知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

開放的ライセンスポリシーを採用し、複数の代替技術が存在しても超過利益はあるとした事例

2010-09-12 21:12:57 | Weblog
事件番号 平成20(ネ)10082
事件名 職務発明対価請求控訴事件
裁判年月日 平成22年08月19日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 塚原朋一

2 独占の利益の有無について
(1) ア 勤務規則等により,職務発明について特許を受ける権利等を使用者等に承継させた従業者等は,当該勤務規則等に,使用者等が従業者等に対して支払うべき対価に関する条項がある場合においても,これによる対価の額が改正前特許法35条4項の規定に従って定められる対価の額に満たないときは,同条3項の規定に基づき,その不足する額に相当する対価の支払いを求めることができると解するのが相当である(最高裁平成15年4月22日第3小法廷判決・民集57巻4号477頁参照)。

 そして,使用者等が,職務発明について特許を受ける権利等を承継しなくとも,当該特許権について無償の通常実施権を取得する(同条1項)ことからすると,同条4項に規定する「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」とは,使用者等が当該発明を実施することによって得られる利益の全体をいうのではなく,その全体の額から,通常実施権の実施によって得られる利益の額を控除した残額(本判決も便宜上これを「独占の利益」,「超過利益」などということとする。)と解すべきである。
 また,改正前特許法35条4項の「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」は,特許を受ける権利が将来特許を受けることができるか否かも不確実な権利であり,その発明により使用者等が将来得ることができる独占的実施による利益の額をその承継時に算定することが極めて困難であることからすると,当該発明の独占的 実施による利益を得た後の時点において,これらの独占的実施による利益をみてその法的独占権に由来する利益の額を認定することも,同条項の文言解釈として当然に想定されているものと解される。

イ 本件では,被控訴人は,少なくとも競業他社の一部に対し,本件各特許の実施を許諾しているものと認められるところ,控訴人は,被控訴人が本件各特許を自ら実施しているとして,それによって得た利益を相当対価算定の根拠として主張している。このような場合,使用者等が,当該特許権を有していることに基づき,実施許諾を受けている者以外の競業他社が実施品を製造,販売等することを禁止することによって得ることができたと認められる収益分をもって,「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」というべきである。

ウ 使用者が被用者から譲り受けた特許発明の実施につき,実施許諾を得ていない競業他社に対する禁止権に基づく独占の利益が生じているといえるためには,当該特許権の保有と競業他社の排除との間に因果関係が認められる必要があるところ,その存否については,
① 特許権者が当該特許につき有償実施許諾を求める者には,すべて合理的な実施料率でこれを許諾する方針(開放的ライセンスポリシー)を採用しているか,又は特定の企業にのみ実施許諾をする方針(限定的ライセンスポリシー)を採用しているか,
② 当該特許の実施許諾を得ていない競業他社が一定割合で存在する場合でも,当該競業他社が当該特許発明に代替する技術を使用して同種の製品を製造販売しているか,代替技術と当該特許発明との間に作用効果等の面で技術的に顕著な差異がないか,また,
③ 包括ライセンス契約又は包括クロスライセンス契約等を締結している相手方が,当該特許発明を実施しているか又はこれを実施せず代替技術を実施しているか,さらに, 
④ 特許権者自身が当該特許発明を実施しているのみならず,同時に又は別の時期に,他の代替技術も実施しているか等
の一切の事情を考慮して判断すべきである。

 ところで,当該特許発明の価値が非常に低く,これを使用する者が全く想定し得ない場合や,代替技術が非常に多数あるため,市場全体からみて当該特許の存在が無視できるような特段の事情がある場合を除き,単に開放的ライセンスポリシーが採られており,当該特許発明と同等の代替技術が存在するというだけでは,程度の差はともかく,依然として当該特許発明を譲り受けた使用者に「超過利益」はあるというべきである。

 また,ある市場において,当該特許発明のほか,代替技術となり得る複数の技術が存在する場合,技術の優劣等の格別の事情が認められなければ,原則として同市場に占める当該特許発明の割合に応じた「超過利益」が認められるというべきである。ちなみに,当該要証事実の性質等によっては,当該特許発明と代替技術との優劣を的確に判断することは,技術内容や市場原理等に対する理解の難しさもあって,困難を極める認定問題であり,安易に立証責任の所在を定めて,悉無律によって決することは,不公正な結果を招来しやすくし,妥当ではない

 なお,企業は,経済的に自己の利益を最大化することを目指して行動するものであって,各企業が,当該特許発明を自社実施するか,一部又は全部を他社に実施許諾するかは,利益最大化のための手段として,最良の選択か否かの問題にすぎない。

 そうであれば,自社実施の場合であっても,それによる利益の一定部分は「超過利益」に該当するものと解すべきである。

<原審>
事件番号 平成19(ワ)10469
事件名 職務発明対価請求事件
裁判年月日 平成20年09月29日
裁判所名 東京地方裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 清水節

 以上検討したところによれば,被告は,本件各特許につき,開放的ライセンスポリシーを採用していたこと,本件各発明の代替技術が存在し,両者の間に作用効果等の面で顕著な差異が存在すると認めることができないこと,クロスライセンス契約の相手方が,本件各発明を実施しているとは認められないこと,被告自身も本件各発明の代替技術を実施していたこと等を総合考慮すると,被告の競業他者が本件各発明を実施していないことが本件各特許の禁止権に基づくものであるという因果関係を認めることはできない。

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