えぬ日和

日々雑記。第二、第四土曜更新を守っているつもり。コラムを書き散らしています。

・『返校』雑感

2020年10月10日 | コラム
 くせっ毛をボブカットにした少女は首から白い鹿の形をしたヒスイの飾りを赤い紐で下げ、不安そうに左右をきょろきょろ見回した。やがてこちらに向き直るとにっこり笑う。台風の吹き荒れる誰もいない夜の学校で少年は少女と差し向かいに座り、不気味な闇に閉じこめられてゆく。2017年にSteamを通じて発売された台湾の赤色蝋燭が送り出したPC用ゲーム『返校』は、上質な演劇作品のような演出と探索の楽しみを、そしてゲームの外のプレイヤーを現実に起きている出来事へ否応なしに目を向けさせる引力を備えた稀有な作品だ。日本語、英語、中国語、韓国語に翻訳され海を越えて高い評価を獲得し、2019年にはスマートフォン版も発売されている。

 いわゆる「ポイント&クリック式」という形式の遊び方で、画面に映っているオブジェクトにカーソルを合わせてクリックするとレバーを動かしたり道具を手に入れたりと何らかの反応が起き、プレイヤーは主人公の少女を操作して学校のあちこちを調べて脱出を図ってゆく。往年のFlashゲームのように簡潔な操作だが序盤は学校にはびこる怪異を避け、後半は複雑な謎を解くというメリハリが効いているのでプレイヤーのできることが少ないという点はあまり気にならない。とにかく話の濃度が高いのだ。

 舞台となる時代は1950年代~60年代の「白色テロ」時代の台湾で、国民党による弾圧が苛烈さを極めていたころにあたる。敗戦によりそれまでの支配層であった日本軍が撤退し、代わりに中国本土を追い出された国民党に支配された台湾はつかの間の自由すら呼吸することも許されず、共産党と名指しされれば軍に逮捕されて人生が閉ざされる新しい恐怖に台湾は浸されていった。その時代の高校に通っていた方芮欣(レイ/ファン・レイシン)という少女と、魏仲延(ウェイ/ウェイ・チャンティン)の二人が本作の主人公だ。

 プレイヤーは時にレイを、時にウェイを操作し、暗い夜の学校に靴音を響かせながら幽鬼たちをかわしてどこかに導かれてゆく。ふたりにまといつくある記憶の影は茫洋とした光の下で徐々に形を成して塊となり、ところどころで序盤から示されていた真実は薄紙を剥ぐように晒されて目が離せない。些細な点だが、繁体字と日本語版では文字数の関係でアーカイブの説明の量が若干異なるので繁体字に変えて読み解くのも一興だ。たとえばレイが首から下げているヒスイのペンダントの説明がほんの少し、切ないものであったり。

 本家の台湾では2019年に映画化もされるほどの人気を博した本作を貫く幹は「自由」についてのつらい問いかけだ。それは現在も台湾をさいなみ続ける問題であり、一時的に台湾と関わった日本にとっても既視感のある問題でもあり、決して暗い学校の中だけで問われて解決するものではない。レイとウェイが互いに向かい合う瞬間、二人はようやく一つの自由を手に入れる。その一瞬すら、完璧な救いではなく、「悲痛」のあとを残してゆくのだ。

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