goo blog サービス終了のお知らせ 

知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

発明相互に相違点がある場合の特許法39条2項所定の「同一の発明」

2011-10-16 19:47:04 | Weblog
平成23年9月28日 平成22年(行ケ)第10379号
審決取消請求事件
裁判長 飯村敏明

 特許法39条2項所定の「同一の発明」について,複数の発明相互の構成において相違部分がある場合に,その相違点に係る構成が,解決課題に対して,技術的な観点から何ら寄与しないと評価される場合には,複数の発明は,同一の発明と解すべきであるが,相違点に係る構成が,そのように評価されない場合には,特許法39条2項所定の同一の発明とはいえない。
そこで,上記観点から検討する。
・・・
 甲44の記載があったとしても,ビッグボーナス役が内部当選していることを音で報知するとの技術が,スロットマシンの技術分野において,解決課題に対して,技術的な観点から何らの寄与をしないと評価される構成であると認めることができない。甲9及び甲21の記載があったとしても,同様に,ビッグボーナス役が内部当選していることを音で報知するとの構成が,スロットマシンの技術分野において,解決課題に対して,技術的な観点から何らの寄与をしないと評価される構成であると認めることができない
 本件特許発明と特許第4060340号発明とは,特許法39条2項所定の同一の発明であるとはいえず,審決に同項に違反しない。


同日付判決 平成22年(行ケ)第10380号も同趣旨

PCT出願の却下処分取消訴訟の争点につき、内閣の権限に属するとして内閣の見解に基づき判示した事例

2011-10-09 17:38:51 | Weblog
事件番号 平成21(行ウ)417
事件名 手続却下処分取消請求事件
裁判年月日 平成23年09月15日
裁判所名 東京地方裁判所
裁判長裁判官 阿部正幸

第2 事案の概要
 本件は,朝鮮民主主義人民共和国(以下「北朝鮮」という。)に居住する北朝鮮国籍を有する者が,1970年6月19日にワシントンで作成された特許協力条約(以下「PCT」という。)に基づいて行った国際特許出願について,上記出願人から上記発明に係る日本における一切の権利を譲り受けた原告が,日本の特許庁長官に対して国内書面等を提出したところ,特許庁長官から,上記国際出願は日本がPCTの締約国と認めていない北朝鮮の国籍及び住所を有する者によりされたものであることを理由に,上記国内書面等に係る手続(以下「本件手続」という。)の却下処分を受けたことから,被告に対し,同処分の取消しを求める事案である。
・・・

第3 当裁判所の判断
1 争点1(本件国際出願は,特許法184条の3第1項所定の「国際出願」として,同項により,日本において「その国際出願日」にされた特許出願とみなすことができるか)について

(1) 我が国が北朝鮮を国家として承認しているかについて
 ア 国家の承認とは,新たに成立した国家に国際法上の主体性を認める一方的行為を意味するものであるところ(乙9),証拠(乙6の1,2)及び弁論の全趣旨によれば,我が国の政府は,我が国がこれまで北朝鮮を国家承認しておらず,したがって,我が国と北朝鮮との間には国際法上の主体である国家の間の関係は存在しない,との見解をとっていることが認められる。また,本件全証拠によっても,我が国がこれまでに北朝鮮を明示又は黙示に国家承認したことを認めるに足りる証拠はない。
 したがって,我が国は北朝鮮を国家として承認していないものと認められる。

 イ これに対し,原告は,1991年9月17日に開催された第46回国連総会は,北朝鮮の国連加盟を承認する決議を全会一致で採択しており,同決議には日本も参加して賛成票を投じているのであるから,これによって,日本が黙示に北朝鮮に国家承認を与えたものとみなされる,と主張する。
 しかしながら,証拠(乙7の1,2)によれば,北朝鮮の国連加盟は無投票で承認されたものであり,我が国は積極的に賛成票を投じたものではないことが認められるから,原告の主張はその前提を欠くものである。また,証拠(乙10)及び弁論の全趣旨によれば,国連の加盟を容認することと当該国を国家として承認することとは別個のものであり,当該国の国連加盟を容認することをもって当該国を国家として承認したことにはならないものと一般に解されていることが認められる・・・。

 ・・・原告は,日本国政府が昭和37年にモンゴルの国連加盟承認決議に日本が賛成したことがモンゴルの国家承認に当たる旨の国会答弁を出していることから,北朝鮮についても国連加盟承認決議に賛成したことが国家承認に当たると解すべきである旨主張する。しかしながら,ある行為が国家承認に当たるかどうかは承認国側の現実の意思によるものであるから,我が国がモンゴルを国家として承認する意思の下に,同国の国連加盟承認決議に賛成したことをもって国家承認に当たるとの判断を表明したとしても,そのことによって他の国についても,国連加盟承認決議に賛成したことによって直ちにその国を国家承認したことになるとの見解を表明したものということはできない

(2) 未承認国である北朝鮮と我が国との間で,多数国間条約であるPCT上の権利義務関係が生じるかについて
 ア PCTは,我が国,北朝鮮その他の多数の国家が加盟する多数国間条約であり,各国が所定の手続を踏むことにより当該条約に加入することが可能な開放条約である(PCT62条,パリ条約21条)。
 本件では,我が国と北朝鮮との間でPCT上の権利義務関係が生じるか否かが問題となっているところ,ある国から国家承認を受けていない国(未承認国)と上記承認を与えていない国との間において,その両国がいずれも当事国である多数国間条約上の権利義務関係が生じるかという問題については,これを定める条約及び確立した国際法規が存在するとは認められない
 一方,証拠(乙6の1,2)及び弁論の全趣旨によれば,我が国の政府は,国家承認の意義について,ある主体を国際法上の国家として認めることをいうものと理解し,国際法上の主体とは,一般に国際法上の権利又は義務の直接の帰属者をいい,その典型は国家であると理解していること,また,我が国の政府は北朝鮮を国家承認していないから,我が国と北朝鮮との間には国際法上の主体である国家間の関係は存在せず,したがって,未承認国(北朝鮮)が国家間の権利義務を定める多数国間条約に加入したとしても,同国を国家として承認していない国家(我が国)との関係では,原則として当該多数国間条約に基づく権利義務は発生しないとの見解をとっていること,が認められる。
 そして,当裁判所は,日本国憲法上,外交関係の処理及び条約を締結することが内閣の権限に属するものとされ(憲法73条2号,3号),我が国及び未承認国を当事国とする多数国間条約上の権利義務関係を我が国と未承認国との間で生じさせるかということも,外交関係の処理に含まれるものといえることに鑑み,上記の政府見解を尊重し,未承認国である北朝鮮と我が国との間に両国を当事国とする多数国間条約に基づく権利義務関係は原則として生じないと解するべきであり,PCTについても,原則どおり我が国と北朝鮮との間に同条約に基づく権利義務関係は生じないものと考える(知的財産高等裁判所平成20年12月24日判決参照(これこれ))。

