えぬ日和

日々雑記。第二、第四土曜更新を守っているつもり。コラムを書き散らしています。

平野耕太「以下略」読了

2009年04月29日 | 読書
いろいろと新刊が登場して忙しい昨今ですが、表紙買いしてしまいました。
「ヘルシング」最終刊が出たのがつい昨日のようです。

:ソフトバンク「以下略」 平野耕太作 2009年

あれです。柴田亜美の「どっきんばくばくアニマル 番外編」と
中身は同じです。
月刊ゲーマガ、ゲーム雑誌で連載を続けるゲームとオタクのネタまみれの
まんがです。
ただ柴田亜美がど正面から自虐に走っているのに対し、
平野耕太は自虐とゲームネタが入り混じっていて、「ヘルシング」
あとがきまんがにほんの少し理性を聞かせた程度のカオスっぷりな
漫画になっていると思います。

あるゲームショップを舞台に、つれづれとダメ人間達がゲームの雑談を
したおすという、登場人物が実在の人物でなければほとんどエッセイに
近いまんがです。後半につれて作者の代弁が多くなってきて
セリフがバカスカ増えてくるようなこないような。

ネタはオタク的と言う意味できつい程度ですが、
独特の太い線とセリフ回しで味付けされたせいで、
相当濃いです。生クリーム一気飲みするような感じです。

まあそんな、な中身はともあれ(いいのか)カバー裏の
「墓場まで持っていきたいゲーム集」
が微妙にすきです。書いてあるツッコミがいちいち微妙です。

「太閤立身伝Ⅴ」→へうげものごっこができるほぼ唯一のゲーム

が今日のつぼでした。だってその通りなんだもの。

あととりあえず、「無双OROCHI」のネタ章があった上に、
平野画の横山光輝仕様(たぶん)諸葛亮と無双仕様(ぽい)曹操を見つけ、
電車内で笑いをこらえる変な人と化しました。
曹操はどこでもおいしい素敵なキャラクターだと思います。
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伝統工芸展につっこんでみた

2009年04月26日 | 雑記
日本橋。
天下の三越さまのお隣のお隣に千疋屋がありますね。
ガムシロップ無しのレモンスカッシュはたいそう口がさっぱりしました。
待ち合わせ、メールの有無をたしかめながら緑のストローを吸い上げて、
しばし待機。

本日は三越の「東日本伝統工芸展」へ足を運びました。
しかも案内つきというゼータクな鑑賞です。
ミーハー民芸愛好家には願っても無い機会でした。

展示作品は、東日本(北限は北海道)に在住する工芸作家のもので、
陶器、漆器、染織、螺鈿、蒔絵などなどなど。
女性作家が意外にも多く、単なる技術の保護だけではなく、
もっと自意識の強い芸術性の高い作品が目に付きました。
個人的には、昨今陶器にはまっているせいもあって、
純白の白磁の大鉢がスカっとしていてよかったと思います。
「そうめんを入れたい」
と連呼し今回解説なさってくださった蒔絵師の方に迷惑をかけながら、
一通り閲覧。

やはり「今」どうなって、何をつくりたいのか、
ということは、こうした展覧会に足を運ばなければならないので、
よい機会でした。

美術、と言うものを思想や学問として捉えたわけではなく、
ただ好みのうるさいふつうの人として、こうしたものを見て
思うことは、ひどく迷っているなあと思います。
作っている当人の手がまよっているのではなくて、
作られたもの自体が、ものとしての目的がよくわからなくて、
混乱しているように思うのです。

もっとつめたく言えば、
「使用目的」においてアイデンティティを失っている「もの」が
あまりにも多すぎた、というのが本日の印象です。

確かに、きれいな螺鈿の箱や、美しい漆塗りの盆は、
その形態において「箱」であり「盆」ですけれども、
じゃあこの「箱」はどうやって使おうか、いつ使おうか、
使われている姿がみえてこないのです。
グラビアのアイドルの姿がポーズであって、普段の姿ではないように、
格好付けとして「使うことができるもの」の姿を取れても、
普段着の姿が見えてこない「使うことが出来るもの」とは
一体何なのでしょうか。

