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知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

へんしんふきごま事件-折り図の複製・翻案についての判断事例

2011-05-29 10:07:09 | Weblog
事件番号 平成22(ワ)18968
事件名 損害賠償等請求事件
裁判年月日 平成23年05月20日
裁判所名 東京地方裁判所
裁判長裁判官 大鷹一郎

(ア) 以上を前提に,本件折り図の著作物性について判断する。
 折り紙作品の折り図は,当該折り紙作品の折り方を示した図面であるが,その作図自体に作成者の思想又は感情が創作的に表現されている場合には,当該折り図は,著作物に該当するものと解される。
 もっとも,折り方そのものは,紙に折り筋を付けるなどして,その折り筋や折り手順に従って折っていく定型的なものであり,紙の形,折り筋を付ける箇所,折り筋に従って折る方向,折り手順は所与のものであること,折り図は,折り方を正確に分かりやすく伝達することを目的とするものであること,折り筋の表現方法としては,点線又は実線を用いて表現するのが一般的であることなどからすれば,その作図における表現の幅は,必ずしも大きいものとはいい難い。また,折り図の著作物性を決するのは,あくまで作図における創作的表現の有無であり,折り図の対象とする折り紙作品自体の著作物性如何によって直接影響を受けるものではない

(イ) そこで検討するに,
 ・・・本件折り図を全体としてみた場合,上記説明図の選択・配置,矢印,点線等と説明文及び写真の組合せ等によって,「へんしんふきごま」の一連の折り工程(折り方)を見やすく,分かりやすく表現したものとして創作性を認めることができるから,本件折り図は,著作物に当たるものと認められる。

(2) 複製ないし翻案の成否
 複製とは,印刷,写真,複写,録音,録画その他の方法により著作物を有形的に再製することをいい(著作権法2条1項15号参照),著作物の再製は,当該著作物に依拠して,その表現上の本質的な特徴を直接感得することのできるものを作成することを意味するものと解され,また,著作物の翻案とは,既存の著作物に依拠し,かつ,その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ,具体的表現に修正,増減,変更等を加えて,新たに思想又は感情を創作的に表現することにより,これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為をいうものと解される(最高裁平成13年6月28日第一小法廷判決民集55巻4号837頁参照)。
 以上を前提とすると,被告折り図が本件折り図の複製又は翻案に当たるか否かを判断するに当たっては,被告折り図において,本件折り図の表現上の本質的特徴を直接感得することができるかどうかを検討する必要がある。
・・・

イ 被告折り図と本件折り図の対比
(ア) 被告折り図と本件折り図は,別紙3のとおり,
 (1)32の折り工程からなる・・・折り方について,10個の図面(説明図)及び完成形を示した図面(説明図)によって説明している点, (2)各説明図でまとめて選択した折り工程の内容, (3)各説明図は,紙の上下左右の向きを一定方向に固定し,折り筋を付ける箇所を点線で,付けられた折り筋を実線で,折り筋を付ける手順を矢印で示している点等において共通している。

(イ) しかし,他方で,
 本件折り図は,別紙1のとおり,・・・矢印,・・・点線(谷折り線・山折り線),・・・実線,・・・仮想線を示す点線によって折り方を示すことを基本とし,・・・読み手が分かりにくいと考えた箇所について説明文及び写真を用いて折り方を補充して説明する表現方法を採っているのに対し,
 被告折り図は,・・・,折り工程の大部分(・・・)について説明文を付したものであって,説明文の位置付けは補充的な説明にとどまるものではなく,読み手がこれらの説明文と説明図に示された点線,実線及び矢印等から折り方を理解することができるような表現方法を採っている点で相違している。 このような相違点に加えて,・・・点において相違する。

(ウ) 以上のとおり,被告折り図と本件折り図は,前記(イ)の相違点が存在することから,折り図としての見やすさの印象が大きく異なり,分かりやすさの程度においても差異があるものであって,前記(ア)の共通点を最大限勘案してもなお,被告折り図から,「へんしんふきごま」の一連の折り工程(折り方)を見やすく,分かりやすく表現した本件折り図の表現上の本質的特徴を直接感得することができるものとは認められない

 したがって,被告折り図は,本件折り図の複製物又は翻案物のいずれにも当たらないというべきである。

審尋への回答書の当否を示さず、補正案による補正の機会を与えないことは裁量権の逸脱か

2011-05-08 15:03:36 | Weblog
事件番号 平成22(行ケ)10190
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成23年04月27日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

1 裁量権の逸脱,濫用について
 原告は,審判合議体が,請求人の提出に係る回答書(補正案が添付記載されている。)の当否について審理せず,これに対する理由を示さなかった点において,審判合議体の有する裁量権を逸脱,濫用したものであり,違法であると主張する。
 しかし,原告の主張は失当である。特許法158条には,・・・。同規定によれば,拒絶査定不服審判は,審査における手続を有効なものとした上で,必要な範囲で更に手続を進めて,出願に係る発明について特許を受けることができるか否かを審理するものであり,審査との関係では,いわゆる続審の性質を有する。そして,審判手続の過程で請求人の提出した書面に記載された意見の当否について,審決において,個々的具体的に理由を示すことを義務づけた法規はない。したがって,審決において,請求人の提出に係る回答書(補正案が添付記載されている。)について,その当否について,個々的具体的な理由を示さなかったとしても,当然には裁量権の濫用又は逸脱となるものではない。・・・。
・・・
(1) まず,請求人が審判長に提出した回答書(・・・)は,審判長が請求人宛てに送付した・・・「審尋」と題する書面(・・・)に応じて回答したものである。
・・・
 上記「審尋」と題する書面によれば,同書面は,
① 前置報告書の内容を示して,審判手続は,同報告書の内容を踏まえて実施する方針を伝え,
② 請求人に対して意見を求めた書面
である
と認められる。