関連事件:

平成19年12月14日 平成18(ワ)6062 未承認国の著作物の我が国の著作権法による保護の可否
平成19年12月14日 平成18(ワ)6062 外国の団体の我が国の民事訴訟における当事者能力

意匠法39条1項ただし書の,原告が「販売することができないとする事情」に該当する場合

2011-10-02 22:30:27 | Weblog
事件番号 平成22(ワ)9966
事件名 意匠権侵害差止等請求事件
裁判年月日 平成23年09月15日
裁判所名 大阪地方裁判所  
裁判長裁判官 森崎英二

ウ 販売することができないとする事情(意匠法39条1項ただし書)
 被告らは,被告大創による被告商品の譲渡数量は,① 被告商品の価格,② 販売ルートの違い,③ 競合品の存在,④ 本件意匠の寄与度など,被告商品固有の事情により販売された部分があるとし,これが意匠法39条1項ただし書の,原告が「販売することができないとする事情」に該当する旨主張するので,以下,そのような事情の存否について個別に検討する。

(ア) 被告商品の価格について
 被告商品の税抜き小売価格は100円であり,原告実施品の税抜き小売価格500円と比較すると,比率では5分の1であり,価格差では約400円安い関係にある。・・・,被告商品は,単に原告実施品に比して安価である以上に,100円という,購入に当たって特段逡巡することなく気軽に購入できる絶対的な低価格であることが,商品を特徴づけ需要者の購買意欲をそそる要素になっているといえる。
 そうすると,原告実施品が,被告商品の5倍の価格設定であって当該同種商品としては通常の価格帯にあると考えられることからすると,原告が原告実施品を被告商品と同様に販売できたものとは考え難く,したがって,被告商品がそのような著しく低廉な価格に設定されているという事実は,意匠法39条1項ただし書の事情に該当する事情の一つになり得るというべきである。

(イ) 販売ルートについて
被告商品は,いわゆる100円ショップの最大手であって,全国に数多くの店舗を構えるダイソーで販売されており,実際に被告商品を取り扱った店舗は,2000店以上存在する(丙10)。そして,ダイソーは,多種多様な商品を原則としてすべて100円で販売することを特徴とする営業形態を採用しており,そのため,消費者において,特定の商品を買い求めるのではなく,100円であれば購入するという前提で,商品ジャンルを問わず掘り出し物を探す場合もあると考えられる。そうであれば,そのような消費者が,たまたま被告商品を購入したからといって,その消費者が,原告実施品を購入したはずであるとみるのは難しいといわなければならない。
 もちろん,原告実施品が販売されているという知識がある需要者が,より安価で原告実施品に相当する商品を求めてダイソーを訪れる場合も存在すると考えられるが,そうであれば,そのような需要者は,もともと原告実施品を購入する可能性が低いものとみなされるのではないかと考えられる。
したがって,被告商品が100円という均一で低廉な価格で多種多様な商品を販売しているダイソーで販売されているという事実自体も,意匠法39条1項ただし書の事情に該当する事実の一つになるというべきである。

(ウ) 競合品について
 資生堂の商品(乙4)は,・・・,本件意匠の要部と構成を共通にしている。
 したがって,資生堂の商品と原告実施品とは,本体の正面・背面のデザインや,価格(資生堂商品は税抜き952円[乙4]ないし1000円[乙7の1~3]で販売されている。)において異なっていても,市場では競合する範囲内のものであると考えられ,被告商品と異なる競合品の存在は,意匠法39条1項ただし書の事情に該当する事実の一つになるというべきである。

(エ) 本件意匠の寄与度について
 原告は,原告実施品は,隆起部の窪みあたりを指で挟んで使用することで,しっかりと爪やすりを保持することが可能となり,軽くこするだけで爪を綺麗に削ることができるデザインとなっていると主張する。
 ところが,被告商品は,・・・,結局,被告商品にとって隆起部はデザイン以上の意味はない
・・・。加えて,パッケージの謳い文句を見ても,軽くこするだけで良く削れることや,なめらかに仕上がるという爪ヤスリの本来の機能よりも,可愛くて携帯に便利であることの方が,よりアピールされているとも考えられる(甲4)。
 さらに,上記のとおり,被告商品については,かわいくて携帯に便利であることがアピールされているところ,被告商品のかわいらしさには,被告商品の大きさが影響を与えているといえるし,携帯に便利であることについては,被告商品の大きさに加え,鎖の存在が影響を与えているといえる。
 ・・・
 したがって,被告商品の販売に対し,被告意匠のうち,本件意匠に類似していない特徴が寄与しているという点は,これもまた,意匠法39条1項ただし書の事情に該当する事実の一つとなるというべきである。

(オ) 結論
 これら意匠法39条1項ただし書の事情に該当する諸事実の存在を考慮すれば,被告大創による被告商品の譲渡数量のうち,原告が販売することができなかったと認められる原告実施品の数量を控除した数量は,被告商品の譲渡数量の3分の1と認めるのが相当である。

就業規則が法的規範の性質を有し従業員に対する拘束力を生じる要件

2011-09-25 21:46:10 | Weblog
事件番号 平成22(ワ)29497
事件名 損害賠償等請求事件
裁判年月日 平成23年09月14日
裁判所名 東京地方裁判所  
裁判長裁判官 大須賀滋

