係る発明が分割直前の原出願の明細書又は図面に記載された発明であること」及び「②-2分割直前の原出願の明細書又は図面に記載された発明の全部を分割出願に係る発明としたものでないこと」に分けられる。)並びに「③分割出願の明細書又は図面が、原出願の出願当初の明細書又は図面に記載した事項の範囲内でないものを含まないこと」を特許法44条の分割出願の実体的要件とし(公告決定謄本送達後の分割出願に固有の要件を除く。)、「原出願の明細書又は図面に発明が一つしか記載されていない場合に分割出願をしようとすれば、必ず原出願の明細書又は図面に記載された発明の全部を出願することになる。したがって、原出願の明細書又は図面に記載された発明の一部を分割出願としたものであれば、原出願の明細書又は図面には二以上の発明が記載されていたことになる」ので、要件②が満たされれば要件①が満たされ、また要件③が満たされれば要件②-1も満たされるから、結局、要件②-2と要件③が満たされれば、実体的要件が満たされるとし、さらに、「分割出願に係る発明と分割後の原出願に係る発明とが同一である場合の取扱い」につき、「分割出願が適法であり、分割出願に係る発明と分割後の原出願に係る発明とが同一である場合には、特許法第39条第2項の規定が適用される」としたこと、新審査基準は、上記取扱いの適用対象を平成6年1月1日以降の特許出願に限ることとしていることは、当裁判所に顕著である。
○ 改善多項制導入まで
上記のように、新審査基準が、分割出願に係る発明と原出願に係る発明とが同一でないことを特許法44条の分割出願自体の実体的要件としないこととしたのは、被告主張のとおり、昭和62年法律第27号による特許法の一部改正によって導入された改善多項制に対応する同条の解釈の変更に基づくものと解すべきである。
    すなわち、分割出願の制度は、明細書に記載されている二つ以上の発明のそれぞれを権利とする途を開く目的とともに、二つ以上の発明が同一出願に包含されているときに、そのことに起因して本来拒絶の理由を含まない発明が拒絶の対象となることを防ぐ目的をも併せ有するものであり、特に、旧特許法の下においては、同法の厳格な一発明一出願の原則(7条)の適用による出願人の不利益の救済を図る機能を有していたことは明らかである。そして、前示のとおり、分割出願においては、原出願に係る発明(原出願に係る明細書の特許請求の範囲に記載された発明)と分割出願に係る発明(分割出願に係る明細書の特許請求の範囲に記載された発明)とが同一の発明ではないことが前提となるのであるから、分割出願に係る発明が、原出願に係る発明と同一であることにより、二重特許を防ぐための規定(8条)によって、結局は拒絶されるに至る場合においても、いったんは出願日遡及の利益を付与するものとすることは、上記制度の趣旨及び機能からしても意味のないことであるとともに、出願手続に係る権利関係を複雑化する要因ともなりかねない。単項制の下においては、同一の発明でないかどうかを判断することも通常は容易であって迅速に行い得ることであるから、適法な分割出願として出願日遡及の利益を付与するための要件として、原出願に係る発明と同一でないことが必要であり、旧特許法9条1項の「二以上ノ発明ヲ包含スル特許出願」を「二以上ノ出願ト為」すこととの規定は、このような趣旨をも含むものであって、以上のことは、特許法44条1項の下においても改善多項制の採用に至るまでは同様であったものと解するのが相当である。
○ 改善多項制導入後
 しかしながら、改善多項制の採用により、一発明につき複数の請求項を独立形式で記載することが可能となる(昭和62年法律第27号による改正に係る特許法36条5項)とともに、一個の出願とすることのできる二以上の発明の範囲が拡大された(同改正に係る同法37条)後は、原出願に係る発明と分割出願に係る発明とが同一の発明でないかどうかを判断することが必ずしも容易ないし迅速に行い得なくなったことは明らかである。
    そうすると、上記のとおり、旧特許法9条1項及び特許法44条1項により適法な分割出願であるために分割出願に係る発明と原出願に係る発明とが同一でないことを要件とすべきことの根拠は、同一の発明でないかどうかを判断することが通常は容易であって迅速に行い得ることにあったと解される。ところが、改善多項制が採用されたことにより、分割出願に係る発明と原出願に係る発明とが同一でないことを適法な分割出願の要件とするとその審査に時間と労力とを要しかねないことになったのであるから、出願日遡及の利益を付与することによる権利関係の複雑化を避けるために、改善多項制の下においては、特許法44条1項は分割出願に係る発明と原出願に係る発明とが同一でないことは不要とし、両発明が同一でないかどうかは同法39条において判断されるべき制度になったものと解することができる。すなわち、同法44条1項の「二以上の発明を包含する特許出願の一部」との要件の意義が、上記「①分割直前の原出願の明細書又は図面に二以上の発明が記載されていること」及び「②分割直前の原出願の明細書又は図面に記載された発明の一部を分割出願に係る発明としていること」をその内容とする(具体的には「②-2分割直前の原出願の明細書又は図面に記載された発明の全部を分割出願に係る発明としたものでないこと」及び「③分割出願の明細書又は図面が、原出願の出願当初の明細書又は図面に記載した事項の範囲内でないものを含まないこと」を確認すれば足りる。)ように変容したものと解することが相当である。この場合、同項自体に改正があったわけではないが、全体としての法体系の一部が変わったことにより、それ自体としては改正のない条項の解釈に変化が生ずることもあり得ることである。したがって、新審査基準における分割出願の取扱いが、旧特許法9条1項についての上記解釈に消長を来すものとはいえない。


<感想>
 原出願のクレームに言語的に上位概念で記載された発明と分割出願の言語的に下位概念で記載された発明との同一性の判断を行った判決。上位概念と下位概念の発明の対比のリーディングケースと思われる。
 また、新審査基準における分割出願への39条の判断の導入について、旧特許法9条1項についての上記解釈に消長を来すものとはいえないと判示した点も注目される。
 また、改善多項性下において、特許法44条の同一の要件を判断することが容易である場合は、判断してよいと解釈できるが、そのようにして遡及が否定された場合に裁判所がどのような判断を示すのか注目される。