工芸は、技術の保存が重要だと、閲覧が終った後のお茶で
友人交えて語り合いました。その対話の中で、こうした技術によって
作られたものは、もう、芸術品・美術品、にならざるを得ないのだな、
という実感を得ました。
かといって、芸術的な「オブジェ」であるにはあまりにも、あまりにも
身近に過ぎる姿が工芸品の混乱を招いています。
ですが、これも対話の中で確認したことですが、工芸が工芸であるためには、
技術を「もの」を離さないことが必要です。
つまり、ものでありながら、使用される形でありながら、
オブジェにならざるを得ないというところで、ものは混乱しているのでは
ないか、と思うのです。

工芸は技術として保存したいとおもうことは人情です。
でも、つくる技術があんまりにも個人的な嗜好になっていることを
お聞きした後は、
「工芸家たちは、ほんとうに『保存』ということを考えているのか?」
と疑問ばかりが頭をよぎります。

企業では絶対叩き込まれる「お客様意識」のない工業物は、
マジで利用に耐えない可能性があることを製作者は意識すべきです。
たとえそれが、ひどく個人的な相手であったとしても、
技術の進化を進めるより、だれかにこう使ってもらいたいという祈りが
少なくとも「工」を名乗る上で大切なのではないでしょうか。

使うためにある技術が、古くなるにつれ芸術になるのはしょうがないことです。
ですが、使う人を見つけない怠慢に乗っかって、
自分の技術を最初から高いところに置いたものづくりだと、
作られたものはそれを嫌がると思うのです。
白磁にそうめんやフルーツポンチを入れてしっくりさせられる、
使いこなした上でその美をわかる感覚の人はきっといるはずです。
工芸家ひとりひとりが、いい使用者をお得意様として掴んでほしいと
切に願います。
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クリント・イーストウッド監督「グラン・トリノ」

2009年04月25日 | コラム
いい映画でした。

そういえば「コラム」のルールをちゃんと書かなかったのでかきます。

・800字以内。

どっとはらい、です。

:「グラン・トリノ」 2008年 クリント・イーストウッド監督

 はじめて、映画を観た、と思った。これは映画だ。ほんとに映画だ。クリント・イーストウッドがいい。ビー・バンがいい。庭がいい。名車グラン・トリノがいい。つややかに走るグラン・トリノのボディが目の前を過ぎ去って行く、エンジン音の代わりにジャズを乗せてカーブを曲がる一連になんともいえず清涼感がある。

 昨年、アンジェリーナ・ジョリー主演の『チェンジリング』で多くの賞を獲得した矢先の公開である。だが本作『グラン・トリノ』も、興行収入がイーストウッド監督の自己ベストを更新するほど、堂々と話題をさらっている。たかぶった時の左頬のひきつりが、張り詰めた肌のシワとあいまって頑なな顔の、監督であり、主人公の元軍人・ブルーカラーのウォルト・コワルスキーを演じるイーストウッドは当年とって79歳。いい男だなあと思う。傷ついた両手で座るソファが似合う老人そのままだ。

 妻を亡くし、息子夫婦ともどうもぎくしゃくする独居老人のウォルトは、気づくと街ごとベトナム戦争時代にアメリカへ移住してきたアジア系のモン族たちに囲まれていた。お隣さんも、お医者さんも、チンピラもモン族。ウォルトが子供よりも愛するグラン・トリノは私より年上のくせに、椿の葉のようにつるっとしていた。そんな車を、ビー・バン演じる少年タオが盗みに入る。グラン・トリノは初めてウォルト以外の人を知ったわけだ。

