えぬ日和

日々雑記。第二、第四土曜更新を守っているつもり。コラムを書き散らしています。

・開けてはいけない口

2017年01月28日 | コラム
 朝10時くらいの日比谷の喫茶店は特定の条件を満たしたときの現象に数えてもよいと思った。劇場近くの喫茶店はほぼ満席なので地下鉄出口近くの、一杯700円代という高さで客をしのいでいる喫茶店に入る。まだモーニングセットも終わらない(そもそも休日にも関わらずモーニングセットを売っている時点で店側の狙いは推して知るべし)時刻にアフターファイブのようなお洒落に身を固めた女性が点々と席に座っている。隣に座る女性がしきりにスマートフォンを触り入り口を気にしている。注文したトーストを齧っていると似たような髪型の女性がもう一人「ごめーん」とマントのようにコートを振り回しながら隣の女性の向かいに腰かけつつやってきたウェイターにコーヒーを注文した。

「大丈夫、しょっちゅう来てるし10人とかで来ることもあるから」

 隣の女性から同意を求められたウェイターは笑顔を崩さずメニューを捧げてカウンターの奥に消えた。「11時の公演だよね」と喋っている彼女たちの行き先は私と同じく東京宝塚劇場なのだろう。次々と「11時」とあちこちの席から上がる声を背に外を出た。

 とにかく貝になれとしつこく言われた劇場の席番は注意の量と引き換えに「いい席」だった。ふとした感想でも誰が聞いているかわからないから、と、あまり理解したくない類の緊張感に苛まれながら席につく。徐々に席が埋まる。妙齢の女性が大半だが男性客もちらほらと見える。どれほどが「誰」なのかはわからないものの、花粉並みに視認出来そうな圧力に私の口は勝手に閉じたまま開演をひたすら待っていた。
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・ちらつく曇り

2017年01月14日 | コラム
 カウンターのみの狭い店内の奥から往来を眺めると白いものが散っていた。「雪ですね」と喫茶店の女主人に声をかけると座っていた他の客も揃って顔を窓のほうに向けた。「ぼたん雪のようですね」と女主人が言った。雪は真向いの店の赤いシャッターへ降りるようにほろほろと右から左に吹き流されている。窓の外で通りを過ぎる人はそれぞれに、お喋りに興じたまま気づかない一団もいれば連れの肩を叩いて空を見上げている小母さんの二人連れもいた。

「電車が止まったら明日は休もうかな」
「店に泊まればいいじゃないか、寝袋敷いて」
「嫌ですよ、狭いし」
「じゃあそこにハンモック吊るしてさ」
「そんなことできませんよ」

 常連らしい毛糸の帽子を被った老人の楽し気な提案を荷物のように片付けて女主人は流しの洗い物を片付けはじめた。
 二日前ほどから天気予報は盛んに週末の荒天を語っていた。予報通り朝は陽が射していた今日は昼頃から雪を運ぶ雲特有の浅い灰色をした雲が空に重く覆いかぶさっている。降りそうだという気配は雨雲と似ているが雪雲は雲の下に底冷えする空気を伴ってやってくる。昼を過ぎたばかりの午後にも関わらず雪雲が来た途端辺りの空気がストンと入れ替わった。お定まりの「冷えそうですね」「寒そうですね」と客同士は言葉を交わす。雪は変わらない調子で風に乗って降り続けていた。私がコーヒーのお代わりを頼むと、老人は「ソフトクリーム」と空になったアイスコーヒーのグラスをストローでかき回しながら言った。
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・間のできる時

2017年01月01日 | 雑記
 おせち料理を皆でいただいて福袋の売り出しに行き、ほどほどに疲れて帰って軽く眠る。起きると日が暮れている。何か手に取ろうかと思っていても「正月だから」と自分を甘やかしてぼんやりテレビをつける。この時のテレビが割と問題で、だいたい二時ごろお昼寝お昼寝と布団に入って起き上がると四時ごろ、特番までの約二時間半(あるいは三時間)まで絶妙に空間ができる。現在進行形で放送している笑点すら本来の放映時間を取られて「本番はまた来週」仕様にされているほどの空隙だ。

 先日から始まりピークを〇時で迎え、深夜をはしゃいで休憩をはさみ朝を迎え福袋の確保に急ぐという、人によってはそれが通常の職業の方もいらっしゃるだろうが大体の人にとっては微妙に大変なスケジュールをこなすと本格的な休息時間は二時ごろになるのではなかろうか。なんとなくこのところの自分の行動パターンを見直した以上の証跡はないが。
 怠惰の二文字で終わっても仕方はないものの、やはり眠るのが一番よさそうな気もする。

 なお初夢は「一月二日」に見る夢なので、今日焦って宝船の絵を枕の下に敷かないようご注意ください。


 二〇一七年の冒頭から二〇一八年の話をするのもどうかと思いますがそろそろ本ブログも来年あたりで一〇周年を迎えようとしております。文字だけ、文章だけという制限の大きいものの伝え方を通じて考えさせられることも徐々に増えるこのごろですが、本年もどうぞよろしくお願いいたします。
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