えぬ日和

日々雑記。第二、第四土曜更新を守っているつもり。コラムを書き散らしています。

・その後の市

2023年11月25日 | コラム
 酉の市で小さな熊手を買い、一輪挿しに入れて飾っていると知人から連絡がきた。酉の市の見世物小屋に入った人の呟きのリンクが張られていた。140文字のメッセージには「河童ちゃんが可愛らしかった」とあり、ほほえましそうに舞台を眺めていたのだろうことが想像された。案の定河童の世界には蛇を食べたり針の上を歩いたり、蠟燭から垂れる蠟を口に入れて束ねた蠟燭の火へ吹きかけて数メートルもの炎を吐き出したり、ホチキスを体に刺すよう求めたりするような行為は存在しなかったようだ。もしそんな出し物があったらご時世柄録画されてなにがしかのメッセージ性を添えられた上で騒ぎの種にされるのがせいぜいだろう。そうならなくてよかったと思いつつあの日閉まっていた見世物小屋へやはり入るべきだったかとうっすら後悔が頭を過ったが、二の酉は平日なのでいずれにしても見世物小屋へ行くことは難しく、それよりも難しい帰ることと次の日が辛くなったことだろう。馬齢を重ねた。
 竹を削り先端を曲げた熊手は曲がりが足りず、ものを引き寄せて集める前に渋いクレーンゲームのアームの先の爪のように中途半端だ。その腹には「家内安全商売繁盛御守」が糊付けされている。少し力を入れればぽろりと取れてしまいそうだ。熊手の歯には紅白の網紐で五円玉やプラスチックの小判などお金や縁に関連した縁起物がぶら下がっている。一つ千円で手拍子はなし。ここから少しずつ毎年取り換えて大きな熊手に変えていくのがしきたりらしいが、酉の市の始まりである大鷲神社のお膝元の浅草の知人曰く「あんなのはテキ屋が勝手に考えたもので、うちは神社からいただいているものしか飾っていない」とのこと、新宿の花園神社にはぎっしりと人が詰め込まれていて並ぶ余裕もなくその場から去ってしまったが、社務所に行けば熊手を買えただろうか。いずれにしても来年の酉の市が休日に当たっていることを今から願っている。熊手も御守りも一年で効果が切れるのだ。その時はまた見世物小屋に会えるだろうが、会っても入るかどうかはわからない。
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・酉の市の見世物

2023年11月11日 | コラム
 大寅興行社のことは調べていない。かつて花園神社の酉の市の門前を飾っていた見世物小屋は、興行を手伝っていた若い芸人たちに引き継がれて続いているらしい。正門をくぐった静けさをいぶかしんで定位置の狛犬の後ろを覗くと小屋は明かりが消えており入り口は布で囲われ、さらに布を取られないよう網で覆われていた。上部の看板が辛うじて顔を覗かせており、そこには河童がベニヤにペンキで描いたようなどっぷりと濃い絵の具で描かれていた。昔たしか河童の見世物は見た記憶がある。河童に扮した芸人たちが一芸を披露するという趣向だったが、内容は控えめで見世物のおどろおどろしさやエロに細く通じるグロの愉しみは薄かった印象が淡く残っている。かといって以前勤め先の友人を連れて行ったところ、まあ大丈夫だろうという私の見込みは大きく外れ、しばらく口が利けないほどのショックを受けさせてしまったこともあるので、何が良いかは一概にいえない。ご時世柄あんがい見世物小屋が過去の生々しさへ立ち戻って一つの文化を訴えるように「見世物」の演目を戻しても、楽しむ気持ちの余裕はなく目を背けられてしまうかもしれない。ましてや誰もが配信者になれるこの頃、いくら入り口で注意をしても録画と多少の拡散は覚悟しなければならないだろう。種明かしが問題なのではなく、批判するためにきわものを舞台の演出以上に騒ぎ立てる真面目ぶった声が喧しいのだ。

 浅草寺の羽子板市とは対照的に花園神社の熊手屋は数を減らさず元気である。時々すれ違う人が案内のはがきを持っているところを見ると、大きな熊手を買った人にはその熊手屋から案内が届くようだ。小さいものから少しずつ大きな熊手へ変えることでかきこむ福も大きくなるという考え方は好きだ。入れられる大きさの紙袋がなく、若手に大きな熊手を持たせて新しい熊手を買いに来る一党も珍しくない。夜になれば人手も増えてより華やぐだろう。熊手がぶつかっても文句の声は上がらず、拝殿前の行列はしずしずと波のように進み、店ごとに違うリズムの拍子木と手拍子に掛け声が飛び交う。市に大きな声の響きが戻ったことを改めて懐かしみながら見世物小屋の前をもう一度通り過ぎると明かりがついていた。囲いの布は外れていない。雨がぱらついてきたので私は帰路に着くことにした。これを書いている今頃は休みなく河童たちが舞台の上で跳ねまわっていることだろう。
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