 とにかく暖かい。画面に出てくるもの全部に血が通っている。作り手にいい意味で悪意がないから、物語で起きることに自然と整合性が出来ている。どこかふあっとした空気に見ている側はフィクションの楽しみを感じるのだ。登場するモン族の大半が、演技経験のない市井の人々ということもあるだろうが、イーストウッドという監督の行き届いた指揮がそれを作品にしているのだ。タイトルのくせに、まるでテレビの路上中継にたまたま映った通行人のような表情のグラン・トリノがひどく可愛い。
(796字)
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青木正児「酒の肴・抱樽酒話」読了

2009年04月21日 | 読書
:「酒の肴・抱樽説話」青木正児著 岩波文庫 1989年

――

  対酒当歌 酒を手にしたら、まず詠おう。
  人生幾何 人生は短いのだ、
  譬如朝露 昼には消える朝露のように。
  去日苦多 過ぎ去ってゆく日がこんなにも多いことを、
  慨当以慷 たかぶる心のままに嘆いても、
  幽思難忘 沈む思いは消え去ることはなくて。
  何以解憂 どうすれば、この憂いは消えるのだろう?
  唯有杜康 ……ただ、酒があるだけか。

――曹操「短歌行」より 筆者意訳

とても有名な歌です。「レッドクリフ PartⅡ」でも、酒器片手に
曹操がこの歌を朗読していました。
一番有名な節が酒を詠うこの箇所かと思います。
本来は「短歌行」という曲に当てられた歌詞なのですが、
今こうして漢字だけで読んでいても語感が躍動していて、
勢いがいいのにどこか繊細な美しさのあることばが、
1800年前の憂いをふつふつと語り続けています。

さて、本の話です。

冒頭の「唯有杜康」を日本語で使いこなすおそろしい本です。
タイトルどおり、ひたすらお酒とおつまみのうんちくが
つづられた随筆です。
アテネ文庫で出た「酒の肴」と、「抱樽酒話」が一つにまとまり、
前者がおつまみ、後者がお酒で、字面だけでもほんのりと顔が
あからむようです。

作者の青木正児は、下関出身の中国文学者です。
ただの中国文学者ではなく、日本の古い文書にも通泥した
幅広い教養(使い古されていますけど)の持ち主です。
そんな彼が書いたのですから、当然、中身は中国のものかしら、
と思いきや、タイトルを見ると
「酒盗」だの「河豚」だの、「鮒鮓」だの、
あら、と思います。
日本のものではないかしら、そう思いながら本を開きます。

「鮒鮓」の章では、京都へ修学旅行した幼い日の作者が、
保存のために鮒をつつんでいる飯の腐った匂いに辟易して
捨ててしまった思い出から始まります。
この鮒鮓、私たちがふだん口にする鮓とは違います。

『およそ鮒鮓くらいわれわれの鮓と言う観念から遠いものは無い。
(略)しかしスシは漢字で見ると、鮓にしても鮨しても
 魚編であって、米偏でも食偏でもない。
 これはその主体が魚にあって飯にあらざることを
 物語るのであって、その魚を食えば飯は棄ててもよいわけである。』

さらっと作者は言いますが、おお、とこちらは引き込まれます。
漢字の世界から導入して、中国の文化を紹介する、と言う方法は
しょっちゅう行われる手腕ではありますけれども、
ここまでこなれたことばで現れる人はやっぱり、この時代の
しっかりした学者さん特有なものかも知れません。
以前紹介した奥野信太郎も、この手の人だと思います。

漢字から始まり、鮓のでき方から流れるように詩歌の引用へと
続きます。それでいて肩はこりません。むしろ、どんな味がしたのか、
当時の文人達はどうやって味わったのか、そればかりが気になります。
中国の文例が次々とおてだまのように取り出される一連は
さすがのひとことです。

お酒を飲むことを直接書いた「抱樽説話」よりも、
「酒の肴」のほうが、好きなことへの気がほどほどに抜けていて
按配がよいです。あくまでお酒が好きな人のかいた、お酒の好きな人、
お酒に関わるすべてへの文化史ではないでしょうか。
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ジョン・ウー監督「レッドクリフ PartⅡ~未来への最終決戦~」

