えぬ日和

日々雑記。第二、第四土曜更新を守っているつもり。コラムを書き散らしています。

・散歩道のあとに

2017年09月23日 | コラム
 喫茶店を出ると三時半を過ぎていた。電車が混みだした。部活帰りの学生が背負う種々雑多な鞄に押されて人数こそまばらだが車内は狭い。混みどきの山手線のように席のない車両があればよいのに、とも思うが、それはそれで席のある車両が混みそうだ。座って鞄の中から本や携帯ゲーム機を出し入れすると期待を含んだ眼差しが刺さる。次の駅で降りるのだろうか、降りてくれ、そして席を空けてくれという目つきが上から降ってくる。あるいは下りないのだろうか、どちらだろうか、と、何も悪さはしていないのに胡乱に見られているようで居心地は悪い。
 歩いてどこかで一杯コーヒーをいただくだけなら近所で十分なような気もするが、知った顔や往復する人の多さに息が詰まりそうになるので、もう少し閑散としたところに出たくて電車に乗る。街が離れてゆく。足を動かさずにどこかへ運ばれてゆく。
 ただ三十分ほどの手間をかけて街を離れ、着いた先もまた人が行きかう街なのだけれども、喫茶店へ向かうまでの川べりの道は人通りもなく息をつける。ただ、そこまで足を運び静かな時間を得たところで、また三十分をかけて騒がしさに戻らなければならない。それが帰るということだ。散歩を終えながらバスまでの時間つぶしにチェーンのファストフード店に入り、ターミナルのタクシーを見比べながら日が暮れていった。
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風邪をひくとき

2017年09月09日 | コラム
九月は振り返ってもよく体を壊している印象がある。一応、気温の変動や天気の気まぐれといった原因はあるらしい。
とはいえ休まないで動き続けられた年のほうが少ないと近々を思い返して指を折った。
あまりうまく眠れなかったせいかもしれない。喉のかわきで目が覚めた。順々と体調は悪くなり夕方を迎えるころには
熱をぼんやり帯びた頭で何もまとめられずに家を目指していつもの道をたどっていた。その晩はのど飴をなめながら寝た。
次の朝に熱を測ると七度と少しあった。木曜日だったので医者は休みだったものの、歩いて出かけるのは大分億劫な仕事に
なっていたので家にいることにした。眠っても眠っても起きる。息が詰まって目覚めた。鼻を何度もかんでいた。
喉は相変わらず焼石を入れたように干からびていた。

金曜日は家を出た。喉の熱さに加えて鼻がすっかり詰まっていた。秋風も暑苦しいほど体に熱がこもっているが、
体温計の数字は低かった。電車に乗ると人いきれで頭が重くなる。マスクをつけた姿はどう見ても風邪ひきなものの、
外へ出なければならない日だったので優先席に座る。すっかり忘れていた。うとうとと数分すると電車が駅に停まり、
閉まる寸前に何かが乱暴にドアへ挟まった音がした。低い男が唸るように「殴ってやる、殴ってやる」と、ドアの側で
呻きだした。最近その車両のその席の近くにこの駅で乗り込み、次の駅に着くまで誰も誰かはわからない男へ延々と
約4分間自嘲ふうみの恨み言を言い続ける男のことを忘れていた。小心なのか狡猾なのか、彼の狼藉は電車の中だけで、
ドアを派手に殴りながら焦点を誰にも合わせずにがなりたてるだけで、まだ人の少ない区間だからそれができることを
理解しているかのように彼はドアへこぶしを何度もぶつけ、時に笑い声を立てながらパフォーマンスする。
周りは当然ながら巻き込まれてそのこぶしをぶつけられるのを避けるためにスマートフォンや窓の外へ目をやり、
座る人は目を閉じる。だが至近距離はまた別だった。ドアが殴られる振動が響く。耳をふさいで目を閉じると頭痛が増した
気がした。

その日も同じように彼は同じ駅で悪態をひとつ残して降り、入れ替わりに人がどっと増えた。熱気で頭が重くなりながら、
電車に乗り続けてその日の行き先に向かった。

結局医者に行ったのは土曜日の朝で、病名は「副鼻腔炎」だった。
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