えぬ日和

日々雑記。第二、第四土曜更新を守っているつもり。コラムを書き散らしています。

・『黄金州の殺人鬼』 雑感

2020年10月24日 | コラム
 見るべきはミシェル・マクナマラがつなげた巨大な官民混交のネットワークであり、物語として語られ続けるに足る骨子だ。少なく見積もっても五十名の女性を強姦し、十数名を殺害した兇漢ジョゼフ・ジェイムズ・ディアンジェロの起こした事件を一般のライターの立場から追い続け、本の完成と逮捕された犯人の名前を見ることなく病でこの世を去ったミシェル・マクナマラの途切れた仕事を夫の俳優パットン・オズワルドが受け継ぎ、彼女の協力者とライターを雇い彼女の没後に見つかった資料を集めて接いだ「物語」が『黄金州の殺人鬼』という本だ。一九七四年から一九八六年にかけてカリフォルニア州を中心に大勢の被害者を襲撃した事件は本の執筆時点で既に始まりから四〇年近くの時間が経っており、事件そのものは風化しつつあった。ミシェル・マクナマラが事件を追いかけだした頃には最後の事件から二十年が過ぎ去ろうとしていた。
 この手の殺人犯を扱おうとする本は概ね犯人そのものにスポットライトを当てて、いかに彼が異常な人間か、また悲劇的な背景のもと育ったか、といった調子で半ば食い気味に殺人犯の人物を加飾しようとする危なっかしさと中途半端さに落ちかねないが、ミシェル・マクナマラは自らの推理と想像に落ち込むことなく彼の遺した物証と起こした事件を客観的に突きつけることに徹している。顔と名前が見えないがため、殺人犯の個性という一見濃厚な墨で事件と被害者の受けた傷は隠されることなく、読者には起きたことがらの大きさと正当な衝撃が伝わる。ストイックに犯人が正当な罰を受けることのみを望む著者は抱えた情報をオープンにし、ブログを開設して鋭い論説を並べ同じ問題を追い続ける人たちをインターネットにより結び付けた。その仕事は取材を通じて警察関係者にも結び付き、本は犯人よりも犯人を追いかける女性の精力的なはたらきを映し出してゆく。
「世界が変化したとき、あなたは逃げたのだと思う。確かに、年齢を重ねたせいでスローダウンしたのかもしれない。かつては勢いづいていたテストステロンが、今ではぽつりぽつりと滴るだけ。しかし真実は、記憶の衰退である。紙は劣化する。しかしテクノロジーは進化する。競争相手が後ろから追い付いてきたのを肩越しに見て、あなたは逃げ出したのだ。」
 犯人に向けた呼びかけは言葉となって本のエピローグに残る。本書が発売された二か月後にDNAのデータバンクを基にディアンジェロが逮捕された餞を以て本は閉じられるべきで、ディアンジェロの人となり自体は、本にとってはどうでもいいことなのだ。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« ・『返校』雑感 | トップ | ・浅草補記 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

コラム」カテゴリの最新記事