2009年04月19日 | コラム
申し訳ありません。今回、とてもダメなコラムです。
いろいろとご指摘願えると幸いです。すみません。

:「レッドクリフ PartⅡ~未来への最終決戦~」ジョン・ウー監督 2009年4月

――眉間のシワ映画

 やれやれと背もたれのふかふかした椅子に座り込んでふと見ると、隣の50代前半と思われる男が文庫本を、映画館の薄明かりで読んでいた。自然とわたしの目は文字を辿る。「……○○子は、唇を薄く開いてあえいだ。『ああ、あなた…』」官能小説だった。おい。

 幸いにして痴漢にあうこともなく、二時間半の「レッドクリフ PartⅡ~未来への最終決戦~」はつつがなく終わった。これで、昨年の「PartⅠ」とあわせ完結したこととなる。ジョン・ウー監督の二部作「レッドクリフ(原題:赤壁)」は、「三国志」の周瑜を主人公にした物語である。とはいえ、歴史ドキュメントの映画ですとも言いづらく、あえて言うなら「三国志」風味のアクション映画、といったほうが良いのかも知れない。
 
 とにかく全てが未消化の映画だ。「PartⅠ」で描かれるこまごまとした仕草の数々を「PartⅡ」でも重ねながら突然、という勢いで始まる戦いは、CGも含めて観るものを置いてきぼりにしてしまい、流れが悪い。元々主人公周瑜を演じるはずのチョウ・ユンファが降りてしまい、からだの調子が良くないトニー・レオンは、激しい剣舞や剣劇を頑張っているけれどもいかんせん全体を通してみると意外なほどに出番が少なく、また周瑜側で取り上げられる人物が多すぎて、場面が次々変わり集中しづらいのだ。
 
 一方でチャン・フォンイー演じるラスボス曹操は、通してカメラが固定されているため、キャラクターが掴みやすく、わかりやすい。ラストシーン、髷を射抜かれた曹操の、ほどけた髪で向き直る顔のアップは白髪と合わせて、漫画「蒼天航路」の曹操のカットと瓜二つでずるっと身体がすべったついでに隣のおやじと肘が触れた。ぞくっとして前を見るとひたすら死体を踏み越え戦場から去る曹操。どう見てもバッドエンドの主人公である。おい、周瑜の映画じゃなかったのかこれ。あ、テーマ「反戦」。あ、そう。なら曹操側の映像にショック受けさせるのが狙いなわけか。な、る、ほ、ど……?(803文字)
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柳宗悦「柳宗悦随筆集」(水尾比呂志編)読了

2009年04月17日 | 読書
:岩波文庫 『柳宗悦随筆集』柳宗悦著 水尾比呂志編 1996

生まれる時が早すぎた人は大勢いる。
柳宗悦も、そうした人の独りだったかも知れない。
でも、あの時代に彼が生まれていて良かったとも思う。
彼は芸術家でも、工芸家でもなかった代わり、行動する思想家だった。
だから、みなの心底に通じる思いを言葉にして、訴えることができたのだ。
彼の仕事は日本民藝館となって、駒場東大の近くにひっそりと雄雄しく
立っている。日本のかつての心をめいっぱいに集めて。

こんな仕事が出来たのは、この人があの時代に生まれていたからで、
そう思うと、やっぱりあの時代でよかったのかな、と思う。

柳宗悦の思うことはそんなにむつかしいことではない。
ただ、まとめるのが非常にむつかしいのだ。
「つまるところ」がつかえない。
どんな思想家でもそれはそうなのだが彼の場合、ものがからんでくる分
もうすこしむつかしくなっている、と思う。

随筆は、とてもストレートに柳の思いを語っている。
断片みたいなもので、中には女性に向けて語ったものもあったり、
啓蒙したり、考えたりとまじめな柳が見えてくる。
ちょっとお説教ぽくて堅苦しい。

たとえば一文「野口シカ刀自の手紙――野口英世博士へ与えた母の手紙――」
の中で、野口シカという無学の老婆が書いたたどたどしい筆跡を彼は
美しい、
と思い、それは確かに、胸を打つ美を持っていることを、
ここまで柳の言葉を追いかけてきた人間はたぶん知ることができる。
でもそれは、柳の徹底的な「美」の分析にかけられるリクツで納得してしまう、
そんな恐ろしさがある。

『……美しいものを見ると、どこからその美しさが湧き出るかの
 謎を解きたい心に駆られ、あれやこれやと想いを廻らせたのである。』
――同章、文中

ここで柳は、「心のやどるものがうつくしい」(筆者要約)と語る。
文中で柳が語るとおり、宮沢賢治の言葉の流れのように、シカ刀自の
言葉は文字とあいまって確かに、ほんとうによい。

実際に見てもらいたいが、引く。

『……はやくきてくたされ。はやくきてくたされはやくきくたされ。
 はやくきてくたされ。いしよ(一生)のたのみて。ありまする。
 にしさむいてわ。おかみ(拝)。ひかしさむいてわ。おかみ。
 しております。 きたさむいてはおかみおります。
 みなみたむいてはおかんておりまする。
 (略)
 はやくきてくたされ。いつくるトおせて(教えて)くたされ。』

心がおどっている。それもしんから、人に見せようとするものではない、
その一瞬ひとりの人にずどんと捧げられた心のせつないリズムが、
どうしようもなくこちらの胸をうって、
手描きの文字を揺れる車内で読みながら、涙がぽろぽろこぼれてきた。
刀自の手紙に解説を添えた高崎辰之助というひとも、
こまるくらい涙がとめどなく溢れてきたといっていた。
そういう手紙、ひとりのひとに捧げられた思いが、皆の心を打つ、
字形と言葉がひとつになった手紙が刀自の手紙だ。


これを柳は「美しい」という。


それを「美」とくくってしまうことが、正しいことなのか、
わからなくなって、わたしはごちゃごちゃしてしまった。
そもそも「正しいことなのか」と問うことが、正しいのか、間違っているのか、
それもわからない。
ただ柳の感じ方において、わたしが首をかしげたのは確かなことなので、
とりあえず文字にして残しておこうと思う。

また独白になってしまった。迷っています。
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幸田文「草の花」読了

2009年04月15日 | 読書
桜の花が散りました。
つくづくと散るための花だと思います。
花びらに、昨晩降った雨がたまっていて、風が吹くと
花びらと一緒に水滴が、横から降り初めの雨のようにとんできました。
あんまりにも今日は青天で、桃色の花びらと水滴が舞い、顔にぶつかって
つめたくて、心地よくて、いい朝でした。

ポンポン玉のように咲く八重桜の下を歩きながら、うす桃の
小さな花びらが肩口を過ぎてゆきます。
やっぱり、桜には風が似合うと思うのです。


:講談社文芸文庫「草の花」 幸田文 著

 あ、普通の感性のひと。
 そう見てしまうと、面白さ、というものは半減してしまうとおもいます。
 ありのままのことを、すっきりと書くことにかけては抜群なのです、
 この人は。

 幸田文は、幸田露伴の娘です。多くの随筆に登場する彼女の父親の方が、
 インパクトを持って残っているのではないでしょうか。
 幼い頃生みの母親を亡くし、新しい母親、洋風の学問を身につけ、キリスト
 教を信仰する知的なかたに育てられた思春期の時期をまさに「流れる」
 ように描いた随筆が本書「草の花」です。
 
 講談社現代文庫版には、表題「草の花」のほか「身近にあるすきま」、
 「きのうきょう」と三つの随筆集が詰まっています。
 書かれた年代が、「草の花」と「身近にあるすきま」の間で五年ずれています。
 この五年で、彼女が見ているものがすこしずつ異なっていったのかな、と
 思いました。

 「草の花」から引きます。
『……その日それからの時間は全部その手紙に左右されきった。
 妙な手紙、妙な文句。
 「生涯かけてあなたを愛し続けることを、主イエスの御名によって。」
 ――ここのところは正枝さんに読まれたとき、ことにぞわぞわっと
 いやだったじゃないか。 
 だのに、なぜだろう。
 誘われるのだ。
 読んでは乱され、また読んでは乱され、
 乱されることはははにも隠してたいそぞろな快さであった。』―「ふじ」より