2 争点(2)(被告B及び被告Cに,就業規則所定の秘密保持義務違反及び競業避止義務違反が認められるか)について
(1) 使用者は,就業規則を,常時各作業場の見やすい場所へ掲示し,又は備え付けること,書面を交付することその他の厚生労働省令で定める方法によって,労働者に周知させなければならないとされており(労働基準法106条1項),就業規則が労働者に拘束力を生ずるためには,その内容を,適用を受ける事業場の労働者に周知させる手続が採られていることを要する平成15年10月10日最高裁第二小法廷判決最高裁判所集民事211号1頁)ところ,原告は,平成20年6月21日に開催された社員講習会で,社員教育の一環として,就業規則について説明した旨主張し,原告代表者は同旨の供述をするが,・・・,上記講習会で,原告の就業規則について説明がされた旨の原告の主張は直ちに信用し難い。このほか,原告代表者の供述からは,上記講習会のほかに,就業規則を原告従業員に周知させるための手続をとっていることはうかがわれないし,被告B及び被告Cも,就業規則について見聞きしたことはない旨主張しているのであるから,原告の就業規則(甲1)について,その内容を,適用を受ける事業場の労働者に周知させる手続が採られたものと認めることはできず,上記就業規則につき,法的規範の性質を有するものとして従業員に対する拘束力を生じていると認めることはできない




均等の第5要件の判断事例-外形的除外を認定した事例

2011-09-19 22:05:44 | Weblog
事件番号 平成21(ワ)35411
事件名 特許権侵害差止等請求事件
裁判年月日 平成23年08月30日
裁判所名 東京地方裁判所
裁判長裁判官 阿部正幸

[被告の主張]
 ・・・被告サービスでは,上記「使用中」とされた局番のうち,一部の電話通信事業者に割り当てられた局番については,ユーザーからの調査ニーズが想定されないことを理由に,調査対象としていない。
・・・


第3 当裁判所の判断
・・・
2 争点2(被告サービスは,本件発明の特許請求の範囲に記載された構成と均等であるか)について
 被告サービスが本件発明の特許請求の範囲に記載された構成と均等であるか否かについて検討するに,平成10年最判は,特許請求の範囲に記載された構成中に対象製品等と異なる部分がある場合に,なお均等なものとして特許発明の技術的範囲に属すると認められるための要件の一つとして,「対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もない」こと(第5要件)を掲げており,この要件が必要な理由として,「特許出願手続において出願人が特許請求の範囲から意識的に除外したなど,特許権者の側においていったん特許発明の技術的範囲に属しないことを承認するか,又は外形的にそのように解される行動をとったものについて,特許権者が後にこれと反する主張をすることは,禁反言の法理に照らし許されないからである」と判示する。
 そうすると,第三者から見て,外形的に特許請求の範囲から除外したと解されるような行動を特許権者がとった場合には,上記特段の事情があるものと解するのが相当である。

(3) これを本件についてみると,・・・,いかなる電話番号を調査対象とするのかについて特段制限は付されていなかったものを,本件訂正により,「使用されているすべての市外局番および市内局番と加入者番号となる可能性のある4桁の数字のすべての組み合わせからなる」電話番号を調査対象とするものに限定することを明記し,これにより,乙5資料等に記載された先行技術と本件発明との相違を明らかにして,乙5資料等を先行技術とする無効事由を回避しようとしたものであることが認められる。

 そうすると,原告は,本件特許発明について,本件訂正に係る訂正審判の手続において,・・・,調査対象電話番号が「使用されているすべての市外局番および市内局番と加入者番号となる可能性のある4桁の数字のすべての組み合わせからなる」ものでない方法が,その技術的範囲に含まれないことを明らかにしたものと認めるのが相当である。

 原告は,原告が本件訂正において除外したのは,電話帳データや特定の顧客リストなど,限られた電話番号群を調査対象として調査結果を記録する方法に限られるものであり,すべての電話番号という母数から出発してニーズのない局番を除外するという被告サービスのような技術まで意識的に除外したものではないと主張する。

 しかしながら,仮に,原告が,主観的には本件訂正により被告サービスの技術を除外する意図を有していなかったとしても,本件訂正は,少なくとも,第三者からみて,外形的には,・・・,一部の局番の電話番号を調査対象から除外しているものについては,本件特許発明の技術的範囲に属しないことを承認したものと解されるべきものであるというべきである。

取消判決の確定後に、特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正審決が確定した場合の取消判決の拘束力

2011-09-11 22:54:59 | Weblog
事件番号 平成22(行ケ)10404
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成23年09月08日
裁判所名 知的財産高等裁判所  
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 滝澤孝臣

(1) 取消判決の拘束力について
 特許無効審判事件についての審決の取消訴訟において審決取消しの判決が確定したときは,審判官は特許法181条5項の規定に従い当該審判事件について更に審理を行い,審決をすることとなるが,審決取消訴訟は行政事件訴訟法の適用を受けるから,再度の審理ないし審決には,同法33条1項の規定により,上記取消判決の拘束力が及ぶ。そして,この拘束力は,判決主文が導き出されるのに必要な事実認定及び法律判断にわたるものであるから,審判官は取消判決の上記認定判断に抵触する認定判断をすることは許されない。したがって,再度の審判手続において,審判官は,取消判決の拘束力の及ぶ判決理由中の認定判断につきこれを誤りであるとして従前と同様の主張を繰り返すこと,あるいは上記主張を裏付けるための新たな立証をすることを許すべきではなく,審判官が取消判決の拘束力に従ってした審決は,その限りにおいて適法であり,再度の審決取消訴訟においてこれを違法とすることができないのは当然である。このように,再度の審決取消訴訟においては,審判官が当該取消判決の主文のよって来る理由を含めて拘束力を受けるものである以上,その拘束力に従ってされた再度の審決に対し関係当事者がこれを違法として非難することは,確定した取消判決の判断自体を違法として非難することにほかならず,再度の審決の違法(取消)事由たり得ないのである(最高裁昭和63年(行ツ)第10号平成4年4月28日第三小法廷判決・民集46巻4号245頁参照)。
 したがって,特定の引用例に基づいて当該特許発明を容易に発明することができたとはいえないとした審決を,容易に発明することができたとして取り消す判決が確定した場合には,再度の審判手続において,当該引用例に基づいて容易に発明することができたとはいえないとする当事者の主張や審決が封じられる結果,無効審決がされることになる。

