えぬ日和

日々雑記。第二、第四土曜更新を守っているつもり。コラムを書き散らしています。

・塩分不足に水不足

2018年10月27日 | コラム
 ぐっすりと眠って電車を降りた。頭が重く鈍い頭痛が響いている。飲み過ごしたのは明らかだった。明るい店員がカウンターに勢いよく並べる一升瓶の豪華さに惑わされて、友人と「少しずつ」分け合ったはずなのだが、深く考えずとも個々人が飲んだ量はそれなりの量だった。眠りなおしたが筋肉痛のようにふくらはぎが痛む。

「経口補水液が効くんですよ」と閉じた瞼の裏で友人の言葉が目まぐるしく過ぎていく。身体を起こした頃には薬局は閉まっていたのであとの祭りだが、思えば理屈は正しそうで、喉が渇いているにも関わらず塩気が欲しかった。水やお茶は何度か飲んでいるが、一向に渇きは収まらない。

「いや、ぼくも以前は頭痛がひどかったんですけれどね」と、彼は薬屋のCMのように歯切れよく言った。「経口補水液が効くんですよ」「具合が悪い時に効くよね」「いや、ほんとうに効くんですよ。飲んだらすーっと頭痛が消えて行って」「おいしいの、それ」「具合が悪い時にはおいしいですよ」「具合が良くなるととたんにおいしくなくなるんだよね」「そうそう、わかりやすいですよね」

 ひどい風邪をひいて毎日を経口補水液の世話になっていたころを思い出しながら杯を傾けて相槌をうったその時を、もう少しまじめに受け取っていればと現在、熱で温まりすぎた布団を蹴飛ばしながら経口補水液の味を思い出す。塩梅を間違えて塩が粉を吹いている梅干を口に入れ、水と麦茶で口の中を湿して身体をごまかしているが、関節のあちこちから経口補水液のリクエストがあがっているようにピシピシと音がする。

 身体を起こしてテレビを茫洋と見つめながら、目の奥から響く痛みをやり過ごして眠れるかどうかは、明日の自分が知っている。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

・歯科Mの晩秋

2018年10月13日 | コラム
 メロンパン専門店もまだ開いていない朝の九時台、指定された十時に間に合うように歯医者へ向かった。春の診察から約半年過ぎたので、言われたとおりに予約を取り「歯科検診」と要件を伝えた。幸い春の「ここ虫歯になりかけですね」という予言に見合う異常はなく、つつがなくものを食べて過ごせているものの、何を言われるかは口を調べていただかない限りは素人判断できない。

 幼い頃は母親の足で体を拘束され開いた口に鏡を突っ込まれる自宅検査と、学校の健康診断で歯の異常は見つけやすい環境にあったが、仕事に出てからは歯科検診だけ自腹になった。周囲も「つい忘れてしまう」と、休日を消費してまで行きたくはないらしい。もちろん虫歯治療が苦手な人は昼食時に持参のコップと歯ブラシでメンテナンスを欠かさない。欠かさなくてもなる時はなるそうだが、やらないよりはやるほうが良いらしい。

 朝一番の客だったのか、診察券と保険証を出してすぐに診察室へ通された。一軒家を改装した歯医者は、椅子に座ると正面に灯篭のある日本庭園が見える。雨あがりの緑鮮やかな庭を鑑賞する間もなく、紙の前掛けをつけさせられ「はーい、倒しまーす」と若い助手の声と共に椅子は倒されて仰向けになり見えなくなる。気休め程度すらならない。

 そして頭の左の方から「お願いしまーす」の声と共に気配がやってくる。髪に白いものが大分混ざった歯医者が頭の右わきに鎮座した。今日はどうされましたか、左側の上下がまだ染みる感じがします、と適当に会話して診察が始まった。
 歯石を取って簡単な噛み合わせの矯正を行い、歯と歯の間を甲高い回転音と共にドリルがじわじわ削る音が骨を通して頭全体に響きだした時、見上げているライトがふらりと左右に揺れた。わずかだが椅子も揺れる。私が暴れたせいではない。地震だった。

 だが歯医者はその手を止める様子もなく、次々抵抗できない患者の口中に金属の棒状の機械をとっかえひっかえして作業を続ける。拘束器具こそないものの、下手をすれば舌を切り取られそうな器具を口の中に入れられている状態で動こうとする度胸はない。キシリトールのクリームをつけた業務用電動歯ブラシで歯を磨き終える最後の手順まで、歯医者が手を止める様子はなかった。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする