えぬ日和

日々雑記。第二、第四土曜更新を守っているつもり。コラムを書き散らしています。

・「小指の思い出」の覚書

2014年10月25日 | コラム
 舞台中央で赤い服の女が、髪もおどろに「と」の字を左右逆にした姿で手を天井に伸ばし、声をことばにしてとうとうと劇場いっぱいに溢れさせていた。手は中空にぴんと置かれたまま、糸をたぐりよせるように、彼女の周りの空気がうねっていた。美しいといえるかは分からなかったが、女とも男ともつかない粕羽八月というものを青柳いづみという女性の体いっぱいのうねりは現していた。

 初演1983年、野田秀樹作『小指の思い出』の藤田高大の演出による再演を東京芸術劇場で観た。演劇集団「マームとジプシー」を率いる藤田高大の空間は繰り返しと木枠、そして身体がある。幕が開いたままの舞台には布を被せられた舞台装置、床に置かれた木枠、通りすがりのように現れる役者たちが幽霊のように徘徊していた。「マームとジプシー」では見下ろしていたそれらを、東京芸術劇場の椅子に座って見上げるのは少し不思議な気持ちがした。この劇場では舞台は明確に席から分かれたもので、観客は首を上げ、演じられているものとしてこれから始まる演目を観る。一方で「マームとジプシー」の公演は反対に、演じられる舞台はすり鉢の底で、地続きにつながる席ごと一つの空間にすっぽりと収められたような感覚があった。それを席から見上げることは、舞台と席の間にひとつしっかりとした線が引かれているようで、妙な心持だった。

 役者が布を剥がし始めた。車、灰色の金属の棒で組まれた足場、木枠が現れる。やがてこれも「マームとジプシー」ではおなじみの、舞台の奥の壁へ『プロローグ』と書かれたスライドが映し出される。立方体の木枠を動かしながら役者が走る。音楽に合わせて二人の女が向かい合わせに踊る。ことばと動きが織物のように舞台の上で何かを組み立てながら時間が経つ。そして長台詞をとうとうと吐きながら赤い服の女が舞台の中央で誰に向けるでもなく真直ぐに天へ指を伸ばして背を緩慢に反らしてゆく。彼女のいるそこが明確に席と区分けされた舞台である限り、どの席にいても、たとえ上から見下ろす席にいても、観客の頭越しに見る彼女は舞台だけのものなのだろう。柔らかく酩酊させようとする舞台が進むに比して、醒めた頭は役者のことばを追いかけ、演じられているそれを自分が分かるものに分類しようと躍起になっている。そうしているうちにもスライドには『エピローグ』の文字が浮かび、終わりの近づきを観客に知らせた。ほっと息をつく。役者が並んで一礼し、明るくなった劇場の席から立つと、うねりが絡みついたかのようにずしりと体の重みを自覚した。
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<遊び心のプログラム>番外編:機械の機嫌

2014年10月11日 | コラム
 旅行から帰ってきてまずすることは部屋のニンテンドウ64のスイッチを入れることだ。以前ほんの一週間ほどほったらかしていただけで『風来のシレン2』のデータを吹っ飛ばした実績を持つかれは先代の64に引き続いて気難しい。恐る恐るスイッチを入れる。機器に電気が通じたことを示す赤ランプが点るが、画面からは「ぶちっ」と電線がはじけたような音と一瞬黒い画面を白い真一文字の光が明滅したきり沈黙を保っている。朝から出かけなければいけない次の日よりも今正常に動かない機械の方が心配になり何度もスイッチを操作した。画面は暗いままだった。電源アダプタや画面を表示するために接続するコードをつなげ直しても頑なにゲーム機は黒い画面を表示し続ける。

 意を決しゲーム機へ差し込みっぱなしのソフトウェアのカセットへと手を伸ばした。力を込めてカセットをゲーム機から引き抜く。ぐらつく端子が上手く噛み合うことを願ってゲーム機の差込口へ灰色のカセットを押し入れ、もう一度電源のスイッチを入れる。電子レンジの回転音を上下に揺らしたような不安定な音と共に赤青緑の光の三原色で構成されたブロックが乱雑に画面へ現れた。スイッチを切った。カセットを数回抜き差ししてしばらく、やっとゲームのタイトルロゴが画面へ表示される。
悦び覚めやらぬまま一息ついて中途のデータを選んでゲームを始めた。

 何事もなかったかのようにキャラクターを操作して先の苦労も忘れたころ、ふいに文字を構成する白いドットがぐちゃぐちゃに散らばって画面は私の手に握られたコントローラの操作を一切受け付けなくなった。凍りついた画面を称してフリーズとはよく称したものだが、ゲームが動かない現状をことばに託しても仕方ないのでスイッチを切り、電源を点けた。正常に表示されたロゴに安堵したのもつかの間、真っ先に表示されたのは無機質な白文字でデータ消失を告げるメッセージだった。
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