 一方で、「身近にあるすきま」からは、 
『……一見鄙びた花ではあるけれど、よく見るとその色は
 見ざめのしない染めあがりを見せています。
 白い花びらは、雪を欺く白さではない、
 銀に光る白さでもない。
 でも、この花独特のなつかしい温かさで白いのです。
 頬につけてみたいような白さです。
 深々と清潔に白いのです。
 うす紅い花びらならなおのこと可憐です。』―「山茶花」より
 
 どちらも幸田文です。
 どちらも、一方は学生の淡い恋の時期を、一方は庭に咲く山茶花を、
 あるものを描いたものです。
 彼女が想像して夢を描いたものではありません。
 違うものを描いているのに、彼女の筆と感覚はかえっていや増しています。
 
 その筆調があまりにもまっすぐで芯が強くて、想像の余地のない
 シビアな文章に、随筆だとところどころに本人の、人のよさと言うか
 弱さが垣間見えていて、ああ、女のひとだ、と思いました。
 女だからという力みも妙な開き直りもなくて自然な、市井のままで
 ものを書ける女性は一見するとその強さ(こわさ)から、
 男の方から見ると普通なのかもしれません。
 でも、ほんとの根っこの方で女の人なのは、むしろこうしたひとなのでは
 ないでしょうか。
 
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はるです。

2009年04月13日 | 雑記
春です、としか言いようがないのでそうかきます。
全部がっしゃんとぶちまけてしまいたくなる、
片付けられない部屋のように。

でも、それはとんでもなくまずいので自重します。

今年は花が早い気がします。桜が散るのはそうなのですが、
花の頃から花と一緒に若芽が出ているソメイヨシノがいくつか
ありました。気が早い。
朝見上げると、もみじの若葉に包まれて真っ青になっていました。
やはり色がすこし早い気がします。
この調子だと五月の青はすっかり緑になっている、
ちょっと暑苦しい五月になるのではないでしょうか。

青と言う言葉を使いました。
若葉は黄緑なのに、黄色がなくてこの、葉が伸びかけた今頃だけ
真っ青に感じられるのは日本人だけなのでしょうか。
同じ「あお」に「蒼」「碧」という言葉がありますが、後者は
「みどり」とも読みますよね。
私は「緑」≒「碧」で、どちらかというと「あお」という気が
しないのですね。ところが、「碧」は「あお」で、語源は水の色、
川のとろみをイメージすればよいのでしょうか。
だから川は青いのかなあ、と思います。

以前梅見に行った時、橋から見下ろした多摩川は「蒼」くて「碧」で、
これがほんとに同じ東京を流れている川なのかな、
と不思議になるほどきれいだったのですが、
やっぱりどちらの色とは決められないようです。

ただ「青春」といいますし、春に見たから「青く」見えたのかもしれないです。

ぼんやりと夕暮れの呉藍の空を見上げながら思いました。
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柳宗悦「手仕事の日本」読了

2009年04月12日 | 読書
先日また民藝館に行きました。
何も意識はしていず、当日「あ、いきたいな」と思い
足を運んだのですが、
行くとちょうど棟方志功の特集を組んでいて、
しかも柳邸の月4回の公開日のひとつにあたっていました。

こういうカンだけは、よくあたるのです。

:春秋社『手仕事の日本』 柳 宗悦著 1972年再販

若い人のための、民芸品の入門書です。
柳宗悦をガイドに、日本全国をあちこちとめぐりあるく趣向で、
どの県で何が有名か、何がすばらしいかがなめらかな筆で書かれています。
叙述は平易にと気遣われていますが、若い人、というよりは、
どちらかと言うともう少し高い年の人の方が楽しめるのではないでしょうか。
それほど、多くの日本のもので溢れています。