 したがって,上記書面に沿って,請求人が,補正案の記載された回答書を提出したからといって,審判合議体において,請求人の提出した補正案の記載された回答書の内容を,当然に審理の対象として手続を進めなければならないものではなく,また,審決の理由中で,請求人の提出した回答書の当否を個別具体的に判断しなければならないものではない。審判手続及び審決に,上記の点に関する裁量権の濫用ないし逸脱はない。

(2) 次に,原告の提出した回答書に添付された「補正案」の手続上の意義について検討する。
 特許庁のウエブサイトには,「前置審尋を受け取った場合の審判請求人の対応」中の「(注3)補正案について」の項目において,
「・・・補正の機会が与えられるものではありません。・・・,審判合議体が補正案を考慮して審理を進めることは原則ありません。ただし,補正案が一見して特許可能であることが明白である場合には,迅速な審理に資するので,審判合議体の裁量により,補正案を考慮した審理を進めることもあります。」
と記載されている(甲12)。
 原告は,上記ウエブサイトの「ただし書き」の記載を根拠として,請求人の提出した回答書に添付された「補正案」に記載された発明が一見して特許可能であるにもかかわらず,補正の機会が与えられなかったのは,裁量権の逸脱又は濫用に当たるかのような主張をする

 ・・・,拒絶査定不服審判請求を審理判断する審判合議体は,①・・・,他方,②拒絶査定と異なる理由で拒絶すべき旨の審決をする権能を有するが,後者の場合には,請求人に対して,新たな拒絶理由を通知して,意見書提出の機会を与えなければならない旨規定されている(特許法159条2項,3項,50条。なお,特許法50条,159条2項については,平成14年法律第24号改正附則2条1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の法をいうものである。)。
 したがって,同規定によれば,請求人が補正をすることができるのは,審判請求の日から所定の期間内の補正をする場合を除いては,審判合議体において,拒絶査定と異なる理由で拒絶すべき旨の審決をしようとする場合に限られるのであって,上記ウエブサイトに記載されたような,「補正案が一見して特許可能であることが明白である」場合や「迅速な審理に資する」場合等が,これに該当するとはいえない

 そうすると,本件において,審判合議体が,請求人の提出した補正案を記載した回答書に基づいて補正の機会を与えなかったこと,及び審決の理由において,その点に関する判断を個別的具体的に示さなかったことが,審理及び判断における裁量権の逸脱,濫用に当たるということはできない。また,補正案に記載された発明が一見して特許可能でありさえすれば,補正の機会が当然に与えられるとの原告の主張は,その前提において採用することができないので,補正案に記載された発明が一見して特許可能であるか否かについて検討するまでもなく,原告の主張は採用できない。

サポート要件を満たさないとした事例

2011-05-07 09:54:24 | Weblog
事件番号 平成22(行ケ)10252
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成23年04月26日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 塩月秀平

 特許請求の範囲の記載が明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである(知財高裁大合議部判決平成17年11月11日平成17年(行ケ)10042号〕参照)。

 本願発明は,音響波方式タッチパネルに用いられるガラス基板の成分の含有量の数値範囲を特定している発明であるから,本願発明において,特許請求の範囲の記載が明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲に記載された当該成分の含有量の数値範囲が,発明の詳細な説明に記載されており,当該成分の含有量の数値範囲により,発明の詳細な説明の記載に基づいて当業者が音響波減衰等の抑制等の課題を解決できると認識できるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし音響波減衰の抑制等の課題を解決できると認識できるか否かを検討して判断すべきと解される。

・・・
4 BaOの含有量について
(1) 原告は,本願明細書の段落【0030】,【0009】及び【0026】の記載に,従来のバリウム含有ガラス基板においてはBaOが2重量%程度含有されていたことを考え合わせれば,実質的にバリウムを含有しないと評価するためにはBaOの含有量が1.5重量%以下である必要があり,実施例において確認された効果が請求項1に係る発明の範囲で得られることが,当業者には理解されると主張する。

(2) しかし,段落【0030】には
BaOを実質的に含まないとは,不可避的又は意図的であるか否かを問わず,ガラス基板中のBaOの含有量が,例えば,0~1.5重量%程度,・・・であることを意味する。
との記載があるが,BaOの含有量と本願発明の技術課題であるガラス基板の音響波減衰等との具体的な相関関係は開示されておらず,実質的にバリウムを含有しない含有量としての「1.5重量%以下」の数値範囲と得られる効果(音響波減衰の抑制等)との関係の技術的な意味が当業者に理解できる程度に記載されているということはできない
 ・・・

(5) 段落【0026】を含め,本願明細書の発明の詳細な説明に記載された具体例について検討するに,比較例1,比較例2,参考例1,参考例2及び実施例1において,BaOの含有量と減衰係数に着目し,それぞれ順に列挙すると以下のとおりとなる。
 ・ 比較例1は,  0重量%,0.57dB/cm
 ・ 比較例2は,  0重量%,0.30dB/cm
 ・ 参考例1は,  2重量%,0.24dB/cm
 ・ 参考例2は,  7重量%,0.21dB/cm
 ・ 実施例1は,0.2重量%,0.18dB/cm

