えぬ日和

日々雑記。第二、第四土曜更新を守っているつもり。コラムを書き散らしています。

:布団の中から合わせる顔がない

2020年01月25日 | コラム
 一月も下旬を過ぎながら霜柱も立たない暖冬に紛れてその日はひそやかに寒かった。朝の寒さをしのぐために毎日エアコンのタイマーを六時に設定しているが、おかげでタイマーのつくカチリという音で目が覚めるようになった。起きるには早い。まだ部屋も温まっていないので、布団の中で手足を縮めて暖房が部屋を暖めるのを待っている。温風が勢いよく噴きだした途端、バツンとプラスチックが折れるような音が響き、温風は情けなくすすり泣くような風を吐き出してエアコンは止まった。電源ボタンの光が消えている。ブレーカーが落ちていた。
 晩冬の朝六時は暗い。それでも十分きざみで明るくなる外と街灯の光が窓から差し込むので、足元は不確かながらも照らされていた。厚手のカーテンを開くと部屋は明るくなったが、カーテンと窓の間に溜まっていた冷気が流れて裸足のつま先はしびれるように冷えた。廊下の出窓が青白い光を床に落としている。だがブレーカーが設置されている洗面所までの窓はシャッターがきちんと降ろされているおかげで真っ暗だった。家族は眠っているせいか誰も異変に気付かない。なぜか持っている自転車用のライトをつけると部屋の奥までまっすぐに白い光が届いた。家族を起こさないようにつま先立ちの大股で、足元を照らしながら洗面所に向かった。背後できっちりと閉め切らなかったドアの蝶番がきしみ、廊下の冷気がまた床へ流れ出す。
 洗面所につくころには時計の針も進み、ゆるやかな日差しが壁に白く跳ね返っていた。天井近くのブレーカーのレバーは落ちていた。機械には説明書きが印字されている。近くには踏み台もあった。身長があと少し、レバーに届かなかった。
 部屋に戻って布団にもぐり、状況を無視し続けているとやがて家族の起きる気配とともに、明かりのスイッチをカチカチと何度も押す音が聞こえ、不機嫌そうな足音が洗面所の方に遠ざかって行った。しばらくすると気を取り直したかのようにエアコンが動き出し、また冷え切っていた部屋を暖め始めた。外があまりに寒いと、電機を起動する際の負荷が大きくなりすぎてブレーカーが落ちてしまうのだ、と、起きてきた面々に説明するきょうだいの声を寝ぼけたふりをしてやりすごし、朝の支度を整える。
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・新年の忖度

2020年01月11日 | コラム
 最寄りのゲームセンターはまだ近所の学校が休みのせいか閑散としていた。筐体の大半はトリプルキャッチャーで、奥のほうに二本手のアームの橋渡しの景品はあるものの、取られ残りの景品が立ち並んでいる。トリプルキャッチャーにはいっこうに慣れない。一応、アームの差し込み具合やアームの落下中にホールドするボタンのタイミングといったこつは存在するものの、大手のゲームセンターではガチャンとアームが閉じても数秒間空中にとどまり、景品が自重で落下するように調整されているので、最終的には景品の下に敷かれているプラスチックボールなどのご機嫌に左右される。小さな筐体のアームも少し前までは針金の先端をスプーン状に叩きのばしたような、ボタンのタイミングさえつかめていれば景品を素直に取れるものが多かったのだが、今では他の筐体と同じくSEGAの「UFOキャッチャー」式にプラスチックのアームと金属の爪が別々になった、取りづらいものに変わっていた。それでも興味本位で百円を入れて試す。偶然、景品のひっかかりが成功して目的のぬいぐるみが吊り上がり、取り出し口の近くへ落ちた。

 これがいけなかった。

 案の定、偶然は一回こっきりで、昼休みと共に小銭が消えてゆくが景品は爪にひっかかることもなくアームをすり抜けてかすめ、開始早々から店員を呼ぶことになった。新しい景品を入れる支度をしていた青い髪の店員は、はきはきした調子で景品を取り出し口のふちに立てかけると、「また何かあれば」と去っていった。同じやり取りにごめんなさいを付与して直してもらうこと三回、千円が尽きたあたりで景品はようやく諦めたように落下する。面白くないのだが、面白くない。

 やっぱりそれがよくなかったのか、欲しかったがトリプルキャッチャーであきらめていた景品がシーズンオフで橋渡しの台に移されたのを見て百円を投じ、昨今には珍しく計算通りにアームがしっかり動く力強さへ調子にのり、狙いを失敗して再度ごめんなさいと店員の情にすがる一幕が開催されるのは次の日だった。面白いのだが、面白くない。久々に箱ものに手を出してみようかとも思ったが、ツメがかすめるだけで止まるアームへ苛立つ他の客を見て、そそくさとその場を後にした。
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・星明りのドラム缶

2020年01月01日 | コラム
 強かった風は夜になると静まった。二〇一九年を守った破魔矢やお守りや注連縄を詰めた紙袋が、竹を四つに立てた結界の隅に積み重なる。保存会の法被を着た壮年の男たちが懐手をして次の年に切り替わるのを待っていた。その間に炎がちろちろと燃えている。昨年までは積み重なった紙袋がごうごうと燃えていたのだが、今年の炎はドラム缶の中へちんまりと納まっていた。
 鳥居の傍にはだんごの屋台と甘栗の屋台が並びこうこうと光をともしている。俵に突き刺さった平たいだんごが白く夜に浮いているようだった。今年はドラム缶なんだね、屋台なんだね、と列に並ぶ人々が喋っていた。風のない夜は寒さも浅く思い出せば吐く息も透明で、炎があがっているドラム缶にも子どもが物珍しそうに散らばるばかりで、ダウンジャケットに身をくるんだ人々は凍えることもなくスマホを素手でいじりながら薄っすら騒いでいた。除夜の鐘が近くの寺から響き、後ろの国道を消防車と救急車がサイレンを鳴らして走り去っていく。振り返ると列は続いてスマホのライトが下から人々の顔を青白く照らしていた。それだけ今年の冬は暖かいのだろう。
 列が動き出し、社殿の鈴はひっきりなしに鳴る。文化財の本殿をかばいこむ鉄筋性のコンクリートの社殿には明かりがともり、本殿の開かれた扉の奥ではご神鏡がこちらを見下ろしている。すぐ前に並んでいたミルクティー色のトイプードルを抱えていた男性がお参りをせず脇へ退いたので、家族三人で並び鈴を鳴らして初詣を済ませた。
 ドラム缶へ法被の男たちが、紙袋から中身を取り出して丁寧にくべていた。竹や生木の枝がはじける音は変わらず高い。参拝を済ませてダウンコートのポケットを探ると、昨年の「福銭」の袋が手に当たった。ドラム缶の前でお神酒と共に新しい福銭を受け取ったあと、お願いします、と紙の袋を法被の男に渡した。男はあいよ、と勢いよく返事をして、それを火にくべた。ちらりと炎を上げてそれは燃え尽き、火の粉をドラム缶のふちにこぼして消えた。

 待たれていた二〇二〇年という年になりました。本年をいかような年にするかは人次第、望まれる文章も人次第に世間次第、大きなイベントを控えていても私という体は歳を取り歳に併せて徐々にだれかの姿へ近づいていきます。そうした外側の変わり方と、内側の皮割り方と、それが一つに釣り合うような成長の一年になりますよう。また、これを読んでいただいている人間の皆様にも、良いお歳でありますことを願っております。
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