柳は見る目が厳しく、とても冴えた人です。
たとえば、中国地方の章、備中の「花筵(はなむしろ)」
について彼はこう述べています。

『この県で力を入れたものに「花筵(はなむしろ)」があります。
(中略)
無地で紋織のもありますが、品が良く間違いの無い品であります。
「花筵」には輸出の将来があります。
普通の畳表は都窪郡の妹尾朝野は八島町から最も多く出ます。同じ
藺草で編んだ厚手のマットによい品があって、洋間の暮しには喜んで
迎えられるでしょう。』(旧仮名遣い改め:筆者)

何がどこでどう合うかを、常に先んじて考えるのが柳のものの
見かただと思います。
以前、ウィリアム・モリスと柳の話をした時、私は民芸運動が、過去への回帰の
ベクトル一方だと書きましたが、読んでいたり民藝館の方から諭されるうち、
そこからもう一歩踏み込んだところが答えなのかと思うようになりました。

読むにつれ難しさを感じます。

『伝統は丁度大木のようなもので、長い年月を経て、根を張ったもので
ありますから、不幸にも嵐に会って倒れてしまうと、再び元のように
樹ち直るのは容易なことではありません。
(中略)
吾々が伝統を尊ぶのは寧ろそれを更に育てて名木とさせるためであります。』

しごく感覚的には、自然で単純なことをずっと述べている、と思われる
のではないでしょうか。感覚の上で、田舎の暮しとかスローライフとか、
自然のもの、手仕事のものを使いたがるのは人として当然だと思います。
難しいことは何なのでしょうか。

民藝館の方は、

「今の生活の中で、いいものを選んでゆくことが、柳の教えをそのまま
生かしていることですよ」
とおっしゃいました。

これは難しいです。ほんとうに難しいです。
それが難しいからでしょうか、というと、またそれも違う気がするのです。

私も自分の、考えの立ち居地がぐらぐらと揺れています。今日は独白になってしまいました。
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読みかけ「手仕事の日本」の字体と絵について

2009年04月10日 | 読書
とびっきりの字体です。
指先のある「手」、
その指先からつながる頑固そうな「仕」、
まるで「べろ出しチョンマ」のような「事」、
つづけると「手仕事」、
木彫りの黒で染まったこれこそ、柳宗悦『手仕事の日本』の始まりです。

この字体をつくったのは芹沢介というかたで、
先日の「アーツ・アンド・クラフツ」展のトリ一歩手前、
棟方志功の「十大弟子」の隣に、東北の生活を染めた屏風と、
鮮やかな青と緋色が、邪魔にならずにとびこんでくる日本地図が
展示されていました。
本書では挿画を担当しています。

『手仕事の日本』では、柳宗悦の紹介する日本全国の民具が、
みな芹沢の手によって写真よりも忠実に残っています。
たとえば「羽後坂田の柄杓」の絵では、
柄に対して垂直に、水をすくうカップが取り付けられている
柄杓が、カップを構成する木の組み合わせを模様のように黒白で
単純化しながらも、器の厚さと柄の太さを描き分ける線の細かさです。
四隅のとれた四角形の間を抜いた枠で絵をくるっと取り囲み、
はんこのように開いたページの左側、真ん中よりもすこし上側に
ぽんと押してあるのです。枠の左上の肩がかしげているのがほっこりします。

こうした絵が、およそ100点ほどでしょうか、何しろ第二章「日本の品物」
が大体260ページほどある中で、そのページの半分には必ず彼の挿絵がついて
いるのです。どのページをぱっとひらいても、芹沢の絵は
ページの中から持ち帰りたくなるほどつやつやの芸をあらわしてなりません。

芹沢介は、すこぶる実直な線の人だと思います。
とてもほかほかした身近で、でも遠い線の持ち主です。
今この人の線を模倣しようと言う人は、たぶんいないと思いますし、
これからもきっと出ないでしょう。生活への態度があまりにも違いすぎます。

柳の中身についてはまた後日、かきたいとおもいます。
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