えぬ日和

日々雑記。第二、第四土曜更新を守っているつもり。コラムを書き散らしています。

<遊び心のプログラム>彼はプログラムではなく

2017年04月22日 | コラム
 テーブルトークロールプレイングゲーム(以下TRPG)を長く遊んでいるプレイヤーの知人と会ったとき、彼は丁度TRPGを遊んできた後だった。知人は10年以上のプレイ歴を持つベテランに足が掛かったプレイヤーで、学校のTRPG仲間と集って遊ぶときはゲームマスター(以下GM)役を務めることが多い。ゲームマスターとはトランプゲームなどにおける「親」、コンピュータゲームにおけるプログラム、つまりその遊びの進行役である。TRPGではそのゲームにおける世界観の設定やルールが他の遊びと同様に予めゲーム制作者により決められており、GMはそのルールを把握した上で他の参加者の調停役や最終決定者の役割を果たす。知人の遊ぶTRPGのルールは『ソード・ワールド2.0』や『アリアンロッド』などハック&スラッシュの要素を備えたゲームが多い。そして知人はゲーム仲間から危険視されている。知人にGMを任せると、ほぼ必ずゲームオーバーになる参加者が出るためだ。

その日も「いつもパーティを散々やっつけているけれど大丈夫なのか」と尋ねると知人は肩をすくめた。
「あいつらは「自分がやりたいこと」に俺が合わせてくれると思ってるんだよ。今回もハクスラなのにヒーラー(回復役)やる奴がいなかったから『いないと困るだろ』って言ったら、『GM、そういうNPC作ってくれますよね』って言いやがった」

 勿論というべきなのか知人は参加者の求める都合の良いNPCを作らず、全滅寸前まで追い込んだことを端的に話した。彼のゲームの進め方を聞く限りでは、基本的にゲームバランスをGMとの対話重視で考えており、コンピュータゲームで言えば「村人に話しかける」といったフラグや情報を得る行為を怠るとたちまち窮地に陥る仕組みになっている。TRPGの多くはさいころの出目で行為の成否を判定するものだが、その行為の成否を問うためにはGMにこれから自分が行う行為を宣言する必要がある。そこでプレイヤーとGMの対話が発生し、プレイヤーの質問や要求に対してGMはルールに則りつつゲームを成立させるための判断を行う。この対話の過程がコンピュータゲームに対するTRPGの重要な要素でもあるのだが、彼の言によると昨今のプレイヤーは対話の過程を省きたがる兆候にあるそうで面白くないとのことだ。

「とにかく戦闘をしたがるから最短距離で敵の巣へ誘導してやったのに、戦闘が思い通りいかないと音をあげるんだよ」
「どれくらい敵を出したの」
「プレイヤー数の倍くらい。5人いて生き残ったのは1人だけだったかな」

 当人曰く、ゲームの過程でGMへ話しかけて情報を引き出すなり有利な条件へ交渉するなりすれば最悪の条件の回避はできたそうだがプレイヤーはそれをしなかったとのこと。プレイヤーを楽しませるという点を考えると彼のプレイングも少し考える余地はありそうだが、それ以前に対話を拒むプレイヤーたちがTRPGという対話のゲームを選んだ理由を知りたくなった。TRPGは顔を突き合わせた普段の会話と同じく言葉を交わした結果がどこへ飛ぶかわからない不安がある。さらにゲームの進行役であるGMもまたプレイヤーの一人だ。その辺りを考えず、自分が楽しみたい遊びのみを求める姿勢はTRPGというゲームの在り方には向かないのかもしれない。「強い自分をロールプレイしたければテレビゲームやってろ」と投げ捨てるように知人は言って話題を締めた。
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・2010年代のうろんな客

2017年04月08日 | コラム
 とにかく喋らない。店に来てから五分ほど経つが一言一句喋る気配はない。店先のたわしで作った亀に始まり廉価品、爪磨き、靴ブラシと順々に手に取っては戻しを繰り返している。たまに商品のラベルの細かい文字を読んでいるが、何をするでもなく箱へ戻して次の商品へ移る。今は業務用の和ぼうきを吊るした壁の前に立ち、肩掛け鞄のベルトの位置をずらしながら上から下へと目を走らせている。

「やっぱり歯ブラシが人気なのかねえ」「馬の毛ですって」と歯ブラシを選ぶ中年夫婦の向こう側であの客は商品をただ眺めるだけだ。手に取ってもブラシの毛先を指でなぞるばかりで下を向きっぱなし、メンタムのリップクリームが唇を閉じる接着剤に見えてくる。

 山羊毛の化粧ブラシのサンプルの穂先を揉んでいる時、もう一人の店員が「そちらはお化粧用のブラシですね」と話しかけたが軽く肯き口元で笑ったもののやっぱり声は出さない。箒の下がった壁から棚を挟んで反対側へ行った。普段使いの品が並ぶ棚に並ぶブラシのサンプルの手触りを飽きずに試している。甘く見積もっても大学生の歳は軽く超えていそうだが、親の買い物に付き合わされた子供のような動きだ。横に三人も並べばいっぱいになる店内で彼の客は、棚と棚の間を膨らんだ鞄がぶつからないよう押さえながらうろついている。

 やっと立ち止まった先は洗顔用のハンドブラシの前だった。形はヘアブラシに似ているが馬毛か白山羊の柔らかい毛を使い肌触りが良い。密度も毛の長さも髪へ当てるものとは違う。首をかしげて山羊毛の三千五百円と馬毛の千五百円を触り比べている客へ意を決し声をかけた。

「How to use……」
 客はようやく口を開いた。

「あ、日本人です。すみません」
 よく間違われるんですよ、と笑った客はそれまでの沈黙から一転し早口で使い方やらを細々質問すると、洗顔用の馬毛ブラシと最近髪の生え際が危うくなったらしい弟へ豚毛のヘアブラシを買って店を出て行った。
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