えぬ日和

日々雑記。第二、第四土曜更新を守っているつもり。コラムを書き散らしています。

・華の観梅から

2018年02月24日 | コラム
 亀戸天神の梅は早咲きで日当たりのよい木の花が散り始め、遅い木は五分咲きからつぼみの間だった。小ぶりな丸い花びらの五弁花の白梅「月影」が境内に一本だけあった。日当たりのせいか、早めに咲く種類なのか、満開を過ぎて散りかけていたその期は、吉野梅郷の張りのあった花より肩を縮めて狭そうな風情だった。見驚梅、白加賀、鹿児島紅、東雲という種が多く、一つの木に紅梅と白梅が咲く「思いのまま」が二本。薫りが広がって鼻から抜けるようにさわやかな空気だった。
 二月二十五日の縁日の手前、まだ境内は静かで露店も少なく、ゆっくりと参詣した。境内の参道を真っ直ぐに出てすぐ傍の船橋屋本店に初めて入って、品よくまとまった味の豆かんをいただいた。庭には背の低い白梅がちらほらと咲いていた。
 八重咲の梅はあまり見かけず、こぼれるような枝ぶりの枝垂れ梅を眺めながら、吉野梅郷の梅の伸びやかな咲きっぷりを思い出していた。山の斜面を贅沢に使い、高だかと木々は枝を伸ばしていた。その先だけに小粒な薄紅色の花をつける「鶯宿梅」、牡丹のように花びらを重ねてはっきりとした白へ赤みの深い桃色が混ざる八重咲の「朱鷺の舞」、尖った花びらが蝶の羽を思わせる「書奥の蝶」、頬紅を薄く掃いたような「酔心梅」の花々を支えるように、梅郷の麓には実梅が太い幹に白の大輪を咲かせていた。太い幹に咲く梅はたくましく素朴で、花梅の華奢な枝ぶりとは対照的に横へ太い枝を延ばし、若い枝を細かく張り巡らせていた。
 防除のため数年前に吉野梅郷の梅は実梅の畑から伐られてゆき、最後に丸坊主になった梅の公園の山にはスイセンや福寿草が咲くようになった。よすがを忍ばせる、格子状に切れ目を入れられた梅の切り株たちが居並ぶ景色は、手前の墓地と相まって寒々しい静けさに満ちていたことを覚えている。花梅を集めた園を眺めるたびに、それからは子供の腕で一回りはあった実梅の幹を思い返すようになった。かつて学生の頃に向かいの山から眺めた吉野梅郷の、白と紅色でうずまる山に比肩する景色を探して、街の梅に思いを寄せる二月が過ぎ去ってゆく。
 伐られた梅の代わりに新たな梅を控え、明日から吉野梅郷の「梅の公園」は「梅まつり」を始めるとポスターを見て、少しだけほっと息をついた。
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・遊びの仕方(『真・三國無双8』)

2018年02月10日 | コラム
 弟がシリーズを一応は買い続けていたことは知っていたものの、PS2版『真・三國無双5』で、それまで愛用していた勢力のストーリーが苦痛で止め、しばらくはその勢力の話を振ることもためらわれる様子に付き合った身としては奇妙な感覚を覚えた。本作は「オープンワールド」を謳い、過去作ではメニュー画面から選択していた目的地へ馬や拠点を活用しながらフィールドを動き回ることで移動できるようになったことが眼目らしい。彼のプレイ画面には薄い栗毛の馬にまたがった、怒髪したまま手入れを忘れたらしい逆立った髪のキャラクターが映っていた。馬から降りて武器をふりまわす、過去作とあまり差異の分からない遊びの部分では長柄の武器を取りまわし、ろうそくの火を吹き消すように兵士がSF映画のような光のエフェクトと共に倒れて行った。カメラは若干引き気味で、ラジコン操作のようにも見えた。

 一通り楽しんでいる様子なので、少し訊ねてみると、「張角に方天画戟を持たせて暴れている」と、ケロっとした表情で彼は話した。シリーズ6でお目見えして「全員コンパチシステム」と揶揄された武器の持ち替えは健在らしい。後漢後期の象徴的な人物である張角は、もともと序盤のボス敵のような扱いで、倒すために多少癖はあるがプレイヤーが攻撃できるように隙も多分に用意された動きのキャラクターだった。そのためプレイヤーが操作すると三国時代の有名な武将どころか兵士たちにまで、的確にモーションの隙を衝かれて一方的に攻撃されやすいため、武器が固定されたシリーズでは使いづらさの目立つキャラクターだった。新興宗教の教祖という立場をユニークに誇張された性格は「面白い」ともとれるので、武器が変更できるならばそれで遊べる方がよいだろう。

『無双オンライン』のようにキャラクターエディットでも良いのではという疑問は、シリーズ6発売当初に議論された話題なので脇へそっと下げた。フィールドを移動して地方の広さを楽しめる馬の移動はよく出来ていると彼が行った後、恐る恐る訊ねた。
「話は大丈夫だったの」
「ああ、見ていないからどうでもいい」
 今のところはかつて彼にトラウマを植え付けた勢力も、まあまあ大丈夫そうだと手を付ける気になっているそうだが、三國時代の地理を体感的に楽しむことを中心とする腹積もりはかなり固く決まっていることは、言葉の端々から読み取れた。
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