 もっとも,取消判決の確定後,特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正審決が確定した場合には,減縮後の特許請求の範囲に新たな要件が付加され発明の要旨が変更されるのであるから(最高裁平成7年(行ツ)第204号平成11年3月9日第三小法廷判決・民集53巻3号303頁参照),当該訂正によっても影響を受けない範囲における認定判断については格別という余地があるとしても,訂正前の特許請求の範囲に基づく発明の要旨を前提にした取消判決の拘束力は遮断され,再度の審決に当然に及ぶということはできない

・・・

イ 本件訂正
 本件特許を無効にすべき旨の第2次審決の取消しを求めた訴訟の係属中に,特許請求の範囲の減縮を目的とする本件訂正審決が確定し,第2次審決を取り消す旨の第2次判決が言い渡された。
 本件訂正審決により,第1次判決が対象とした第1次訂正前の発明は,前記第2の2記載のとおり訂正されたところ,その訂正部分は,別紙2の下線部のとおりである。これにより,発明の要旨が変更され,本件発明と引用発明との相違点は,前記第2の3の相違点1及び相違点2のとおりとなったのである。したがって,当該訂正によっても影響を受けない範囲における認定判断については格別という余地があるとしても,第1次訂正前の特許請求の範囲に基づく発明の要旨を前提にした第1次判決の拘束力は遮断され,再度の審決に当然に及ぶということはできない

特許請求の範囲の用語の解釈事例(切餅事件)

2011-09-11 19:04:13 | Weblog
事件番号 平成23(ネ)10002
事件名 特許権侵害差止等請求控訴事件
裁判年月日 平成23年09月07日
裁判所名 知的財産高等裁判所  
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

(1) 構成要件Bの充足性について
ア 「載置底面又は平坦上面ではなく」の意義について
 当裁判所は,構成要件Bにおける「載置底面又は平坦上面ではなく」との記載は,「側周表面」であることを明確にするための記載であり,載置底面又は平坦上面に切り込み部又は溝部(以下「切り込み部等」ということがある。)を設けることを除外するための記載ではないと判断する。
・・・

(ア) 特許請求の範囲の記載
本件発明の特許請求の範囲(請求項1)には,「載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に,この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に長さを有する一若しくは複数の切り込み部又は溝部を設け,」(構成要件B)と記載されている。
 上記特許請求の範囲の記載によれば,「載置底面又は平坦上面ではなく」との記載部分の直後に,「この小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に」との記載部分が,読点が付されることなく続いているのであって,そのような構文に照らすならば,「載置底面又は平坦上面ではなく」との記載部分は,その直後の「この小片餅体の上側表面部の立直側面である」との記載部分とともに,「側周表面」を修飾しているものと理解するのが自然である。

(イ) 発明の詳細な説明の記載
・・・

b 上記発明の詳細な説明欄の記載によれば,本件発明の作用効果として,・・・,が挙げられている。そして,本件発明は,切餅の立直側面である側周表面に切り込み部等を形成し,焼き上がり時に,上側が持ち上がることにより,上記①ないし④の作用効果が生ずるものと理解することができる。
 これに対して,発明の詳細な説明欄において,側周表面に切り込み部等を設け,更に,載置底面又は平坦上面に切り込み部等を形成すると,上記作用効果が生じないなどとの説明がされた部分はない。本件明細書の記載及び図面を考慮しても,構成要件Bにおける「載置底面又は平坦上面ではなく」との記載は,通常は,最も広い面を載置底面として焼き上げるのが一般的であるが,そのような態様で載置しない場合もあり得ることから,載置状態との関係を示すため,「側周表面」を,より明確にする趣旨で付加された記載と理解することができ,載置底面又は平坦上面に切り込み部等を設けることを排除する趣旨を読み取ることはできない

c これに対し,被告は,本件発明は,切餅について,切り込みの設定によって,焼き途中での膨化による噴き出しを制御できるという効果(効果①)と,焼いた後の焼き餅の美感も損なわず実用化できるという効果(効果②)を共に奏するものであるが(本件明細書段落【0032】),切餅の平坦上面又は載置底面に切り込みが存在する場合には,焼き上がった後その切り込み部位が人肌での傷跡のような焼き上がりとなるため,忌避すべき状態になることから(本件明細書段落【0007】),本件発明における効果②を奏することはないと主張する
しかし,被告の主張は,採用の限りでない。

 すなわち,本件発明は,上記のとおり,切餅の側周表面の周方向の切り込みによって,膨化による噴き出しを抑制する効果があるということを利用した発明であり,焼いた後の焼き餅の美感も損なわず実用化できるという効果は,これに伴う当然の結果であるといえる。載置底面又は平坦上面に切り込み部を設けたために,美観を損なう場合が生じ得るからといって,そのことから直ちに,構成要件Bにおいて,載置底面又は平坦上面に切り込み部を設けることが,排除されると解することは相当でない

 また,当初明細書(甲6の2)の段落【0021】には,作用効果に寄与する切り込みの形成方法が記載され,同明細書の段落【0043】,【0045】には,周方向の切り込み等は,側周表面に設けるよりは作用効果が十分ではないが,平坦頂面における場合でも同様の作用効果が生じる旨記載され,図6(別紙図5)が示されていたことに照らすと,周方向の切り込み等による上側の持ち上がりが生ずる限りは,本件発明の作用効果が生ずるものと理解することができ,載置底面又は平坦上面に切り込み部を設けないとの限定がされているとはいえない。さらに,本件明細書段落【0007】の記載は,米菓で採られた噴き出し抑制手段の適用における問題点を記載したものであり,本件発明において,周方向の切り込み等による,上側の持ち上がりによる噴き出し抑制手段を採用するに当たり,載置底面又は平坦上面に切り込み等を設けるか否かについて,本件明細書に何らかの言及がされていると解する余地はない。したがって,被告の上記主張は,採用することができない。