 上記5つの具体例を照らし合わせると,比較例1及び比較例2は,BaOの含有量が1.5重量%以下の0重量%であるが減衰係数は大きい上,BaOの含有量(0重量%)が等しいにもかかわらず,その減衰係数の値はかなり異なっている。
 また,参考例1及び参考例2は,BaOの含有量が1.5重量%以上の2重量%及び7重量%であるが,減衰係数は小さく,本願明細書に記載の「低音響波損ガラス」である「0.25dB/cm以下」(段落【0025】)の条件を満足するものである。そして,比較例1,比較例2,参考例1及び参考例2によれば,BaOの含有量が大きいほど減衰係数が小さくなる傾向が見て取れる一方,実施例1は,BaOの含有量が1.5重量%以下の0.2重量%であるにもかかわらず,減衰係数は最も小さい。
 そうすると,BaOの含有量と減衰係数の関係については不明といわざるを得ない。さらに,この5つの具体例では,BaO以外の成分が異なることから,BaO以外の成分による影響が生じている可能性があり,・・・,BaOの含有量が請求項1で特定される所定の範囲であっても,他の成分等により所定の効果(音響波減衰の低減)を得られない場合があることを示唆する結果であるといえる。

 よって,ガラスの成分と音響波減衰係数との関係について,仮に,従来のバリウム含有ガラス基板において,BaOが2重量%程度含有されていたことが出願時の技術常識であったとしても,このような5つの具体例から,音響波減衰を低減できるという本願発明の効果が得られる範囲として,BaOの含有量が1.5重量%以下であることが裏付けられているとはいえない

立体商標に商標法3条2項の適用を肯定した事例

2011-05-05 09:37:02 | Weblog
事件番号 平成22(行ケ)10366
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成23年04月21日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 商標権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 滝澤孝臣

(1) 商標法3条2項の趣旨
 前記1のとおり,商標法3条2項は,商品等の形状を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標として同条1項3号に該当する商標であっても,使用により自他商品識別力を獲得するに至った場合には,商標登録を受けることができることを規定している。
 そして,立体的形状からなる商標が使用により自他商品識別力を獲得したかどうかは,
① 当該商標の形状及び当該形状に類似した他の商品等の存否,
② 当該商標が使用された期間,商品の販売数量,広告宣伝がされた期間及び規模等の使用の事情
を総合考慮して判断すべき
である。

 なお,使用に係る商標ないし商品等の形状は,原則として,出願に係る商標と実質的に同一であり,指定商品に属する商品であることを要するが,機能を維持するため又は新商品の販売のため,商品等の形状を変更することもあり得ることに照らすと,使用に係る商品等の立体的形状が,出願に係る商標の形状と僅かな相違が存在しても,なお,立体的形状が需要者の目につきやすく,強い印象を与えるものであったか等を総合勘案した上で,立体的形状が独立して自他商品識別力を獲得するに至っているか否かを判断すべきである。

(2) 本願商標の商標法3条2項該当性
ア 商標の形状及び当該形状に類似した他の商品等の存否
(ア) ・・・,女性の身体をモチーフとした香水の容器の中でも,本願商標のような人間の胸部に該当する部分に2つの突起を有し,そこから腹部に該当する部分にかけてくびれを有し,そこから下部にかけて,なだらかに膨らみを有した形状は,他に見当たらない。
(イ) そして,本願商標に係る香水(・・・)が販売開始された平成5ないし6年以降,そのパッケージデザインないしボトルデザインについて,斬新,インパクト,刺激的,・・・といった評価が雑誌等に数多く採り上げられ,今日に至っている(・・・)。
・・・
イ 使用の実情
(ア) 原告は,フランスに本社を置く化粧品会社であり,資生堂のグループ会社である(甲2,3)。原告は,「JEAN PAUL GAULTIER」(ジャンポール・ゴルチエ)という香水のブランドを有している。
(イ) 原告は,平成5年,本願商標に係る立体的形状の容器に入れた香水・・・の販売を開始し,我が国においても,平成6年に販売を開始して,本件審決時まで販売を継続している(・・・)。我が国における・・・売上高は,平成16年以降,年間4500万円から5800万円程度である(甲135)。
(ウ) ・・・たびたび香水専門誌やファッション雑誌等に掲載され紹介されたり,広告されたりしている(・・・)。
(エ) 我が国で販売され,雑誌等に掲載されたジャンポール・ゴルチエ「クラシック」の形状は,本願商標とはごく僅かな形状の相違が存在するものもあるが,実質的にみてほぼ同一の形状である。
・・・
ウ 上記のとおり,本願商標の容器部分が女性の身体の形状をモチーフにしており,女性の胸部に該当する部分に2つの突起を有し,そこから腹部に該当する部分にかけてくびれを有し,そこから下部にかけて,なだらかに膨らみを有した形状の容器は,他に見当たらない特異性を有することからすると,本願商標の立体的形状は,需要者の目につきやすく,強い印象を与えるものであって,平成6年以降15年以上にわたって販売され,香水専門誌やファッション雑誌等に掲載されて使用をされてきたことに照らすと,本願商標の立体的形状が独立して自他商品識別力を獲得するに至っており,香水等の取引者・需要者がこれをみれば,原告の販売に係る香水等であることを識別することができるといって差し支えない。

 以上の諸事情を総合すれば,本願商標は,指定商品に使用された場合,原告の販売に係る商品であることを認識することができ,商標法3条2項の要件を充足するというべきである。

支払時期の規定がない場合の補償金請求権の消滅時効の起算点

2011-05-04 10:11:07 | Weblog
事件番号 平成21(ワ)26849
事件名 補償金請求事件
裁判年月日 平成23年04月21日
裁判所名 東京地方裁判所
裁判長裁判官 大鷹一郎

(1) 消滅時効の完成の有無
ア 原告の本件発明1に係る相当の対価の請求は,沖電線が本件特許権1の上記設定登録日から上記存続期間満了日までの間被告の許諾により本件発明1を実施したことに基づく実施料相当額をもって被告が本件発明1により受けるべき利益(特許法旧35条4項)であると主張するものであるから,被告各規程の定める実績補償に係る相当の対価を請求するものということができる。そして,実績補償に関しては,平成2年被告規程2が適用される。

 ところで,従業者等は,勤務規則等により,職務発明についての特許を受ける権利を使用者等に承継させたときは,相当の対価の支払を受ける権利を取得し(特許法旧35条3項),その対価の額については,特許法旧35条4項により勤務規則等による額が同項により算定される額に満たないときは算定される額に修正されるが,その対価の支払時期については,そのような規定はない
 そうすると,勤務規則等に使用者等が従業者等に対して支払うべき対価の支払時期に関する条項がある場合には,その支払時期が到来するまでの間は,相当の対価の支払を受ける権利の行使につき法律上の障害があるものとして,その支払を求めることができないというべきであるから,その支払時期が相当の対価の支払を受ける権利の消滅時効の起算点となり(最高裁平成15年4月22日第三小法廷判決民集57巻4号477頁参照),また,勤務規則等にそのような条項がない場合には,勤務規則等により支払うべき対価が発生したときが相当の対価の支払を受ける権利の消滅時効の起算点となると解するのが相当である。

イ 被告は,平成2年被告規程2の12条1項は,実績補償の支払時期について,実績補償の請求権を特許権の権利満了までの5年ごとに分割し,それぞれの期間の経過をもって支払時期が到来することを定めたものであり,・・・,最終期間の終期の翌日である平成8年9月30日が本件発明1に係る相当対価請求権の消滅時効の起算日となるものであるが,上記起算日から既に10年の時効期間が経過しているから,原告が主張する本件発明1に係る相当対価請求権はすべて消滅時効が完成している旨主張する。
・・・
 以上の諸点と本件特許権1が平成7年9月10日に存続期間満了により消滅していることを総合考慮すると,本件発明1に係る実績補償請求権の5年ごとの区分の最終期間に対応する支払時期は,遅くとも,被告が主張する平成8年9月30日までに到来していたものと認めるのが相当である。
 そうすると,原告主張の本件発明1に係る相当対価請求権(実績補償請求権に係る部分)の消滅時効の起算点は,上記の平成8年9月30日と解されるから,上記相当対価請求権は,同日から10年を経た平成18年9月30日の経過により消滅時効が完成したものと認められる。

特許発明の存続期間の延長登録制度の趣旨

2011-04-24 22:09:50 | Weblog
事件番号  平成22(行ケ)10177
事件名  審決取消請求事件
裁判年月日 平成23年03月28日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

イ 特許発明の存続期間の延長登録制度の趣旨
特許権の存続期間の延長登録の制度が設けられた趣旨は,以下のとおりである。
 すなわち,「その特許発明の実施」について,特許法67条2項所定の「政令で定める処分」を受けることが必要な場合には,特許権者は,たとえ,特許権を有していても,特許発明を実施することができず,実質的に特許期間が侵食される結果を招く(もっとも,・・・,差止めや損害賠償を請求することが妨げられるものではない。したがって,特許権者の被る不利益の内容として,特許権のすべての効力のうち,特許発明を実施できなかったという点にのみ着目したものである。)。そして,このような結果は,特許権者に対して,研究開発に要した費用を回収することができなくなる等の不利益をもたらし,また,一般の開発者,研究者に対しても,研究開発のためのインセンティブを失わせるため,そのような不都合を解消させて,研究開発のためのインセンティブを高める目的で,特許発明を実施することができなかった期間,5年を限度として,特許権の存続期間を延長することができるようにしたものである。

 なお,政令で定められた薬事法の承認や農薬取締法の登録は,いわゆる講学上の許可に該当し,製造販売等の行為が,一般的抽象的に禁止され,各行政法規に基づく個別的具体的な処分を受けることによってはじめて,当該行為を行うことが許されるものであるから,特許権者が,許可を得ようとしない限り,当該製造販売等の行為を禁止された法的状態が継続することになる。しかし,特許法は,特許権者が,許可を得ようとしなかった期間も含めて,特許発明を実施することができなかったすべての期間(5年の限度はさておいて)について,存続期間延長の算定の基礎とするのではなく,特許発明を実施する意思及び能力があってもなお,特許発明を実施することができなかった期間,すなわち,当該「政令で定める処分」を受けるために必要であった期間に限って,存続期間延長の対象とするものである。
 この点については,「その特許発明の実施をすることができない期間」とは,「政令で定める処分」を受けるのに必要な試験を開始した日又は特許権の設定登録の日のうちのいずれか遅い方の日から,当該「政令で定める処分」が申請者に到達することにより処分の効力が発生した日の前日までの期間を意味するとした判例(最高裁判所平成10年(行ヒ)第43号平成11年10月22日・民集53巻7号1270頁参照)からも明らかである。(・・・。)。

 このように,特許権の存続期間の延長登録の制度は,特許発明を実施する意思及び能力があってもなお,特許発明を実施することができなかった特許権者に対して,「政令で定める処分」を受けることによって禁止が解除されることとなった特許発明の実施行為について,当該「政令で定める処分」を受けるために必要であった期間,特許権の存続期間を延長するという方法を講じることによって,特許発明を実施することができなかった不利益の解消を図った制度であるということができる。

 そうとすると,「その特許発明の実施に政令で定める処分を受けることが必要であった」との事実が存在するといえるためには,
①「政令で定める処分」を受けたことによって禁止が解除されたこと,及び
②「政令で定める処分」によって禁止が解除された当該行為が「その特許発明の実施」に該当する行為(例えば,物の発明にあっては,その物を生産等する行為)に含まれること
が前提となり,その両者が成立することが必要であるといえる。

 以上の点を前提として整理する。特許法67条の3第1項1号は,「その特許発明の実施に・・・政令で定める処分を受けることが必要であつたとは認められないとき。」と,審査官(審判官)が,延長登録出願を拒絶するための要件として規定されているから,審査官(審判官)が,当該出願を拒絶するためには,
①「政令で定める処分」を受けたことによっては,禁止が解除されたとはいえないこと,又は,
②「『政令で定める処分』を受けたことによって禁止が解除された行為」が「『その特許発明の実施』に該当する行為」に含まれないことのいずれかを論証する必要がある

ということになる(なお,特許法67条の2第1項4号及び同条2項の規定に照らし,「政令で定める処分」の存在及びその内容については,出願人が主張,立証すべきものと解される。)。

 換言すれば,審決において,そのような要件に該当する事実がある旨を論証しない限り,同号所定の延長登録の出願を拒絶すべきとの判断をすることはできないというべきである。

<次の判例も同趣旨>
事件番号  平成22(行ケ)10178
裁判年月日 平成23年03月28日
裁判所名 知的財産高等裁判所
裁判長裁判官 飯村敏明

事件番号 平成20(行ケ)10458平成20(行ケ)10459平成20(行ケ)10460
裁判年月日 平成21年05月29日
裁判所名 知的財産高等裁判所
裁判長裁判官 飯村敏明

均等論適用のための第1要件の検討例

2011-04-17 13:09:44 | Weblog
事件番号  平成22(ネ)10014
事件名  意匠権侵害差止等・特許権侵害差止等
裁判年月日 平成23年03月28日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 意匠権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 中野哲弘

・・・
そして,上記①における『特許発明の本質的部分』とは,明細書の特許請求の範囲に記載された構成のうち,当該特許発明特有の解決手段を基礎付ける技術的思想の中核をなす特徴的部分を意味するものである。

エ 均等論適用のための第1要件具備の有無
・・・
以上を前提として,明細書のすべての記載や,その背後の本件発明の解決手段を基礎付ける技術的思想を考慮すると,本件発明が本件作用効果①を奏する上で,蓋本体及び受枠の各凸曲面部が最も重要な役割を果たすことは明らかであって(段落【0009】【0020】等参照),『受枠には凹部が存在すれば足り,凹曲面部は不要である』との控訴人の主張は正当であると認められ,本件発明において,受枠の『凹曲面部』は本質的部分に含まれないというべきである。
なお,明細書の段落【0020】には,『閉蓋状態において,受枠上傾斜面部と蓋上傾斜面部および受枠下傾斜面部と蓋下傾斜面部は嵌合し,蓋凸曲面部と受枠凹曲面部および蓋凹曲面部と受枠凸曲面部は接触しないようにする』という構成を採ることにより,本件作用効果②を奏する旨記載されており,ここでは受枠の凹部が『曲面部』であるかどうかは問題とされていないといえ,本件作用効果②を奏する上でも,受枠の凹部が『曲面部』であることは本質的部分には含まれないというべきである。


(原審)
イ 技術的思想の中核をなす特徴的部分
(ア) 前記ア(イ)の記載によれば,閉蓋時に接触するのは,蓋本体と受枠の各凸曲面部同士であるし,本件明細書全体を見ても,蓋凸曲面部がガイドされるにあたり,受枠凹曲面部が直接的に果たす役割については明示されていない。
 しかしながら,前記ア(イ)の記載は,課題を解決するための手段として記載された同(ア)の構成,すなわち受枠に凸曲面部と凹曲面部を連続して形成し,蓋本体にはこれに倣う形で凹曲面部と凸曲面部を連続して形成することを,本件作用効果①発生の前提として記載されている。
 また,発明の効果についての前記ア(ウ)の記載中には,受枠凹曲面部を含む同(ア)の構成が示された上,同構成によって本件作用効果①が発生する旨説明されている


(イ) これらのことからすれば,本件発明は,受枠に凸曲面部と凹曲面部を連続して形成し,蓋本体にはこれに倣う形で凹曲面部と凸曲面部を連続して形成することをもって,本件作用効果①を発生させる発明といえる。したがって,受枠凹曲面部の形状は,本件発明の主要な根拠となる部分であり,凹曲面部の形状が本件発明の技術的思想の中核をなす特徴的部分ではないということはできない。

特許権に関する訴えと意匠権に関する訴えとが併合された事件の控訴審の管轄

2011-04-17 12:37:12 | Weblog
事件番号  平成22(ネ)10014
事件名  意匠権侵害差止等・特許権侵害差止等
裁判年月日 平成23年03月28日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 意匠権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 中野哲弘

1 本件控訴事件についての当裁判所の管轄権について
 本件記録によれば,
 A事件は意匠権に関する訴えで・・・大阪地方裁判所に提起され,一方,B事件は特許権に関する訴えで・・・大阪地方裁判所に提起され,さらにC事件はA事件と同じく意匠権に関する訴えで・・・に大阪地方裁判所に提起されたものであること,
 上記各事件を審理した原審の大阪地方裁判所は,・・・B・C事件をA事件に併合して審理し,・・・全事件を通じた原判決をするに至ったこと,
 これに対し,各事件の一審原告である控訴人は,平成22年2月1日付けの知的財産高等裁判所宛ての1通の控訴状により本件控訴を提起し,その控訴の趣旨の記載もA・B・C事件の併合を前提としたものであったこと,
 これを受けた被控訴人も,平成22年4月20日付けの答弁書において前記各事件の併合を前提とした答弁を行っており,これらの両当事者の態度は,平成23年1月17日の当審口頭弁論終結日まで変更がなかったこと
がそれぞれ認められる。

 ところで,民事訴訟法6条3項,知的財産高等裁判所設置法2条1号によれば,特許権に関する訴えについての第一審が大阪地方裁判所である場合の控訴審管轄裁判所は東京高等裁判所の特別の支部である知的財産高等裁判所に専属するから,特許権に関する訴えであるB事件についての控訴審管轄裁判所は知的財産高等裁判所(当庁)に専属する。これに対し,A事件・C事件はいずれも意匠権に関する訴えであるから前記民事訴訟法6条3項の適用はなく,原判決をしたのが大阪地方裁判所である以上,その管轄高等裁判所は,下級裁判所の設立及び管轄区域に関する法律2条,別表第5表によれば大阪高等裁判所であることになる。

 しかし,本件のように,特許権に関する訴え(B事件)と意匠権に関する訴え(A・C事件)とが原審の大阪地方裁判所において弁論が併合され,判決もそれを前提とした1個のものであり,控訴審たる当庁の審理においてもA・B・C事件の口頭弁論が分離されることがなく併合して審理されたときは,B事件についての控訴審管轄裁判所たる当裁判所は,民事訴訟法7条(併合請求における管轄)及び知的高等裁判所設置法2条4号(関連ある通常訴訟事件の併合)等の趣旨からして,B事件のみならずA事件・C事件についても審理・判断することができると解するのが相当である。

本願発明の課題について記載や示唆がなくても発明を想到することの妨げとならないとした事例

2011-04-10 22:08:11 | Weblog
事件番号 平成22(行ケ)10234
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成23年03月23日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 中野哲弘


・・・もともと上限値を「50℃以下」と設定した点については臨界的意義はもちろんのこと何らの技術的意義も存しないのであるから,「500℃」という特定の温度を設定することについては格別の創意工夫を要しないこと,さらに,甲2,甲5及び甲14の各記載によれば,石膏廃材を加熱すると硫黄酸化物が発生するという課題認識の下にそれを抑制するために,加熱温度の範囲をそれぞれ,甲2では「400~850℃」,甲5では「300~800℃,好ましくは500~600℃」,甲14では「360~600℃」と設定していることからすれば,甲1発明において,硫黄酸化物の発生を極力抑制することを念頭に置いて甲2,甲5及び甲14に記載された周知技術を用いて,上限を「500℃以下」と設定することは,当業者が容易に想到し得ることであると認めるのが相当である。

(ウ) この点に関して被告らは,・・・,石膏の分解温度より低い850℃でナフタレンスルホン酸基が分解して硫黄酸化物が発生してしまうという・・・課題認識は相違点aを判断する上で重要な要素であるところ,上記課題を指摘した文献はなく,甲2ないし甲5にも上記課題認識について記載もなければ示唆もないから,そのような課題認識のない状況で「ナフタレスルホン酸基を含むものと含まないものもある多様な石膏廃材」から「ナフタレンスルホン酸基を含むもの」を特定することはできない旨主張する。

 確かに,・・・,訂正後発明1においては,・・・,本体出口の粉粒体温度を330℃以上500℃以下に制御することで,硫黄酸化物の発生を大幅に抑制する技術的事項が記載されていると認められる。

しかし,上記(イ) のとおり,甲2及び甲5発明においては,・・・,その加熱温度の上限をそれぞれ850℃及び800℃と設定しており,その上限温度は訂正後発明1の課題認識に基づく上限温度850℃以下であるから,上記課題認識の有無にかかわらず,甲1発明に適用さる周知技術において既に上記課題解決のための手段が達成されているばかりか,甲2及び甲5発明で示されている技術を用いる限り,「石膏の分解温度より低い850℃でナフタレンスルホン酸基が分解して硫黄酸化物が発生してしまう」という課題自体が発生しないのであって,それでも訂正後発明1と同じ作用効果を達成しているのであるから,甲1,甲2,甲5,甲11ないし甲14に上記課題認識について記載や示唆がないことは当業者(・・・)が訂正後発明1を想到することの妨げとなるものではないというべきである。

脚本掲載の許諾拒否は権利濫用に当たらないとした事例

2011-04-10 18:25:30 | Weblog
事件番号 平成22(行ケ)10256
事件名  審決取消請求事件
裁判年月日 平成23年03月23日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

 このように,被告は,ステューディオスリーにより一方的に設定されたスケジュールを根拠に時間を急がされながらも,具体的な理由を述べて,本件脚本が原作者である被告の意には沿わないものであることを終始一貫して示し続け,原作者として譲れない点に絞って変更を申し入れていた。そして,本件において,被告が著作権の行使に藉口して過大な利益を得ようとか,第三者に不必要な損害や精神的苦痛を与えようなどといった不当な主観的意図を有していることを疑わせるような事情は一切見当たらない
 また,被告が本件脚本の掲載出版に対する許諾を拒否した理由は,小説の原作者として譲れない点に絞った変更を申し入れ続けていたにもかかわらず脚本家側から誠意ある脚本の変更がされなかったと被告が感じていた点にあるものであって,本件脚本の本件書籍への収録出版を許諾しないことによって守られる,本件小説に込めた被告の原作者としての思想,信条,表現等や被告のプライバシーに係る不安が,原告協会主張の本件脚本の文化的,公共的価値等に比較して小さな利益にすぎないものということはできない
 以上によれば,原告協会が本件脚本を本件書籍へ収録して出版することについて,被告が許諾を与えないこと(すなわち,原告協会の整理によれば,被告が原著作物の著作権者として著作権法28条,112条1項に基づく出版差止請求権を有する旨を抗弁として主張すること)は,正当な権利行使の範囲内のものであって,権利濫用には当たらないというべきである。

・・・
(2) 権利濫用に係る原告協会の個別的主張について
被告のステューディオスリーに対する許諾のみが不足していることについて
 ・・・被告は,二次的著作物である本件脚本の原著作物の著作者として,本件脚本の利用に関し,原告Xが有するものと同一の種類の権利を専有している以上(著作権法28条),本件脚本の掲載出版に対する諾否の自由を有しているのであって,被告以外の関係者が本件脚本の掲載出版に対して許諾を与えていることがあったとしても,それによって被告の権利が剥奪されることにはならないから,原告協会の上記主張は,権利濫用を基礎付ける事情としても,採用の限りでない。

許諾権は「一般的な社会慣行ならびに商慣習等」により制約され,許諾拒否は極めて例外的な事例であるから,原告Xの許諾への期待は当然であることについて
・・・
 しかし,原告協会の上記主張も,採用の限りでない。すなわち,
① ・・・。また,
② ・・・。さらに,
③ 映画の脚本の本件書籍への掲載出版の拒絶が極めて例外的な事態であったとしても,そのことをもって著作権法28条に基づく原著作物の著作者の諾否の自由が奪われるものではないから,被告以外の関係者が許諾済みであることが被告の権利濫用を基礎付ける事情になるともいえない。そして,被告が本件原作使用契約の締結により本件小説の映画化や,そのDVD化やテレビ放送の許諾をしていたとしても,それらは,あくまでも「映像化」及びその上映宣伝等に必要な範囲での許諾であると通常は理解されるのであって,本件脚本を本件小説と同様の「活字」による創作物として外部へ独自に発表することに対する許諾を当然に含むものであるとは理解されないから,被告が本件映画の製作やDVD化,テレビ放送を許諾したことによって,本件脚本の出版についても被告の許諾を得られるのではないかとの期待を契約当事者ではない原告Xらが抱いたとしても,それは,事実上の期待にすぎないものであって,法律上保護されるべきものであるとはいえない。

<原審>


新規性を判断する引用発明は従来以上の作用効果有することを要件とするか

2011-04-10 17:25:04 | Weblog
事件番号 平成22(行ケ)10256
事件名  審決取消請求事件
裁判年月日 平成23年03月23日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明


 原告は,新規性を判断する引用発明は,完成した発明でなければならないところ,引用発明は,用途発明として完成しているとはいえないから,新規性を判断する上で対比されるべき引用発明としての適格性を欠くと主張する。

 しかし,原告の上記主張は,以下の理由により,採用することができない。

 すなわち,特許制度は,発明を公開した代償として,一定の期間の独占権を付与することによって,産業の発展を促すものであるから,既知の技術を公開したことに対して,独占権を付与する必要性はないばかりでなく,仮に,そのような技術に独占権を付与することがあるとするならば,第三者から,既知の技術を実施し,活用する手段を奪い,産業の発達を阻害することになる。
 特許制度の上記趣旨に照らすならば,出願に係る発明が,既に公知となっている技術(引用発明)と同一の構成からなる場合は,当該出願に係る発明は,新規性を欠くものとして,特許が拒絶されるというべきである。原告が主張する引用発明の完成とは,引用発明が従前の技術以上の作用効果を有することを意味するものと解されるが,新規性の有無を判断するに当たって,引用発明として示された既知の技術それ自体が,従前の技術以上の作用効果を有することは要件とすべきではない

 また,出願に係る発明は,特定の用途を明示しているのに対して,引用発明は,出願に係る発明と同一の構成からなるにもかかわらず,当該用途に係る記載・開示がないような場合においては,出願に係る発明の新規性が肯定される余地はある。しかし,そのような場合であっても,出願に係る発明と対比するために認定された引用発明自体に,従前の技術以上の作用効果があることは,要件とされるものではない

特許法29条1項各号の例外

2011-04-10 12:17:53 | Weblog
事件番号 平成22(行ケ)10256
事件名  審決取消請求事件
裁判年月日 平成23年03月23日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明


(1) 一般に,公知の物は,特許法29条1項各号に該当するから,特許の要件を欠くことになる。
しかし,その例外として
① その物についての非公知の性質(属性)が発見,実証又は機序の解明等がされるなどし,
② その性質(属性)を利用する方法(用途)が非公知又は非公然実施であり,
③ その性質(属性)を利用する方法(用途)が,産業上利用することができ,技術思想の創作としての高度なものと評価されるような場合
には,単に同法2条3項2号の「方法の発明」として特許が成立し得るのみならず,同項1号の「物の発明」としても,特許が成立する余地がある
点において,異論はない(特許法29条1項,2項,2条1項)。

 もっとも,物に関する「方法の発明」の実施は,当該方法の使用にのみ限られるのに対して,「物の発明」の実施は,その物の生産,使用,譲渡等,輸出若しくは輸入,譲渡の申出行為に及ぶ点において,広範かつ強力といえる点で相違する。このような点にかんがみるならば,物の性質の発見,実証,機序の解明等に基づく新たな利用方法に基づいて,「物の発明」としての用途発明を肯定すべきか否かを判断するに当たっては,個々の発明ごとに,発明者が公開した方法(用途)の新規とされる内容,意義及び有用性,発明として保護した場合の第三者に与える影響,公益との調和等を個々的具体的に検討して,物に係る方法(用途)の発見等が,技術思想の創作として高度のものと評価されるか否かの観点から判断することが不可欠となる。

・・・
 以上によれば,本件特許発明における白金微粉末を「スーパーオキサイドアニオン分解剤」としての用途に用いるという技術は,甲1において記載,開示されていた,白金微粉末を用いた方法(用途)と実質的に何ら相違はなく,新規な方法(用途)とはいえないのであって,せいぜい,白金微粉末に備わった上記の性質を,構成Dとして付加したにすぎないといえる。すなわち,構成Dは,白金微粉末の使用方法として,従来技術において行われていた方法(用途)とは相違する新規の高度な創作的な方法(用途)の提示とはいえない。

補正却下の決定についての不服申立て

2011-04-03 21:17:54 | Weblog
事件番号 平成22(行ケ)10228
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成23年03月22日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 塩月秀平

1 取消事由1について
 原告は,特許法53条3項ただし書きの規定等を根拠として,本件補正を却下する決定については不服申立てができると解すべきであるなどと主張する。

 しかし,特許法53条3項ただし書きは,拒絶査定不服審判を請求した場合には,審判手続において,審査段階でなされた補正却下の当否を争うことができることを前提にしているものであって,その規定から,審判段階でなされる補正却下の当否についての独立の不服申立てが認められるものではない。特許法159条1項により同法53条の規定が準用されることから明らかなように,拒絶査定不服審判の段階でなされた補正却下の決定に対しては,独立の不服申立てをすることはできず(同条3項本文),審決取消訴訟が提起された場合に,その訴訟において補正却下の当否を争うことができるのである。

和解条項の他の債権債務

2011-03-21 16:48:37 | Weblog
事件番号 平成22(ワ)8605
事件名 損害賠償請求事件
裁判年月日 平成23年03月10日
裁判所名 東京地方裁判所
権利種別 不正競争
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 阿部正幸

イ  抗弁(2)(和解)について
(ア) 抗弁(2)アの事実は,当事者間に争いがない。
(イ) 被告は,別件和解における第5項(前記抗弁(2)ア⑤)は,解 2条項に定めるもののほかに原被告間に何らの債権債務がないことを相互に確認したものであるから,上記和解金のほかに被告が原告に対して損害賠償債務を負うものではないと主張する。
 しかしながら,別件和解における第5項は 「原告及び被告は,原告と被告との間には,本件に関し,この和解条項に定めるもののほかに何らの債権債務がないことを確認する。」(下線は,裁判所が付加した )。
とするものであるから,同項が清算の対象とするのは ,「本件」,すなわち,別件和解に係る民事訴訟事件(高知地方裁判所中村支部平成21年(ワ)第30号売買代金請求事件)に関するものに限られることが明らかである。 また 前記1(1)で認定した事実によれば ,上記訴訟事件は,原告が被告に対し4月分及び5月分の原告商品の未払代金の支払を求めたものであることが認められる。

 したがって,別件和解における第5項は,4月分及び5月分の原告商品の未払代金に関して,原被告間に解条項に定めるもののほかに何らの債権債務がないことを確認したにすぎず,別件和解によって上記1の損害賠償請求権が消滅したものとは認められない

反駁の機会を与えることなく職権審理結果通知に記載の判断と異なる判断を示した審決

2011-03-13 23:22:31 | Weblog
事件番号 平成22(行ケ)10221
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成23年02月28日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟

1 手続上の瑕疵(取消事由1)について
 審判手続には,適切な釈明がされなかったとの手続上の瑕疵はない。その理由は,以下のとおりである。
 原告は,
① 特許庁が,平成22年4月21日,原告に対し,訂正審判請求書(甲44)の副本と,本件訂正を拒絶する旨記載した職権審理結果通知書(甲47)を同時に発送し,同月22日,それらが原告に到達したこと,
② 被告の平成22年5月20日付け意見書(甲50)には,訂正審判請求書(甲44)では全く主張されていない主張が記載されていたこと,
③ 平成22年6月10日,審理終結通知書(甲65)と被告の平成22年5月20日付け意見書(甲50)の副本(甲64)が同時に原告に到達したこと,
④ 審決は,被告の平成22年5月20日付け意見書(甲50)に記載されていた意見を容れ,職権審理結果通知書(甲47)で示した見解と全く矛盾する見解を述べた上,本件訂正を認めたこと,などの経過を前提として,審判官は,原告に対し,平成22年5月20日付け意見書(甲50)に対する反駁の機会を与えるべきであり,そのための釈明をすべきであったが,そのような釈明はされなかったから,審判手続には,適切な釈明権の行使を怠ったとの手続上の瑕疵があると主張する。

 しかし,原告の主張は,以下の理由により,採用することはできない。

(1) 差戻後の本件無効審判の審理の経過は,前記第2,1(3)のとおりである。
 職権審理結果通知は,当事者又は参加人が申し立てない理由について審理したときに,その審理の結果を当事者等に通知し,相当の期間を指定して,意見を申し立てる機会を与えるものであり(特許法134条の2第3項),意見書の提出を前提としていることからすると,意見書を参酌した上で,その後の審判官の見解が,職権審理結果通知書の記載と変わる場合のあることを予定しているものと認められ,職権審理結果通知書の記載が,審決の結論又は理由を拘束するとの法的根拠はない。
 そうすると,本件訂正を拒絶する旨の職権審理結果通知書(甲47)の記載とは結論及び理由を異にして,本件訂正を認める旨の審決が行われたとしても,その点をもって違法ということはできない。

(2) 原告に送付された訂正請求書副本の送付通知(甲63)には,「本件無効審判について本件訂正請求がされたものとみなされた」旨,「本件訂正請求に対して意見があれば訂正審判請求書副本発送の日から30日以内に提出するよう促す」旨が記載されていた。そして,前記(1)のとおり,職権審理結果通知書の記載は,審決の結論又は理由を拘束することはなく,審判官の見解は,職権審理結果通知書の記載と変わる場合があり得るから,原告は,審判官の見解が職権審理結果通知書の記載と変わる場合にも備えて,本件訂正請求について意見を述べることができ,その機会が与えられていたということができる。

(3) 原告は,被告の平成22年5月20日付け意見書(甲50)には,訂正審判請求書(甲44)で主張されていなかった事項が記載されていた旨主張する。ところで,特許法156条2項は,審判長は,職権審理通知をした後であっても,当事者の申立てにより又は職権で審理の再開をすることができる旨規定する。したがって,原告は,被告の平成22年5月20日付け意見書(甲50)に対する反論が必要であると判断した場合には,審理の再開を申し立て,再開された審理において,被告の上記意見書に対する反論をすることができたといえる。それにもかかわらず,原告は,審理の再開を求めることすら行わなかった

(4) 以上の事情を考慮すると,本件において,審判官に,審理終結の前に原告に対して反論の機会を与えるための釈明をすべき義務があったとする根拠はないし,そのような釈明が行われなかったとしても,それによって原告の反論の機会が失われたということはできない。