知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

相違点の容易想到性

2006-03-13 23:17:10 | 特許法29条2項
◆H18. 3. 9 知財高裁 平成17(行ケ)10043 特許権 行政訴訟事件
条文:特許法29条2項

<概要>
 原告は、平成4年6月3日に特許出願(特願平5-500902号,優先権主張,1991年〔平成3年〕6月11日,米国)をし、平成13年11月8日、その一部について、発明の名称を「背景ノイズエネルギーレベルを見積もる方法と装置」とする新たな特許出願(特願2001-343016号)をしたが、拒絶査定を受けたので、拒絶査定に対する不服審判を請求した。
 特許庁は、これを不服2003-21309号事件として審理し、平成16年9月22日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をした。
 
 特許請求の範囲の請求項1に記載された発明の要旨は、次のとおり。
  スピーチ信号を表す信号フレームの背景ノイズを推定する方法において、前の信号フレームの背景ノイズ推定値を表すデータを記憶し、
  現在の信号フレームの信号エネルギー(Ef)を測定し、
  現在の信号フレームの測定されたエネルギーと前の信号フレームの背景ノイズ推定値(B)を表すデータとに基づいて現在の信号フレームの背景ノイズ推定値(B’)を計算することを含む方法。


<注目点>
(原告主張1)
 原告は、審決では、「N個のフレームにおけるエネルギーの平均値」の代わりに「測定された現在のフレームのエネルギーそのもの」を用いることを適宜になし得ると判断しているのに、被告がこれと異なる主張をすることは不当であり、許されない。
(判示1)
 本件訴訟において問題となるのは、相違点2に係る本願発明の構成が引用発明に基づいて当業者が容易に想到し得るとした審決の判断の当否であって、この当否を判断するに当たって、審決の記載に拘束されるものでないことは当然であり、被告も、その範囲で、審決の記載とは異なる主張をすることも許されるものである。したがって、原告の上記主張は、採用の限りでない。
 
(原告主張2)
 現在のフレームのエネルギーを雑音エネルギーの推定値の計算に用いると、引用発明が想定しているような10~20m秒の遅延では時間が足りず、大幅に遅延を招くこともあるところ、当業者において、このような大幅な遅延を招いてまで、現在のフレームのエネルギーをあえて雑音エネルギーの推定値の計算に用いようとは考えない。
(判事2)
 引用発明は、本願発明の構成に対応させて、引用例から抽出され抽象化された技術的思想であって、引用例に記載された具体的な技術ではない。引用例に、「遅延手段200にはBBD(バケット・ブリゲード・デバイス)を用いて10~20msecの遅延時間を得」との記載があるとしても、本件の引用発明として着目されているのは、現在フレームを含むとは限らないM個のフレームを観測し,このM個のフレームの中からエネルギーが最も小さいものから順にN個のフレームのエネルギーデータを得るとともに、「すでに得られている雑音エネルギーの推定値Ni’(編注;Nとiの間に「Λあり)」を記憶し、これらを基礎として、「新しい雑音エネルギーの推定値Ni(編注;Nとiの間に「Λ」あり)」を得るという技術であって、少なくともこの技術に関する限り、引用発明は遅延時間の多寡とは直接関係がない。

<感想>
 判事2のように明確に言い切った判事は珍しい。一見すると、今までにない新しい判事のようにも見えるが、しかし、同じ引用例を用いることを前提とした判事であり、相違点を誤らず、同じ引用文献を用いる限りは、異なる理由で説明しても差し支えないという、従来の裁判所の判例の延長上にある判事であると思う。