<所感>
 技術的には本判決の言うとおり側周面に切り込みがあれば平坦上面に切り込みがあっても本願所定の効果を奏する。しかし明細書([0007])では平坦上面に切り込みがあると焼き上がりが忌避すべき状態となるという課題を挙げており、この点と請求項の用語の自然な解釈を重視すれば地裁の解釈の方が良いように思う。技術面を重視すると高裁の判断も良いが、当業者の予測可能性を害するように感じる。当業者はこれほどまでには読み込めない。

 ところで引用された明細書記載からすると「平坦上面」は、切餅(「方形」の特定がなければ丸餅も含む。)の平坦な上面を指すようにとれる。丸餅の場合、方形の切餅の立直側面である側周に該当する部分は丸餅の裾野の広いスロープ部分(このスロープが引用最終段落の平坦頂面に当たるのではないか。なお、スロープ部分であっても切り込み位置があまり上だと意味がないことは明らかである。)となり、丸餅の頭頂部に平坦面があればそれが平坦上面である。これは、当初明細書の[0043],[0045],図6にも沿った解釈である。(この解釈は高裁とは異なる。)また、[0007]には「忌避すべき・・切餅や丸餅への実用化はためらわれる」と強い表現で記載されている。これらを踏まえると最後の引用段落の理由は説得力が弱い。

 地裁判決はここ
 関連判決はここ

すでに確定した訂正を再度認めてしまった事例

2011-09-11 10:52:12 | Weblog
事件番号 平成22(行ケ)10361
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成23年09月06日
裁判所名 知的財産高等裁判所  
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 塩月秀平

第2 事案の概要
・・・
 本件特許の請求項1~3については,前件無効審判請求において訂正請求がされ,請求項1については前件第2次審決において,請求項2及び3については前件第1次審決において,それぞれ訂正が認められ,訂正が認められた請求項に係る審決はそれぞれ確定している。したがって,これらの訂正による本件特許の請求項1~3に係る発明(本件発明1~3)は,次のとおりとなる(本件特許の請求項4については,本件訴訟の対象ではない。)。

 ところで,特許庁は,本件審決において,訂正を認める前件第1次審決が確定していた本件特許の請求項2及び3について,さらに平成21年10月13日付け訂正を認める旨の判断をしているが,平成21年10月13日付けの訂正は,前件無効審判請求における訂正と同内容であるから,既に訂正を認められている以上,再度の訂正を認める必要はなかった。
 また,本件特許の請求項1についても,同内容の訂正を認めた前件第2次審決が本件審決後に確定したことにより,結果的に,重ねて訂正を認めたことになる


<手続きの経緯のまとめ>
順序
1  H.18.02.10 特許第3767993号登録(cl.1-4)
2  H.20.05.20 第1次無効審判請求(cl.1-4)
3  H.21.04.28 第1次無効審判請求に対する第1次審決
         cl.1-3の訂正を認め、cl.1無効、cl.2-4維持。原告・被告は敗訴部分を出訴。
5  H.21.09.04 被告はcl.1に訂正請求(*)
6  H.21.10.08 被告がcl.1の判断の取消を求めた訴訟の決定(cl.1無効を取消、差戻)
8  H.22.03.29 原告がcl.2-4の判断の取消を求めた訴訟の判決(cl.4維持を取消)->確定
9  H.22.10.19 第1次無効審判請求に対する第2次審決
         cl.1の訂正(*)認め、維持。

4  H.21.07.22 第2次無効審判請求(cl.1-4)
7  H.21.10.13 cl.1-3について訂正請求
10  H.22.10.29 第2次無効審判請求に対する審決。訂正認める。cl-3維持。cl4無効。

特許法104条の3第1項の抗弁と無効審判における未確定の訂正

2011-08-10 06:47:07 | Weblog
事件番号 平成20(ワ)16895
事件名 特許権侵害差止請求事件
裁判年月日 平成23年07月28日
裁判所名 東京地方裁判所
裁判長裁判官 阿部正幸

1 被告は,前記第2の3(1)及び(2)の[被告の主張]のとおり,本件発明は新規性ないし進歩性を欠く(争点1,2)と主張して,本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものであると主張する。
 しかしながら,本件特許については,その無効審判事件において本件訂正の請求がされており,同訂正はいまだ確定していない状況にある。このような場合において,特許法104条の3第1項所定の「当該特許が無効審判により無効にされるべきものと認められるとき」とは,当該特許についての訂正審判請求又は訂正請求に係る訂正が将来認められ,訂正の効力が確定したときにおいても,当該特許が無効審判により無効とされるべきものと認められるか否かによって判断すべきものと解するのが相当である。

 したがって,原告は,被告が,訂正前の特許請求の範囲の請求項について無効理由があると主張するのに対し,
① 当該請求項について訂正審判請求又は訂正請求をしたこと,
② 当該訂正が特許法126条又は134条の2所定の訂正要件を充たすこと,
③ 当該訂正により,当該請求項について無効の抗弁で主張された無効理由が解消すること,
④ 被告製品が訂正後の請求項の技術的範囲に属すること,を主張立証することができ,被告は,これに対し,
⑤ 訂正後の請求項に係る特許につき無効事由があること
を主張立証することができる
というべきである。
 本件においても,原告及び被告は本件訂正に関し,同趣旨の主張をしており,前記第2の1のとおり,原告が本件訂正請求をしていること(上記①)及び被告製品が本件訂正後の請求項1の技術的範囲に属すること(上記④)については,これを認めることができる。
 そこで,以下において,上記②,③及び⑤の点について判断する。
 ・・・

法112条の2第1項所定の「その責めに帰することができない理由」の意義

2011-07-03 22:37:53 | Weblog
事件番号 平成22(行ウ)527
事件名 特許料納付書却下処分取消請求事件
裁判年月日 平成23年07月01日
裁判所名 東京地方裁判所
裁判長裁判官 岡本岳

