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知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

特許法29条2項所定の要件の判断

2010-12-13 07:09:37 | Weblog
事件番号 平成22(行ケ)10096等
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成22年11月30日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

(1)特許法29条2項所定の要件の判断,すなわち,その発明の属する分野における通常の知識を有する者(当業者)が同条1項各号に該当する発明に基づいて容易に発明をすることができたか否かの判断は,通常,先行技術のうち,特許発明の構成に近似する特定の先行技術(以下「主たる引用発明」という場合がある。)を対比して,特許発明と主たる引用発明との相違する構成を認定し,主たる引用発明に,それ以外の先行技術(以下「従たる引用発明」という。),技術常識ないし周知技術(その発明の属する技術分野における通常の知識)を組み合わせ,特許発明と主たる引用発明との相違する構成を補完ないし代替させることによって,特許発明に到達することが容易であったか否かを基準として判断すべきものである。

(2)ところで,審決は,前記第2の4のとおり,本件発明と先行技術とを対比し,相違点を認定することなく,
① 本件明細書に基づいて,本件発明の技術的意義について検討し,同意義を,構成要件C(・・・)と,構成要件E及びF(・・・)とを兼ね備える点にあるとした上で,
② 構成要件C,E及びFを兼ね備えた技術は,甲1ないし甲5のいずれにも記載されておらず,示唆もされていないと判断して,本件発明は,原告の主張に係る各引用発明から容易に想到することができないとの結論を導いている

 この点,特許法29条2項所定の容易想到性の有無を判断するに当たり,特定の引用発明と対比して,相違点を認定することをせずに,先に,当該発明の技術的意義なるものを設定した上で,各引用発明に当該発明の技術的意義が記載されているか否かを判断する手法は,判断の客観性を担保する観点に照らし疑問が残るといえる。

 しかし,本件においては,原告(無効審判請求人)は,無効審判手続において,甲1の図1,2には構成要件AないしEが記載又は示唆され,甲1の図4(A)には構成要件Fが示唆され,甲2には構成要件Fが示唆され,甲4の図2には構成要件D及び構成要件Bが示唆され,甲5には構成要件Fが示唆されているなどとの主張はするものの,特定の先行技術を主たる引用発明として挙げた上で,本件発明との相違点に係る構成を明らかにし,従たる引用発明等を組み合わせることによって,本件発明に至ることが容易であるとする論理的な主張を明確にしているわけではない。
 このような無効審判手続における原告の無効主張の内容に照らすならば,本件における審決の判断手法が,直ちに違法であるとまではいえない(なお,このような場合であっても,審判体としては,
① 原告に対して釈明を求めて,本件発明が容易想到であるとの原告の主張(論理)を明確にさせた上で判断するか,あるいは,
② 原告に対する釈明を求めることなく,原告の挙げた引用発明を前提として,それらの引用発明との相違点を認定した上で,本件発明の相違点に係る構成が容易想到であるか否かを,個別具体的に判断するか,いずれかの審理を採用するのが望ましい
といえる。)

条約規則49.6(a)ないし(e)を国内法に適合しないとした事例

2010-12-12 22:36:26 | Weblog
事件番号 平成22(行コ)10003
事件名 手続却下処分取消請求控訴事件
裁判年月日 平成22年11月30日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 その他
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

原告は,
条約規則49.6(a)ないし(e)を適用して,外国語特許出願につき,翻訳文の提出を優先日から最大で42か月まで可能とすることによって,出願審査の請求がされてから最大6か月の間,明細書等の翻訳文が提出されない事態が生じ,その間における審査ができないこととなったとしても,特許庁や第三者に何ら実害が生じないし,法の規定との不整合も生じない』,
法の規定と不整合が生ずるというためには,審査官の審査(着手)時期を拘束するような法の規定があることを要するところ,法は,出願審査の請求の期間を出願日から3年とするだけで,審査時期については何ら定めていないから,法の規定と不整合を生ずることはない
と主張する。

 しかし,法47条1項は「特許庁長官は,審査官に特許出願を審査させなければならない。」と規定し,法48条の2は「特許出願の審査は,その特許出願についての出願審査の請求をまつて行う。」と規定しており,出願審査の請求がされたにもかかわらず審査に着手しなくてよい旨を定めた規定がないことからすれば,特許庁長官は,出願審査の請求がされたときには,審査官をして速やかに審査に着手させなければならないというのが法の趣旨であると解される。

 そうすると,条約規則49.6(a)ないし(e)を適用し,翻訳文の提出を優先日から最大で42か月まで可能とすることによって,出願審査の請求がされてから最大6か月の間,明細書等の翻訳文が提出されず,その間における審査ができないという事態を招くことは,上記の法の趣旨に反し,法の規定との不整合を生ずるというべきであり,条約規則49.6(a)ないし(e)は,我が国の国内法令に適合しないというべきである。

冒認出願に係る事実の主張立証責任等について

2010-12-12 22:10:39 | Weblog
事件番号 平成21(行ケ)10379
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成22年11月30日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

1 冒認出願に係る事実の主張立証責任ないし主張立証の程度について特許法は,29条1項に「発明をした者は,‥‥‥特許を受けることができる。」旨,33条1項に「特許を受ける権利は,移転することができる。」旨,及び34条1項に「特許出願前における特許を受ける権利の承継は,その承人が特許出願をしなければ,第三者に対抗することができない。」旨を,それぞれ規定し,特許権を取得し得る者を発明者及びその承継人に限定する。同規定に照らすならば特許出願に当たり,同要件に該当する事実が存在する旨の主張,立証は,出願人において負担すると解するのが合理的である。このことは,36条1項2号において,願書の記載事項として「発明者の氏名及び住所又は居所」が掲げられ,特許法施行規則5条2項において,出願人は,特許庁からの求めに応じて譲渡証書等の承継を証明するための書面を提出しなければならないとされていることとも整合する。
 ところで,123条1項6号は,「その特許が発明者でない者であつてその発明について特許を受ける権利を承継しないものの特許出願に対してされたとき。」(冒認出願)を,特許無効事由の一つとして挙げている。同規定によれば,「その特許が発明者でない者・・・に対してされたとき」との事実が存在することの主張,立証は,無効審判請求人が負担すると解する余地もないわけではない。しかし,このような規定振りは,同条の立法技術的な理由に由来するものであることに照らすならば,無効事由の一つを規定した123条1項6号が,29条1項における主張立証責任の原則を変更したものと解することは妥当でない
 したがって,123条1項6号を理由として請求された特許無効審判において,「特許出願がその特許に係る発明の発明者自身又は発明者から特許を受ける権利を承継した者によりされたこと」についての主張立証責任は,少なくとも形式的には,特許権者が負担すると解すべきである。

 もっとも,123条1項6号を理由とする特許無効審判における主張立証責任の分配について,上記のように解したとしても,そのことは,「出願人が発明者であること又は発明者から特許を受ける権利を承継した者である」との事実を,特許権者において,すべての過程を個別的,具体的に主張立証しない限り立証が成功しないことを意味するものではなく,むしろ,特段の事情のない限り,「出願人が発明者であること又は発明者から特許を受ける権利を承継した者である」ことは,先に出願されたことによって,事実上の推定が働くことが少なくないというべきである。
 無効審判請求において,特許権者が,正当な者によって当該特許出願がされたとの事実をどの程度,具体的に主張立証すべきかは,無効審判請求人のした冒認出願を疑わせる事実に関する主張や立証の内容及び程度に左右されるといえる。

 以上のとおり,正当な者によって特許出願がされたか否かは,発明の属する技術分野が先端的な技術分野か否か,発明が専門的な技術,知識,経験を有することを前提とするか否か,実施例の検証等に大規模な設備や長い時間を要する性質のものであるか否か,発明者とされている者が発明の属する技術分野についてどの程度の知見を有しているか,発明者と主張する者が複数存在する場合に,その間の具体的実情や相互関係がどのようなものであったか等,事案ごとの個別的な事情を総合考慮して,認定すべきである。

特許請求の範囲の解釈と出願経過の参酌

2010-12-12 21:34:21 | Weblog
事件番号 平成21(ワ)7718
事件名 特許権侵害差止等請求事件
裁判年月日 平成22年11月30日
裁判所名 東京地方裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 大鷹一郎


(ウ) そして,本件発明の特許請求の範囲(請求項1)の記載及び前記(イ)の本件明細書の記載事項を総合すれば,本件発明は,・・・などを目的とし,切餅の切り込み部等(切り込み部又は溝部)の設定部位を,従来考えられていた餅の平坦上面(平坦頂面)ではなく,「上側表面部の立直側面である側周表面に周方向に形成」する構成を採用したことにより,焼き途中での膨化による噴き出しを制御できると共に,・・・などの作用効果を奏することに技術的意義があるというべきであるから,本件発明の構成要件Bの「載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に,・・・切り込み部又は溝部を設け」との文言は,切り込み部等を設ける切餅の部位が,「上側表面部の立直側面である側周表面」であることを特定するのみならず,「載置底面又は平坦上面」ではないことをも並列的に述べるもの,すなわち,切餅の「載置底面又は平坦上面」には切り込み部等を設けず,「上側表面部の立直側面である側周表面」に切り込み部等を設けることを意味するものと解するのが相当である。

(ウ) 出願経過に関する主張について
原告は,
① 本件特許の出願経過において,平成17年11月25日付け意見書(甲10の1),平成18年3月29日付け手続補正書(甲12の1)及び平成19年1月4日付け回答書(甲16)をもって,本件発明では切餅の上下面である載置底面及び平坦上面に切り込みがあってもなくてもよいことを積極的に主張し,その結果,本件発明について特許すべき旨の審決がされており,本件発明は,切餅の載置底面又は平坦上面に切り込み部を設けても設けなくてもよいことを前提に,特許登録に至っていること,
② 本件特許の出願経過の当初から,本件発明においては,側周表面のみに切り込みを設けるという構成には限定できないことを審査官より指摘され,原告としても限定しないことを前提に,本件特許についての審査がされていること,
上記①及び②のような本件特許の出願経過からみても,本件発明の構成要件Bは,「載置底面又は平坦上面」に切り込み部等を設けた構成を除外するものではないと解釈されるべきである旨主張する。

・・・

上記認定事実によれば,原告は,本件特許の出願過程において,積極的に「(切餅の上下面である)載置底面又は平坦上面ではなく,切餅の側周表面のみ」に切り込みが設けられることを主張していたが,その主張が,平成17年9月21日付け拒絶理由通知(甲9)に係る拒絶理由によって認められなかったため,これを撤回し,主張を改めたものというべきであるから,本件発明では切餅の上下面である載置底面及び平坦上面に切り込みがあってもなくてもよいことを積極的に主張し,その結果,本件発明について特許すべき旨の審決がされたとの原告の主張は,その前提において失当である。
 このように,原告が主張する前記a①の点は,本件特許の出願人である原告が,特許庁に提出した意見書等の中で,本件発明の構成要件Bに関して原告主張の解釈に沿う内容の意見を述べていたということ以上の意味を有するものではなく,このような事情が,本件発明の特許請求の範囲(請求項1)の解釈に直ちに結びつくものとはいえない

(b) 原告主張の前記a②について
 前記(a)の認定事実によれば,原告が主張する前記a②の点は,本件特許出願の審査の過程の中で,前記拒絶理由通知(甲9)を発した当時の特許庁審査官が,本件発明の構成要件Bに関して原告主張の解釈に沿う内容の判断を示し,これを受けた出願人たる原告も,特許庁に提出した意見書等の中で,同趣旨の意見を述べていたということ以上の意味を有するものではないから,このような審査過程での一事情をもって,本件発明の特許請求の範囲(請求項1)の解釈を左右し得るとみることは困難というべきである。

商標法7条の2第1項柱書きの趣旨

2010-11-28 10:04:28 | Weblog
事件番号 平成21(行ケ)10433
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成22年11月15日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 塩月秀平

第5 当裁判所の判断
1 取消事由1(7条の2第1項の解釈の誤り)について
(1) 原告は,・・・,地域団体商標(7条の2)の制度は地域振興等を目的として創設されたもので,3条2項の登録要件を緩和したものであるから,7条の2第1項にいう「使用をされた結果自己又はその構成員に係る商品又は役務を表示するものとして需要者の間に広く認識された」は,需要者において,当該商標が使用された商品ないし役務が,誰の業務に係るものか全く判然としないものではないという意味で,一定の団体又はその構成員の業務に係るものであることが広く認識されていれば足り,当該商標から生産・提供される地域(産地)の識別ができる程度であれば十分であって,特定の者である出願人又はその構成員の業務に係る商品ないし役務に係るものであることまで広く認識されている必要はない,というものである。

(2) 7条の2が定める地域団体商標の制度が設けられたのは,・・・,これらの不都合を解消して上記のとおりの地域の名称と商品ないし役務の名称等からなる文字商標の登録を許容して,地域の産品等についての事業者の信用の維持等を実現する趣旨のものである。

 そして,1項柱書で,当該「商標が使用をされた結果自己又はその構成員の業務に係る商品又は役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されている」ことが要求されているのは,上記のとおり地域の名称と商品ないし役務の名称等からなる文字商標である地域団体商標の登録をすると,構成員でない第三者による自由な商標(表示,名称)の使用が制限されることになるので,かかる制限をしてまでも保護に値する程にまで,出願人たる団体の信用が蓄積されている商標であるか否かを峻別するためであり,あるいは構成員でない第三者による便乗使用のおそれが生じ得る程度に,出願人たる団体の信用が蓄積されている商標であるか否かを峻別するためであると解することができる。

 この点,1項柱書にいう,「商標が使用をされた結果自己又はその構成員の業務に係る商品又は役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されている」こととの要件につき,原告は,前記(1)のとおり主張する。

 なるほど,3条2項で同条1項各号で登録できないとされている商標が,使用により登録が認められるとしても,「何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができるもの」との要件,すなわち識別力を発揮できるまでの程度の要件を充たさなければならないのに対し,7条の2第1項柱書では,使用により「自己又はその構成員の業務に係る商品又は役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されている」との要件を充たすことを要件としており,前記の地域団体商標の立法経緯を踏まえてみると,後者の要件は前者の要件を緩やかにしたものと解するのが相当ということになる。

 しかし,この要件緩和は,識別力の程度(需要者の広がりないし範囲と,質的なものすなわち認知度)についてのものであり,当然のことながら,構成員の業務との結び付きでも足りるとした点において3条2項よりも登録が認められる範囲が広くなったのは別としても,後者の登録要件について,需要者(及び取引者)からの当該商標と特定の団体又はその構成員の業務に係る商品ないし役務との結び付きの認識の要件まで緩和したものではない

 この登録要件は法律の解釈上導かれるものであり,立法経過や立法趣旨にも反するものではない。

周知例を技術水準・経験則等で補足した事例

2010-11-20 07:43:36 | Weblog
事件番号 平成22(行ケ)10048
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成22年11月10日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 滝澤孝臣

(7) 原告の主張について
 以上に対して,原告は,本件周知例には水平方向の力に抵抗できることが記載されていないから,そこに記載された発明が耐力壁ではないし,開口を有するパネルが耐力壁とはなり得ない旨を主張する。

 しかしながら,本件周知例に記載の発明は,主として鉛直方向の力の支持を念頭に置いているとはいえるものの,本件周知例には耐力壁となり得ることや,そのために他の補強材を含んでもよい旨が記載されている
 しかも,前記のとおり,本件の出願当時,枠組に構造用合板を張ったものが耐力壁として用いられることは,一般的な文献にも記載があり,2×4工法における耐力壁に開口を設けることを記載し,その際には強度(水平方向の力に対するものを含む。)に留意すべきことを指摘する特許出願も公開されていたほか,経験則に照らしても,上記の構造を有する耐力壁の強度は,枠組の部材及び構造用合板の材質,厚さ及び使用形態により自由に設定できることは,明らかであるから,本件周知例に記載の発明が水平方向の力に対する強度も確保していることもまた,明らかである。

パブリシティ権の「専ら」について-写真と記事の分量比を考慮した事例

2010-11-14 22:02:47 | Weblog
事件番号 平成21(ワ)4331
事件名 損害賠償請求事件
裁判年月日 平成22年10月21日
裁判所名 東京地方裁判所
権利種別 その他
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 阿部正幸

1 争点1(原告のパブリシティ権侵害の有無)について
(1) パブリシティ権の意義
 人は,著名人であるか否かにかかわらず,人格権の一部として,その氏名を他人に冒用されたり,みだりにその容ぼう等を撮影されたり,自己の容ぼう等が撮影された写真をみだりに公表されたりしない権利を有する最高裁昭和63年2月16日第三小法廷判決・民集42巻2号27頁,同昭和44年12月24日大法廷判決・刑集23巻12号1625頁,同平成17年11月10日第一小法廷判決・民集59巻9号2428頁参照。)。
 また,・・・,著名人の氏名,肖像は,顧客誘引力を有し,経済的利益,価値を生み出すものであるということができるのであり,著名人は,人格権に由来する権利として,このような経済的利益,価値を排他的に支配する権利(以下「パブリシティ権」という。)を有すると解するのが相当である。
 他方,著名人は,・・・社会の正当な関心事の対象となりやすいものである。そのため,著名人は,その著名人としての活動等が雑誌,新聞,テレビ等のマスメディアによって批判,論評,紹介等の対象となることや,そのような紹介記事等の一部として自らの写真が掲載されることについて,言論,出版,報道等の表現の自由の保障という観点から,これを容認しなければならない場合があるといえる。そして,そのような紹介記事等を掲載した雑誌等の販売に当たって当該芸能人等の顧客吸引力が反映される場合があるとしても,上記の観点から,著名人はこれを容認せざるを得ない場合がある

 以上の点を考慮すると,著名人の氏名,肖像を使用する行為が当該著名人のパブリシティ権を侵害する不法行為を構成するか否かは,その使用行為の目的,方法及び態様を全体的かつ客観的に考察して,その使用行為が当該著名人の顧客吸引力に着目し,専らその利用を目的とするものであるといえるか否かによって判断するのが相当である。

 なお,上記の基準は,出版等につき顧客吸引力の利用以外の目的がわずかでもあれば,「専ら」に当たらないとしてパブリシティ権侵害とされることがないことを意味するものではなく,顧客吸引力の利用以外の目的があったとしても,そのほとんどの目的が著名人の氏名,肖像による顧客吸引力を利用するものであるような場合においては,上記の事情を総合的に判断した結果,「専ら」顧客吸引力の利用を目的とするものであるとしてパブリシティ権侵害とされることがあり得るというべきである。
 上記解釈を前提として,被告らが本件雑誌を出版,販売した行為が原告のパブリシティ権を侵害するものか否かについて,検討する。

・・・
(4) 以上のとおり,本件雑誌は,その表表紙の見出しの主要部分として原告の氏名が用いられてこれが大書され,表表紙及び裏表紙には,原告の顔写真や上半身,全身の写真が,ほぼ全面にわたって多数掲載され(・・・),原告の氏名及び肖像写真を利用して,購入者の視覚に訴える構成となっている(・・・)。
 また,本件雑誌の本文部分も,原告の写真が見開き2ページの全面(・・・)又は1ページの全面(・・・)若しくはほぼ全面(・・・)にわたって掲載され,記事部分がない(・・・),又は,記事部分がページの上部,下部等にわずかしかない(・・・)ページが大半(・・・)を占めている(・・・)。そして,証拠(甲1)によれば,これらの原告写真は,原告一人を被写体とし,又は,原告を被写体の中心として,原告の顔や上半身,全身をクローズ・アップで撮影したものであり,原告の肖像を独立して鑑賞の対象とすることができるものであると認められる。
 これに加えて,前記のとおり原告の氏名及び肖像は強い顧客吸引力を有すること,本件雑誌が上質の光沢紙を使用したカラーグラビア印刷の雑誌であることなどを併せ考えると,本件雑誌において,その人気ぶりが一種の社会現象となっている原告の本件来日時の芸能活動を紹介するという一面があったことは否定されないとしても,本件雑誌のように表紙及び本文の大部分において,原告の顔や上半身等の写真をページの全面又はほぼ全面にわたって掲載するような態様での原告写真の使用は,原告の顧客吸引力に着目し,専らその利用を目的とするものと認められ,原告のパブリシティ権を侵害するものというべきである(・・・)。

 一方,本件雑誌中の,原告の写真よりも記事部分の方が多くを占めているページ(・・・)(・・・),原告の写真の他に共演者等の写真が掲載され,記事部分も相当程度を占めているページ(・・・)(・・・)に原告の写真を掲載したことや,原告の姿がごく小さくしか写っておらず,原告の肖像を独立して鑑賞の対象とすることができるものとはいえない写真(・・・)を掲載したことについては,原告の顧客吸引力に着目し,専らその利用を目的とするものとまでは認め難いから,パブリシティ権を侵害したとは認められない

共同審判請求人の一人に中断事由が生じ審判手続が中断したまま審決された事例

2010-10-28 06:37:45 | Weblog
事件番号 平成22(行ケ)10270
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成22年10月25日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 塩月秀平

第3 当裁判所の判断
 上記第2の事実に照らすと,株式会社アイ・アイ・ピーが破産手続開始決定を受けたことにより審判手続は当然に中断し(破産法46条,44条1項),また,同社と原告株式会社YCFは共同して拒絶査定不服審判請求を行ったのであるから,共同審判請求人の一人である株式会社アイ・アイ・ピーについて生じた中断は,請求人全員についてその効力を生じている(特許法132条4項)。そうすると,本件審判手続の審理を担当する審判官は,同社と原告株式会社YCFの両社について審判手続が中断したまま審決をしたものであるから,本件審決は,重大かつ明白な瑕疵があるものとして無効ということになる

 無効な審決であっても,審決が成立し,送達された外観が形成されている以上,これを排除するため,審決の取消訴訟提起が可能な場合もあり得るが,その場合であっても,株式会社アイ・アイ・ピーの財産に関する管理処分権を有しているのは破産管財人であるから,破産管財人が株式会社YCFと共同で審決取消訴訟を提起すべきである。

 しかるに,本件訴訟は,原告の一人として,破産管財人ではなく管理処分権を有しない破産会社である株式会社アイ・アイ・ピーの前代表取締役を代表者とし,当然のことながらその訴訟代理人になり得ない弁理士3名を訴訟代理人と表示して提起されたものであるから,全体として不適法であり,その不備を補正することができないものである。
 よって,口頭弁論を経ないで本件訴えを却下することとし,弁理士A,B及びCの訴訟費用の負担について民事訴訟法70条,69条2項を適用して,主文のとおり判決する。

 なお,特許庁審判官は,審理終結後であったとしても,破産管財人に審判手続を受継させて本件審決を破産管財人に送達するか,又は本件審決が無効であることを前提にして,破産管財人に審判手続の受継をさせて,新たな審決をするかを,破産管財人の意向も聴取した上で判断すべきである。

商標の使用に当たらないとされた事例

2010-10-26 22:17:53 | Weblog
事件番号 平成21(ワ)25783
事件名 販売差止等請求事件
裁判年月日 平成22年10月21日
裁判所名 東京地方裁判所
権利種別 商標権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 大鷹一郎

1 争点1-1(本件商標権の侵害行為の有無)について
 原告は,被告各標章は本件登録商標の類似の商標に該当し,被告による被告商品の包装箱に被告標章1を付した被告商品の販売行為並びに被告ウェブサイト及び被告カタログに被告商品の「商品名」として被告標章2を表示する行為は,登録商標に類似する商標の使用(商標法37条1号)として,本件商標権の侵害を構成する旨主張する
 これに対し被告は,被告各標章と本件登録商標とは類似せず,また,被告各標章は被告商品の包装箱,被告ウェブサイト及び被告カタログにおいて本来の商標としての使用(商標的使用)がされているとはいえないから,被告の上記各行為は,本件商標権の侵害を構成しない旨主張する

 ところで,商標の本質は,当該商標を使用された結果需用者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができるもの(商標法3条2項)として機能すること,すなわち,商品又は役務の出所を表示し,識別する標識として機能することにあると解されるから,商標がこのような出所表示機能・出所識別機能を果たす態様で用いられているといえない場合には,形式的には同法2条3項各号に掲げる行為に該当するとしても,当該行為は,商標の「使用」に当たらないと解するのが相当である。

 そこで,本件の事案にかんがみ,まず,被告各標章が被告商品の出所表示機能・出所識別機能を果たす態様で用いられているか,すなわち,本来の商標としての「使用」(商標的使用)がされているかどうか(争点1-1(2))について判断することとする。
・・・

イ 被告商品の包装箱における被告標章1の使用態様等
・・・上記各説明文によれば,「シートクッション」の用語は,被告商品が着座して使用するクッションであることを意味するものとして用いられていることが認められる。
 しかし,このような意味を有する「シートクッション」の用語が被告商品の包装箱の説明文に用いられているからといって,被告標章1が商品の出所表示機能・出所識別機能を果たす態様で用いられていることの根拠となるものではない。また,そもそも,商品の名称である商品名が常に当該商品の出所表示機能・出所識別機能を果たすものとは限らない

ウ 被告ウェブサイトにおける被告標章2の使用態様等
 被告ウェブサイトのうち被告商品を紹介している部分には,別紙6の写真に示すように,・・・こと(前記(4))からすると,上記③の文章は被告商品が被告が販売する商品であることを識別させるために使用されているものと認識できること,以上の①ないし⑤に照らすならば,被告ウェブサイトの上記部分に接した一般消費者においては,被告標章2について,上記②の説明文と相俟って,被告商品が中央部分を取り外すと,中央に穴のあいた輪形に似た形状のクッションであることを表すために用いられたものと認識し,商品の出所を想起させるものではないものと認められる

 そうすると,被告標章2が被告商品のウェブサイトにおいて商品の出所表示機能・出所識別機能を果たす態様で用いられているものと認めることはできないから,被告商品のウェブサイトにおける被告標章2の使用は,本来の商標としての使用(商標的使用)に当たらないというべきである。
・・・

同じ記載部分に対して特許法36条6項1号及び2号、法17条の2第3項違反を同時に認めた事例

2010-10-26 21:30:32 | Weblog
事件番号 平成22(行ケ)10051
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成22年10月20日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 滝澤孝臣

2 取消事由2(本願発明を拒絶した判断の誤り)について
(1) 特許法36条6項1号及び2号違反につい
ア 第2回補正による本願発明の請求項1の記載は,「胴体部の両側にシャフトを突出した振動モーターの両端に偏重心の分銅を備え,該分銅は振動モーター胴体部の中心点を中心とし,その両側のシャフトに略対称に取り付けた振動発生器において,発生する振動幅の設定は,該胴体部と分銅間の該間隔を変えて,発生する振動の大きさを決めて,該分銅の取り付け位置を設定し,又,その間隔は軸方向の幅の二分の一以上とする事を特徴とする振動発生装置。」というものである(甲3)。

 この請求項1には,「その間隔は軸方向の幅の二分の一以上とする」とあるのみで,「軸方向の幅」が何の「軸方向の幅」を意味しているのか,明確であるとはいえない。また,本件明細書の発明の詳細な説明や図面に,「軸方向の幅」に関して参酌すべき記載もない

イ 原告は,当初明細書等の図1(c2)等の記載を根拠に「分銅の軸方向の幅」であるとも主張する
 しかし,第2回補正においては,特許請求の範囲の全文,明細書の全文及び図面の全図を変更したものであり(甲3),当初明細書等(甲9)の記載を参酌することはできない。なお,第2回補正に係る本件明細書や図面に,「軸方向の幅」に関して参酌すべき記載もない
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(2) 法17条の2第3項違反について
ア 原告は,本件審決が第2回補正を新規事項の追加を理由に法17条の2第3項の要件違反とした判断について,「軸方向の幅」は「分銅の軸方向の幅」と理解するのが最も自然であり,「二分の一以上」とすることは,【0011】や図1(c2)の記載を含め,当初明細書等の全体から読み取り得る内容であり,当業者にも容易に理解できる旨主張する。
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なるほど,原告主張のように,当初明細書等の記載事項によると,胴体部と分銅間の間隔を大きくするほど発生する振動を大きくすることができると理解できるとしても,上記間隔と「軸方向の幅」とを関係付ける技術的事項は何ら記載されておらず,しかも,その「二分の一以上」とすることが記載されているとはいえない。
 そして,図面を参照したとしても,上記「軸方向の幅」が分銅の「軸方向の幅」であることや,上記間隔がこの幅の「二分の一以上」であることを,当業者が当然に理解できるものとはいえない。

エ そうすると,「その間隔は軸方向の幅の二分の一以上とする」ことを含む第2回補正は,新たな技術的事項を導入するものであり,当初明細書等に記載した事項の範囲内のものとはいえないから,本件審決が,第2回補正が法17条の2第3項に違反すると判断した点に誤りはない

特許法29条1項3号の「刊行物に記載された発明」とは

2010-10-21 22:42:49 | Weblog
事件番号 平成22(行ケ)10029
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成22年10月12日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 中野哲弘

2 特許法29条1項3号(新規性)適用の有無
 審決は,本願優先日前に頒布された引用例1及び2には「L612を分泌する・・・細胞系」なる記載があり,・・・,引用例1及び2にいう上記記載は本願発明を記載したことになるから特許法29条1項3号(新規性の欠如)に該当すると判断し,これに対し原告は,上記該当性を争うので,以下,検討する。

(1) 特許は,発明を社会に公開することの代償として,一定期間に限って特許権という独占権を付与するものであるから,特許を受けるには,当該発明が出願前又は優先日前に広い意味で公に知られていないこと(「新規性」があること)が必要であり,特許法29条1項は,これを表すため,「公然知られた発明」(1号)・「公然実施された発明」(2号)・「頒布された刊行物に記載された発明」等(3号)につき,それぞれ新規性がないことを定めているところ,本件は,上記のうち3号の「頒布された刊行物に記載された発明」に該当するかどうかという事案である。

 ところで,上記にいう「刊行物に記載された発明」とは,刊行物に記載されている事項又は記載されているに等しい事項から当業者(その発明が属する技術の分野における通常の知識を有する者)が把握できる発明をいう,と解するのを相当とするところ,本件においては,本願発明が「L612として同定され,アメリカン・タイプ・カルチャー・コレクション(AmericanType Culture Collection)にATCC受入番号CRL10724として寄託されているヒトのBリンパ芽腫細胞系」であるのに,本願優先日前に刊行された引用例1及び2には「L612を分泌する細胞系」と記載されているだけで,ATCC受入番号の記載がないことから,引用例1及び2における上記記載だけで「刊行物に記載されているに等しい事項」といえるかということを検討する必要がある

(2) これにつき,審決は,引用例1及び2に記載されたL612細胞系は,第三者から分譲を請求された場合には分譲され得る状態にあったと推定できると認定判断したのに対し,原告はA 博士の宣誓供述書の提出等により,上記の認定判断を争っている。
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b 上記記載によれば,細胞系のような生物学的研究材料について論文等で発表した著者は,希望する研究者に対し,同材料を提供することが学術研究の社会における慣習であることが認められる。また,この点についても,当事者間に特段争いがない。ただし,こうした学術研究の社会における慣習についても,論文等で発表した著者に対し,第三者による生物学的研究材料の分譲の要求に応じることを強制するものとまでは認められない。そうすると,論文等で発表した著者が上記の慣習に従うか否かは,基本的に各著者の意思に依存するものというほかはない
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 そこで,引用例1及び2の著者が,L612細胞系について,本願優先日前に,第三者から分譲の要求があったときに同要求に応じる意思があったか否かについて,検討する。
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b 以上のとおり,甲15には,引用例1の(A 博士以外の)4人の共同著者は,・・・L612細胞を第三者に頒布するためにはA博士の許可を得なければならなかったこと,A 博士は,・・・その許可を与える意図はなかったことが記載され,甲23には,本願優先日前,A 博士自身も,仮に第三者からL612細胞系の提供を要求されても提供する意図はなかったことが記載されている。また,甲16には,引用例2の(A 博士以外の)6人の共同著者は,・・・L612細胞を第三者に頒布するためにはA 博士の許可を得なければならなかったこと,A 博士は,・・・その許可を与える意図はなかったことが記載され,甲24には,本願優先日前,A 博士自身も,仮に第三者からL612細胞系の提供を要求されても提供する意図はなかったことが記載されている

 そして,本訴において,A 博士の上記各宣誓供述の信用性を疑わせるに足る事情はないため,同供述は信用できるものということができ,その結果,本願優先日前,L612細胞系は,第三者である当業者にとって入手可能ではなかったものと認められる。

特許権に基づく差止請求と国内管轄に関する民訴法5条との関係

2010-09-30 21:42:52 | Weblog
事件番号 平成22(ネ)10001
事件名 特許侵害予防等請求控訴事件
裁判年月日 平成22年09月15日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 中野哲弘

(2) ところで,日本国裁判所たる当裁判所が審理判断するに当たり,本件のような渉外的要素を含む事件に我が国の国際裁判管轄を肯定すべきかどうかは,これに関する我が国の成文の法律や国際的慣習法が認められない現時点(口頭弁論終結時たる平成22年7月7日)においては,当事者間の公平や裁判の適正・迅速の理念により,条理に従って決定するのが相当と解される(・・・)。
 そして,上記条理の内容としては,我が国の民訴法の規定する国内裁判籍のいずれかが我が国内にあるときは,原則として,我が国の裁判所に提起された訴訟事件につき,被告を我が国の裁判権に服させるのが相当であるが,我が国で裁判を行うことが当事者間の公平,裁判の適正・迅速を期するという理念に反する特段の事情があると認められる場合には,我が国の国際裁判管轄を否定すべきものと解される(最高裁昭和56年10月16日第二小法廷判決・民集35巻7号1224頁,同平成9年11月11日第三小法廷判決・民集51巻10号4055頁等参照)。

(3) 一方,本件訴えは,前記のとおり,①特許権に基づく差止請求及び②不法行為に基づく損害賠償請求であり,これらは特許権又は金銭債権という財産権上の訴えであるが,これらについて,国内管轄に関する民訴法5条(財産権上の訴え等についての管轄)との関係を検討すると,次のとおりである。

 すなわち,上記②の不法行為に基づく損害賠償請求は,その文言解釈として民訴法5条9号にいう「不法行為に関する訴え」に該当することは明らかであり,また,①の特許権に基づく差止請求は,被控訴人(一審被告)の違法な侵害行為により控訴人(一審原告)の特許権という権利利益が侵害され又はそのおそれがあることを理由とするものであって,その紛争の実態は不法行為に基づく損害賠償請求の場合と実質的に異なるものではないことから,裁判管轄という観点からみると,民訴法5条9号にいう「不法行為に関する訴え」に含まれるものと解される(最高裁平成16年4月8日第一小法廷決定・民集58巻4号825頁参照)。

 そして,本件訴えの国際裁判管轄の有無に関して斟酌される民訴法5条9号の適用において,不法行為に関する訴えについて管轄する地は「不法行為があった地」とされているが,この「不法行為があった地」とは,加害行為が行われた地(「加害行為地」)と結果が発生した地(「結果発生地」)の双方が含まれると解されるところ,本件訴えにおいて控訴人(一審原告)が侵害されたと主張する権利は日本特許第3688015号であるから,不法行為に該当するとして控訴人が主張する,被控訴人(一審被告)による「譲渡の申出行為」について,申出の発信行為又はその受領という結果の発生が客観的事実関係として日本国内においてなされたか否かにより,日本の国際裁判管轄の有無が決せられることになると解するのが相当である。

平成22年09月15日 平成22(ネ)10002平成22(ネ)10003も同趣旨。

提出期間経過後に提出された優先権証明書の却下処分

2010-09-20 09:44:43 | Weblog
事件番号 平成22(行ウ)183
事件名 特許庁による手続却下の処分に対する処分取消請求事件
裁判年月日 平成22年09月09日
裁判所名 東京地方裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 阿部正幸

2 原告の主位的主張について
 これに対し,原告は,原告が本件補正書を特許庁長官に提出したのは法43条2項に規定する優先権証明書の提出期間の経過後であるものの,パリ条約上の優先権制度の趣旨に鑑みれば,同項の規定に反したという手続的瑕疵については,特に不都合が発生しない限り広く補正を認め,私有財産たる「優先権の恩恵を受ける権利」を保護するのが相当であり,同項の規定を必要以上に厳格に解して補正を認めず,私有財産を公権力で剥奪するかのような本件処分は,憲法29条1項に違反し違法である旨を主張する。

 しかしながら,パリ条約は,優先権を主張する場合の手続について規定した上で(4条D(1),(3),(4) ),かかる手続がされなかった場合の効果については,優先権の喪失を限度として各同盟国において定めることを認めており,・・・,我が国は,同条約に基づき,法43条4項で,優先権証明書の提出期間を徒過した場合に,優先権の主張の効力を失わせることとする措置を講じたものである。
 パリ条約による優先権は,・・・特別な利益であり,先願主義の例外事由となり,新規性等の判断の基準日を遡らせるなど,その効果が第三者に与える影響は大きいものである。上記のような我が国の制度の下で,提出期間内に優先権証明書を提出しなかったことにより失効した優先権主張の手続を,その後に優先権証明書が提出されたことにより,事後的に有効な手続と取り扱うことを認めた場合,当該優先権による基準時より後の日で,当該出願より前の日までに同一発明の出願を完了した第三者は,優先順位が覆ることになる不利益を被ることになるのであり,明文の規定のないまま,解釈により,いったん失効した優先権主張の手続を復活させる取扱いをすることは,手続の安定を害し,許されないというべきである。

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3 原告の予備的主張について
 原告は,原告が法43条2項に規定された期間内に優先権証明書提出書を提出しなかったのは,錯誤によるものであるから無効であり,錯誤の規定が意図する救済の精神及び優先権制度の精神を加味すれば,本件補正書による優先権証明書提出書の補充は認められるべきであり,本件処分は,実質的に民法95条に違反し,憲法29条で保証された私有財産を実質的に剥奪するものであるから違法であると主張する。

 しかしながら,仮に,原告が法43条2項に規定された期間内に優先権証明書提出書を提出しなかった行為が原告(ないし原告の特許管理人)の何らかの思い違いに基づくものであったとしても,上記行為は,単なる事実行為であって,意思表示と認めることはできないから,同行為について民法95条の適用はない。

 仮に,民法95条の適用があり得るとしても,・・・,上記行為が錯誤に基づくものであったからといって,これにより,同条2項に規定する期間内に原告が優先権証明書を提出したことになるわけではない。

書面によらない商標の使用の許諾を認めた事例

2010-09-18 17:23:37 | Weblog
事件番号 平成21(行ケ)10392
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成22年08月31日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

2 判断
 以上のとおり,エレクター社は,平成19年6月及び平成20年5月に,インターメトロ社製の組立式棚の写真を掲載した製品カタログに,本件商標等を付して頒布し,また,そのころ,本件商標等が付されたインターメトロ社製の組立式棚を販売した。そして,上記認定した事実によれば,エレクター社は,本件商標について,原告による通常使用権の許諾を受けて使用したものと認定するのが自然である。
 すなわち,
① エレクター社は,昭和41年に設立され,インターメトロ社の製品である組立式棚を,同社から輸入し,販売する事業を継続してきたこと,
② エレクター社は,昭和40年代前半には,インターメトロ社が製造した組立式棚「エレクターシェルフ」を日本で独占的に販売する権限を取得し,昭和63年ころには,エレクター社のC 及び同夫人Dが,インターメトロ社のAと,技術援助契約を締結し,エレクター社は,インターメトロ社の製造に係る組立式棚を日本で独占的に販売する権限を取得していること,
③ エレクター社は,インターメトロ社の製造に係る組立式棚の写真を掲載した製品カタログに本件商標等を付して頒布するなどしてきたこと,
④ インターメトロ社及び原告のいずれも,エレクター社の本件商標等の使用に関して,何らの異議を述べたことはないこと
等の一連の経緯に照らすならば,エレクター社の本件商標等の使用は,原告の通常使用権の許諾の下でされたものと解するのが合理的である。

 もっとも,技術援助契約書(甲18)は,A,C 及び同夫人D を当事者として,作成されたものであること,本件商標は,同契約の対象に含まれていないこと等の事実に照らすならば,同技術援助契約を直接の根拠として,原告がエレクター社に対し本件商標の通常使用権を許諾したものではない
 しかし,
① エレクター社とインターメトロ社とは,上記技術援助契約書に沿って,円滑な取引を継続してきたものであり,インターメトロ社は,所定のロイヤリティの支払を受けていたこと,
② 平成21年8月に,上記技術援助契約のロイヤリティに関する合意が改訂されているが,エレクター社とインターメトロ社とは,上記技術援助契約が,両社に対して効力を及ぼすものであったことを当然の前提として,改訂交渉を行っていること
等の事情を総合参酌するならば,インターメトロ社(知的財産権の管理のために運営されていた同社の完全子会社である原告を含む。)が,エレクター社に対して,本件商標に係る通常使用権の許諾を与えたと認定するのが合理的である。
 すなわち,エレクター社とインターメトロ社(子会社である原告を含む。)とは,本件商標の使用許諾に関して書面を作成してないが,少なくとも書面によることなく,本件商標の使用を許諾していると認めることができる。この点に関する被告の主張は,採用の限りでない。
その他,被告は,縷々主張するが,いずれも採用の限りでない。

