
この曲は1810年にベートーヴェンが作曲した「エリーゼのために」を、1957年、アメリカのバニー・ボトキンらがアレンジして「Passion Flower(情熱の花)」としてリリースしたもののアメリカではヒットせず、イタリアに渡って人気が出た。1959年にイタリアのカテリーナ・ヴァレンテが「Tout l'amour 」という題名で歌い、これが日本でもヒットした。欧米ポップスの日本語バージョンが流行っていたこの時代、さっそくザ・ピーナッツが「情熱の花」としてリリースして大ヒット。その後1981年にザ・ヴィーナスが「キッスは目にして!」としてこれまた大ヒットした。
今夜は昔、ザ・ピーナッツの公演で聴いた「情熱の花」を思い出しながら、この曲の歴史を遡ってみた。
ザ・ヴィーナス「キッスは目にして!」(1981年)
ザ・ピーナッツ「情熱の花」(1959年)
カテリーナ・ヴァレンテ「Tout l'amour 」(1959年)
ヴァレンティーナ・リシッツァ「エリーゼのために」(1810年ベートーヴェン作曲)
先ずは、ドラマ「罠の戦争」って今初めてHPを見ました。
次に「罠ダンス」をTikTokなるもので観てみましたが7秒しか映りませんでした(汗)
「キッスは目にして!」はたぶん何回も聞いていると思いますが、1974年に結成し、1983年に解散しザ・ヴィーナスを全く知りません。
「エリーゼのために」をアレンジしたものだったのですか!
アメリカ生まれで、イタリアのカテリーナ・ヴァレンテが唄ってザ・ピーナッツの「情熱の花」になり、それからザ・ヴィーナスが「キッスは目にして!」でしたか!
いやー、はっきり記憶しているのはザ・ピーナッツの「情熱の花」だけでした。
映画のこともめちゃくちゃお詳しいですのにポップスの変遷までこんな詳しい話を聞いたのも初めてな気がします。
むかしのラジオのデスクジョッキーは、こんな雰囲気で曲のエピソードを語っていたような気がします。
最近のアナウンサーは多分原稿を読んでいるんだと思いますが・・・。
動画の最後のヴァレンティーナ・リシッツァ「エリーゼのために」は街角ピアノですかね?
ヴァレンティーナ・リシッツァはウクライナ生まれのピアニストなんだとか。
有難うございました。
ザ・ヴィーナスがさかんにテレビに出演していた頃「エリーゼのために」起源の話はよく出ていましたし、ザ・ピーナッツの「情熱の花」がヒットしていた頃もよく話題になっていたことを憶えています。
日本でヒットし、ザ・ピーナッツのカバーバージョンもヒットしたので、カテリーナ・ヴァレンテはよく来日していたような記憶があります。
ヴァレンティーナ・リシッツァはウクライナ生まれですがロシア寄りの発言が多いのでだいぶ仕事を失っているようです。
ウクライナ出身でもロシアに活動の基盤を置く芸術家やスポーツ選手などはそういう発言をしないと生活を失ってしまうのでお気の毒ですね。