2 特許法112条の2第1項所定の「その責めに帰することができない理由」の意義について
 特許法112条の2は,上記1のとおり,追納期間が経過した後の特許料納付により特許権の回復を認めることとした規定であるが,同条は
① 拒絶査定不服審判(特許法121条2項)や再審の請求期間(同法173条2項)を徒した場合の救済条件や他の法律との整合性を考慮するとともに,
② そもそも特許権の管理は特許権者の自己責任の下で行われるべきものであり,
③ 失効した特許権の回復を無制限に認めると第三者に過大な監視負担をかけることとなること
を踏まえて立法されたものであることに鑑みれば,同条第1項所定の「その責めに帰することができない理由」とは,通常の注意力を有する当事者が通常期待される注意を尽くしてもなお避けることができないと認められる事由により追納期間内に納付できなかった場合をいうものと解するのが相当である。
 また,当事者から委託を受けた者に「その責めに帰することができない理由」があるといえない場合には,特許法112条の2第1項所定の「その責めに帰することができない理由」には当たらないと解すべきである(最高裁昭和33年9月30日第三小法廷判決・民集12巻13号3039頁参照)。

 すなわち,特許権者は,特許料の納付について,特許権者自身が自ら又は雇用関係にある被用者に命じて行うほか,特許料の納付管理事務を第三者に委託して行うこともできるところ,特許権者は,いずれの形態を採用するか,また第三者に委託する場合にいかなる者を選定するかについて,自己の経営上の判断に基づき自由に選択することができるものであり,特許権者自らの判断に基づき第三者に委託して特許料の納付を行わせることとした以上,委託を受けた第三者にその責めに帰することができない理由があるとはいえない状況の下で追納期間を徒過した場合には,特許法112条の2第1項所定の「その責めに帰することができない理由」があるということはできないからである。

特許法181条2項に基づく取消決定が認められない場合の帰趨

2011-07-03 21:41:41 | Weblog
事件番号 平成23(行ケ)10095
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成23年06月23日
裁判所名 知的財産高等裁判所  
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 滝澤孝臣

1 原告は,本件審決の内容を全面的に認めた上で,なお本件審決が取り消されるべき理由として,本訴提起後,特許法所定の期間内に訂正審判を請求したので,本件審決は,結果として,結論を誤った違法があるというのである。

2 弁論の全趣旨によれば,原告は,上記期間内である平成23年4月28日,本件特許を下記の下線部のとおり訂正する訂正審判を請求し,併せて,当裁判所に対して特許法181条2項に基づく取消決定を求めていることが認められる。

・・・

3 しかしながら,前記訂正は,本件審決の判断に照らしても本件発明の特許性を基礎付けるに十分ではないことが明らかであって,当裁判所は,本件特許を無効にすることについて特許無効審判においてさらに審理させることが相当であるとは認めないので,本件審決について,特許法181条2項の規定に基づき,これを取り消すことはしない

4 そして,本件審決の内容それ自体に不服がない本件において,原告の請求に理由のないことは明らかである。

特許法101条4号の趣旨、解釈

2011-07-03 20:53:37 | Weblog
平成23年06月23日 知的財産高等裁判所 平成22(ネ)10089
特許権侵害差止等請求控訴事件 特許権 民事訴訟
裁判長裁判官 滝澤孝臣

イ 特許法101条4号について
 特許法101条4号は,その物自体を利用して特許発明に係る方法を実施する物についてこれを生産,譲渡等する行為を特許権侵害とみなすものであるところ,同号が,特許権を侵害するものとみなす行為の範囲を,「その方法の使用にのみ用いる物」を生産,譲渡等する行為のみに限定したのは,そのような性質を有する物であれば,それが生産,譲渡等される場合には侵害行為を誘発する蓋然性が極めて高いことから,特許権の効力の不当な拡張とならない範囲でその効力の実効性を確保するという趣旨に基づくものである。このような観点から考えれば,その方法の使用に「のみ」用いる物とは,当該物に経済的,商業的又は実用的な他の用途がないことが必要であると解するのが相当である。

 被告装置1は,前記のとおり本件発明1に係る方法を使用する物であるところ,ノズル部材が1㎜以下に下降できない状態で納品したという被控訴人の前記主張は,被告装置1においても,本件発明1を実施しない場合があるとの趣旨に善解することができる

 しかしながら,同号の上記趣旨からすれば,特許発明に係る方法の使用に用いる物に,当該特許発明を実施しない使用方法自体が存する場合であっても,当該特許発明を実施しない機能のみを使用し続けながら,当該特許発明を実施する機能は全く使用しないという使用形態が,その物の経済的,商業的又は実用的な使用形態として認められない限り,その物を製造,販売等することによって侵害行為が誘発される蓋然性が極めて高いことに変わりはないというべきであるから,なお「その方法の使用にのみ用いる物」に当たると解するのが相当である。

 被告装置1において,ストッパーの位置を変更したり,ストッパーを取り外すことやノズル部材を交換することが不可能ではなく,かつノズル部材をより深く下降させた方が実用的であることは,前記のとおりである。そうすると,仮に被控訴人がノズル部材が1㎜以下に下降できない状態で納品していたとしても,例えば,ノズル部材が窪みを形成することがないよう下降しないようにストッパーを設け,そのストッパーの位置を変更したり,ストッパーを取り外すことやノズル部材を交換することが物理的にも不可能になっているなど,本件発明1を実施しない機能のみを使用し続けながら,本件発明1を実施する機能は全く使用しないという使用形態を,被告装置1の経済的,商業的又は実用的な使用形態として認めることはできない。したがって,被告装置1は,「その方法の使用にのみ用いる物」に当たるといわざるを得ない。

審査・審判過程において請求項毎に特許査定又は拒絶査定すべきか

2011-06-19 11:09:47 | Weblog
事件番号 平成22(行ケ)10158
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成23年06月14日
裁判所名 知的財産高等裁判所  
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 塩月秀平