3 結論
 以上のとおり,エレクター社は,本件商標の通常使用権者と認めることができ,同社は,取消審判請求の登録前3年以内である平成19年6月及び平成20年5月に,インターメトロ社製の組立式棚の写真を掲載した製品カタログに,本件商標等を付して頒布し,また,そのころ,本件商標等が付されたインターメトロ社製の組立式棚を販売したことを認めることができるから,商標法50条1項の規定に基づいてその登録を取り消すべきものであるとする審決の判断は誤りである。よって,主文のとおり判決する。

平成21(行ケ)10393 平成22年08月31日 知的財産高等裁判所 飯村敏明裁判長も同趣旨

開放的ライセンスポリシーを採用し、複数の代替技術が存在しても超過利益はあるとした事例

2010-09-12 21:12:57 | Weblog
事件番号 平成20(ネ)10082
事件名 職務発明対価請求控訴事件
裁判年月日 平成22年08月19日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 塚原朋一

2 独占の利益の有無について
(1) ア 勤務規則等により,職務発明について特許を受ける権利等を使用者等に承継させた従業者等は,当該勤務規則等に,使用者等が従業者等に対して支払うべき対価に関する条項がある場合においても,これによる対価の額が改正前特許法35条4項の規定に従って定められる対価の額に満たないときは,同条3項の規定に基づき,その不足する額に相当する対価の支払いを求めることができると解するのが相当である(最高裁平成15年4月22日第3小法廷判決・民集57巻4号477頁参照)。

 そして,使用者等が,職務発明について特許を受ける権利等を承継しなくとも,当該特許権について無償の通常実施権を取得する(同条1項)ことからすると,同条4項に規定する「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」とは,使用者等が当該発明を実施することによって得られる利益の全体をいうのではなく,その全体の額から,通常実施権の実施によって得られる利益の額を控除した残額(本判決も便宜上これを「独占の利益」,「超過利益」などということとする。)と解すべきである。
 また,改正前特許法35条4項の「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」は,特許を受ける権利が将来特許を受けることができるか否かも不確実な権利であり,その発明により使用者等が将来得ることができる独占的実施による利益の額をその承継時に算定することが極めて困難であることからすると,当該発明の独占的 実施による利益を得た後の時点において,これらの独占的実施による利益をみてその法的独占権に由来する利益の額を認定することも,同条項の文言解釈として当然に想定されているものと解される。

イ 本件では,被控訴人は,少なくとも競業他社の一部に対し,本件各特許の実施を許諾しているものと認められるところ,控訴人は,被控訴人が本件各特許を自ら実施しているとして,それによって得た利益を相当対価算定の根拠として主張している。このような場合,使用者等が,当該特許権を有していることに基づき,実施許諾を受けている者以外の競業他社が実施品を製造,販売等することを禁止することによって得ることができたと認められる収益分をもって,「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」というべきである。

ウ 使用者が被用者から譲り受けた特許発明の実施につき,実施許諾を得ていない競業他社に対する禁止権に基づく独占の利益が生じているといえるためには,当該特許権の保有と競業他社の排除との間に因果関係が認められる必要があるところ,その存否については,
① 特許権者が当該特許につき有償実施許諾を求める者には,すべて合理的な実施料率でこれを許諾する方針(開放的ライセンスポリシー)を採用しているか,又は特定の企業にのみ実施許諾をする方針(限定的ライセンスポリシー)を採用しているか,
② 当該特許の実施許諾を得ていない競業他社が一定割合で存在する場合でも,当該競業他社が当該特許発明に代替する技術を使用して同種の製品を製造販売しているか,代替技術と当該特許発明との間に作用効果等の面で技術的に顕著な差異がないか,また,
③ 包括ライセンス契約又は包括クロスライセンス契約等を締結している相手方が,当該特許発明を実施しているか又はこれを実施せず代替技術を実施しているか,さらに, 
④ 特許権者自身が当該特許発明を実施しているのみならず,同時に又は別の時期に,他の代替技術も実施しているか等
の一切の事情を考慮して判断すべきである。

 ところで,当該特許発明の価値が非常に低く,これを使用する者が全く想定し得ない場合や,代替技術が非常に多数あるため,市場全体からみて当該特許の存在が無視できるような特段の事情がある場合を除き,単に開放的ライセンスポリシーが採られており,当該特許発明と同等の代替技術が存在するというだけでは,程度の差はともかく,依然として当該特許発明を譲り受けた使用者に「超過利益」はあるというべきである。

 また,ある市場において,当該特許発明のほか,代替技術となり得る複数の技術が存在する場合,技術の優劣等の格別の事情が認められなければ,原則として同市場に占める当該特許発明の割合に応じた「超過利益」が認められるというべきである。ちなみに,当該要証事実の性質等によっては,当該特許発明と代替技術との優劣を的確に判断することは,技術内容や市場原理等に対する理解の難しさもあって,困難を極める認定問題であり,安易に立証責任の所在を定めて,悉無律によって決することは,不公正な結果を招来しやすくし,妥当ではない

 なお,企業は,経済的に自己の利益を最大化することを目指して行動するものであって,各企業が,当該特許発明を自社実施するか,一部又は全部を他社に実施許諾するかは,利益最大化のための手段として,最良の選択か否かの問題にすぎない。

 そうであれば,自社実施の場合であっても,それによる利益の一定部分は「超過利益」に該当するものと解すべきである。

<原審>
事件番号 平成19(ワ)10469
事件名 職務発明対価請求事件
裁判年月日 平成20年09月29日
裁判所名 東京地方裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 清水節

 以上検討したところによれば,被告は,本件各特許につき,開放的ライセンスポリシーを採用していたこと,本件各発明の代替技術が存在し,両者の間に作用効果等の面で顕著な差異が存在すると認めることができないこと,クロスライセンス契約の相手方が,本件各発明を実施しているとは認められないこと,被告自身も本件各発明の代替技術を実施していたこと等を総合考慮すると,被告の競業他者が本件各発明を実施していないことが本件各特許の禁止権に基づくものであるという因果関係を認めることはできない。