 平成14年法律第24号改正前の特許法17条1項,4項,17条の2第1項,53条1項,17条の2第4項,159条1項(以下において「改正前」というときはこの平成14年の改正前を指す。),手続をした者が補正をすることができることや補正が可能な時期等を定めるとともに,一定の要件がある場合は,補正を却下しなければならないとしているが,この規定に加え,補正は,特許請求の範囲のほか,明細書,図面についてもされるものであり,補正事項が請求項ごとに明確に区分されるものではない場合があって,このような場合も含めてどのような内容の補正とするかは出願人の意向次第であるから,補正内容によっては,請求項ごとに補正要件の有無を判断することができないことがあることにも鑑みれば,一つの手続補正書によりされた補正は,補正事項ごと,又は請求項ごとの補正としてその可否が審理され判断されるものではなく,特許請求の範囲の減縮が複数の請求項にわたっていても,補正は一体として扱われ,一部に補正要件違反がある場合は,その補正は全体として却下されるべきことを予定していると解するのが相当である。

 本件補正のうち,請求項7に係る部分は,改正前17条の2第4項に掲げる事項のいずれをも目的とするものではないことは審決の判断するところであり,原告はこの判断の誤りを主張しない。審決において補正を却下すべきものとした理由は,本件補正後の請求項7についての補正が,改正前特許法17条の2第4項1~4号のいずれにも該当しないとの点にあるが,その理由の実質をみると,補正後の請求項7で規定する事項が,補正前の各請求項に記載した事項の範囲内におけるものではないから,減縮にも当たらないとの判断をしたものと理解することができる。このような理解を前提としてみれば,請求項7についての補正を含む本件補正を却下すべきものとした審決の判断はこれを支持することができる

 原告は,改善多項制の下においては,複数の請求項に係る特許出願については,各請求項に記載された発明ごとに特許要件を審査すべきであることを前提に,出願過程において複数の請求項に係る補正があった場合には,請求項ごとに補正の許否を判断すべきであると主張する
 この主張は,補正を一体として却下すべきものとの上記判断に必ずしも結び付くものではないが,平成14年改正の前後を通じての特許法49条,51条の文言などからすれば,特許法は,一つの特許出願に対し,一つの行政処分としての特許査定又は特許審決がされ,これに基づいて一つのまとまった特許が付与されるという基本構造を前提としているものと理解される。このような構造の理解に基づけば,複数の請求項に係る特許出願であっても,特許出願の分割をしない限り,当該特許出願の全体を一体不可分のものとして特許査定又は拒絶査定をすることが予定され,一部の請求項に係る特許出願について特許査定をし,他の請求項に係る特許出願について拒絶査定をするというような可分的な取扱いをしないとの特許庁における一貫した実務の扱いも支持することができる。
 改善多項制は,一出願の下において複数の発明が出願された場合には,一体として特許登録がされるものの特許権は請求項ごとに成立することにしたものであるが,このことは,各請求項に記載された発明ごとに特許要件を審査することに必ずしも結び付くものではない。したがって,原告の上記主張は,当裁判所の採用するところではない。

共有者の一部によってなされた拒絶査定不服審判請求

2011-06-05 19:34:28 | Weblog
事件番号 平成22(行ケ)10363
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成23年05月30日
裁判所名 知的財産高等裁判所  
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明


(1) 特許を受ける権利が共有に係るときは,各共有者は他の共有者と共同でなければ特許出願をすることができず(特許法38条),その共有に係る権利について審判を請求するときは,共有者の全員が共同して請求しなければならない(同法132条3項)
 また,特許を受けようとする者は,特許出願人の氏名又は名称及び住所又は居所を記載した願書を特許庁長官に提出しなければならず(同法36条1項),拒絶査定に対して不服審判を請求する者は,当事者及び代理人の氏名又は名称及び住所又は居所を記載した請求書を特許庁長官に提出しなければならないとされている(同法131条1項)。したがって,共有者の全員が一人の代理人に対して拒絶査定不服審判の請求を委任し,その代理人が,共有者のために拒絶査定不服審判を請求する際には,審判請求書に請求人として共有者全員の氏名を記載することが求められる

(2) 上記規定によれば,審判請求書には審判請求人全員の氏名を記載しなければならないのであるが,他方,共有に係る権利の共有者全員の代理人から審判請求書が提出された場合において,共有者全員が「共同して請求した」といえるかどうかについては,単に審判請求書の請求人欄の記載のみによって判断すべきものではなく,その請求書の全趣旨や当該出願について特許庁が知り得た事情等を勘案して,総合的に判断すべきである。

 ところで,・・・,代理人が,共有者全員から拒絶査定不服審判請求について委任を受けているにもかかわらず,共有者の一部の者のみを代理して拒絶査定不服審判を請求することは,あえて不適法な審判請求をすることとなり,そのような行為は,不自然かつ不合理である・・・。そうだとすると,その代理人から審判請求書を受理する特許庁としては,代理人がこのような不合理な行為を行うやむを得ない特段の事情が推認される場合はさておき,そのような事情がない限り,審判請求書の記載上,共有者の一部の者のためにのみする旨の表示となっている場合があったとしても,そのような審判請求書は,誤記に基づくものであると判断するのが合理的である。

(3) 上記の観点から,本件について検討する。前記のとおり,
○1 原告らは,いずれも日本国内に営業所又は住所若しくは居所を有しない者であり,特特許管理人によらなければ特許法に基づく諸手続を行うことができず,しかも,特許管理人は原則として一切の手続について本人を代理するという包括的な代理権を有していること(特許法8条1項,2項),
○2 原告らは,本願発明に係る特許法に基づく諸手続をX弁理士に委任しており,同弁理士は原告らの特許管理人であったこと,
○3 特許庁は,特許出願過程において,・・・,原告A及び原告Bが発明者であると共に出願人でもあると理解した上,国内書面の特許出願人の欄を補正するよう手続補正を指令し,これに応じて,X弁理士は,・・・,錯誤により出願人を間違えた旨付記した上,原告A及び原告Bを国内書面の特許出願人に追加する旨の手続補正を行ったこと,
○4 特許庁は,・・・本件拒絶査定書には,特許出願人として「サン・ケミカル・コーポレーション(外2名)」と記載し,代理人にX弁理士の氏名を記載したこと等の事実が認められる。

 以上の事実を総合すれば,弁理士が本件審判請求書を提出することによってした審判請求は,審判請求書の記載上,原告サン ケミカルの名称のみ表記され,原告A及び原告Bの氏名は表記されていないがX弁理士に原告ら全員のためにする意思があることは明らかであり,しかも,特許庁においても,その意思は,十分に知り得たものというべきである。
 したがって,本件審判請求は請求人が原告ら3名であるにもかかわらず,本件審判請求書には請求人として原告サン ケミカルのみが記載されている場合であるから,同法131条1項の定める方式について不備があることとなる。このような場合,審判長は,同法133条1項に基づき,原告らの代理人たるX弁理士に対して,相当の期間を定めてその補正をすべきことを命じなければならなかったといえる。
・・・
 なお,・・・特許法や特許法施行規則において,代理人による特許出願の場合に委任状の提出は義務付けられておらず,委任状の提出を要しない実務慣行の存在も推認・・・,特許庁も・・・委任状の提出を求めることはなく,X弁理士が同原告らの代理人であるとして出願手続を進めてきていること等の経緯に照らすならば,原告A及び原告Bから同弁理士に対する包括委任状が提出されていない事実をもって,本件審判請求が,原告らの共同意思に基づく請求であることを否定する根拠とはならない。なお,日本国内に住所又は居所(法人にあっては営業所)を有する者が代理人に拒絶査定不服審判の請求を委任する場合は,特別の授権を要し(特許法9条),その代理権の授与は書面をもって証明しなければならないが(同法施行規則4条の3),特許管理人であるX弁理士は,包括的な代理権を有しており,拒絶査定不服審判を請求するに当たっても特別の授権は必要ないことからすると,原告A及び原告Bの包括委任状が特許庁に提出されておらず,そのため,本件審判請求書の提出物件の目録にも同原告らの包括委任状の番号は記載されていなかったとしても,そのことをもって,原告A及び原告Bには本件審判を請求する意思がないことの根拠にもならない。

<類似:平成21年11月19日 知的財産高等裁判所 平成21(行ケ)10148

業務経験に鑑みたテクニカルライターによる広告文は法律上保護される利益を有するか

2011-06-05 15:34:08 | Weblog
事件番号 平成23(ネ)10006
事件名 損害賠償等請求控訴事件
裁判年月日 平成23年05月26日
裁判所名 知的財産高等裁判所  
権利種別 著作権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 滝澤孝臣

3 争点3(一般不法行為の成否)について
・・・
(1) 控訴人は,先行企業としての業務経験に基づき試行錯誤の上に完成させた自社のオリジナル広告文につき,同一サービスに新規参入する業務経験のない大手ライバル企業によって盗用されない利益は法的保護に値するものであるから,先行競合企業である控訴人の広告文言を盗用した被控訴人の行為は,社会的相当性を逸脱し控訴人の法的保護に値する利益を侵害した点で不法行為を構成すると主張する。
・・・
被控訴人文章作成の際,控訴人文章を全く参照しなかったのであるならば,控訴人文章と被控訴人文章とが,記載順序や構成がほぼ共通しているほか,データ復旧が必要となる状態を「非常事態」とした上で,データ復旧サービスを「有効な回復策の一つとして」「データ復旧サービスの利用を検討する」という具体的表現(控訴人文章2③)や,パソコン修理及びデータ復旧について「主眼を置く」点を明らかにした上で,「例えを用いて説明する」具体的表現(控訴人文章3②・③)のみならず,パソコンの低価格化とデータの重要性向上について説明した上で,パソコンに事故が起こった場合に,パソコンが大切なのか,データが大切なのかをよく見極めることが大切であると結論付ける具体的表現(控訴人文章3④)についてもほぼ一致していることは,それらがありふれた表現であることを考慮しても,不自然であるというほかない。
・・・
 したがって,控訴人が A の説明に疑問を抱き,著作権侵害が認められないとしても,なお被控訴人の行為を強く非難することは,それ自体無理からぬところである。

(3) しかるところ,控訴人は
① 他人の文章に依拠して別の文章を執筆し,ウェブサイトに公表する行為が,営利目的によるものであり,文章自体の類似性や構成・項目立てから受ける全体的印象に照らしても,他人の執筆の成果物を不正に利用して利益を得たと評価される場合には,当該行為は公正な競争として社会的に許容される限度を超えるものとして不法行為を構成するというべきである,
② 控訴人文章は,控訴人において,世間一般に知られていなかったサービスにつき,顧客から誤解に基づくクレームを受けた等の業務経験に鑑み,試行錯誤を行いながら,控訴人代表者が,テクニカルライターとしての経験を活用して書き上げたものであり,被控訴人は,このような先行企業による成果物に無断で「ただ乗り」し,他人の成果物を不正に利用してビジネス上の利益を享受していることは明らかである,
③ 保護されるべき企業の利益は,直接的なものに限られるものではない
などと主張する。

(4) しかしながら,控訴人主張の「オリジナル広告文」が法的保護に値するか否かは,正に著作権法が規定するところであって,当該広告が著作権法によって保護される表現に当たらず,その意味で,ありふれた表現にとどまる以上,これを「オリジナル広告」として,控訴人が独占的,排他的に使用し得るわけではない
 したがって,被控訴人が控訴人のそのような広告と同一ないし類似の広告をしたからといって,被控訴人の広告について著作権侵害が成立しない本件において,著作権以外に控訴人の具体的な権利ないし利益が侵害されたと認められない以上,不法行為が成立する余地はない
 そして,・・・,控訴人文章と被控訴人文章とは,表現それ自体でない部分又は表現上の創作性のない部分において同一性を有するにすぎない以上,被控訴人文章をウェブサイトに公開したことをもって,公正な競争として社会的に許容される限度を超えたものということはできない。