えぬ日和

日々雑記。第二、第四土曜更新を守っているつもり。コラムを書き散らしています。

<遊び心のプログラム>番外編:ルールを作る機械と

2016年05月28日 | コラム
 行きつけのゲームセンターに入ると眩しさを覚えた。LEDでも使っているのか、目に突き刺さるような白色光がクレーンゲーム用の筐体から放たれている。筐体を脇から覗くと、以前はひし形に「く」の字の腕をつけた「UFOキャッチャー」の「UFO」部分が角を丸めた直方体に大ぶりの「く」の字をつけた形へ変わっている。箱の斜め下に貼られた鏡には景品の裏が映っていた。その鏡がさらに光を跳ね返して正視できない。薄型テレビを至近距離で見ているような目の痛みを覚えて機械から離れ周りを見回すと、今までひし形のUFOを抱えていた「UFOキャッチャー8」が全て新しい機種「UFOキャッチャー9」に代わっていたのだった。

 クレーンゲームの遊ばせ方が直接景品を「運ぶ」ことから景品を少しずつ「ずらす」行為へ変わるにつれて店側はより、遊びのルールが分からずかつ意地っ張りに現金を注ぎ込む下手な客を作るために機械を調整し続けて来た、と思う。その調整の最先端――というべきか、作り手と店の意図というべきか――が「UFOキャッチャー9」にはこめられている。「く」の先端の金属の爪がいくらひっかかっても動く気配すらない景品(実際に持つと500mlのペットボトルより軽い)とUFOの機嫌に苛つきながらそんなことを考える。

 クレーンゲームにおけるUFOの操作は基本的に左右どちらかへ進ませる操作と、奥へ進める操作の二つしかないことは新機種でも変わらない。だが新しいUFOは本当にこいつが最新機種なのかと首をかしげるほど、ボタンを押して動かすと生まれたての馬のようにがくがく震える。脇の腕も頼りなさげにふうふうと、筐体に扇風機でも付いていそうなほど小刻みに震えている。以前と変わらない店員の助言に「「く」の字の、曲がっているところを狙いたい位置に合わせてください」、腕の開き具合を図れとの意味合いも込められたものがあるが、新型の腕の形は限りなく鉤型に近い「く」の字で腕の横幅が広く、さらに先のふらふらした動きが狙いを巧みにずらす。以前と同じ個所を狙うためには横幅の変わらない筐体に対して伸びた腕の長さを計算する比例の算数が必要になった。

 調整も細かくできるようで、お金を入れる投入口の脇のタッチパネル式のディスプレイに店員の持つカードをかざすとタッチパネル上で機械の力加減を左右できるようになっていた。それでも最終的にどの程度のルールで遊ばせるかの判断は店員の目視と景品をつついて重さを確かめる指の加減に委ねらているのだが。

 腕の先の爪が箱の表面をかすめただけでやけどの様に腕を引っ込める機械と店員とのやり取りを淡々と繰り返しながらふと横を見ると、ディスプレイにはその機械に入れた百円玉の数が表示されていた。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

・子どもに紛れたおとなのような (『怪談レストラン』シリーズ 童心社)

2016年05月14日 | コラム
 近所の新古書店の入り口に置かれた一冊百円のワゴンに本があった。童心社の『怪談レストラン』のシリーズだ。子供向け書籍のワゴンへ週ごとに品ぞろえを変えながら置かれていた本を手に取るままに購入していたら四十冊を超えていた。たった十数ページずつながら創元社文庫の怪談集にも勝るとも劣らない「こわい話」がこのシリーズにはある。

 シリーズの名前通り怪談集だ。それぞれ『幽霊屋敷レストラン』『人魂レストラン』などのテーマに沿って短い怪談が十本ほど収められており種類は五十を超える。小学生を読者に据えながら、彼らに親しみやすい学校を舞台にした怪談を始め海外に伝えられている怪談も子供に伝わりやすいよう言葉を変えて収録されている。
収録作のほとんどが昔から伝えられていた話であることが『怪談レストラン』の大きな特徴だ。責任編集松谷みよこを筆頭として常光徹や杉本栄子など、専門の民話の研究者や収集者の集めた民話という品々がレストランのメニューの意匠に合わせて並ぶ様は圧巻である。携帯電話やパソコンを中心とした現代の「都市伝説」と呼ばれる種類の怪談も抑えている点は『魔女の伝言板』『現代民話考』を輩出した彼等だからこその仕事だろう。

 好きな話に松谷みよこが書き下ろした「白いマフラー」がある。収録作は第三巻『殺人レストラン』で文字通り人が人を殺す暗喩を含んだ話を揃えた一書だ。当然「白いマフラー」の主人公の女も人殺しを企んでいる。企みながらマフラーを編み続けている。満月の光の下で毛糸を糸玉に巻き、糸玉に巻いた毛糸からマフラーを編む。できたマフラーを巻けば、相手はマフラーに導かれてどこかへ行ってしまうのだという。月光を浴びながら、マフラーを編み続ける女の姿は波際を深夜に歩くような物音の無い静謐な情景だ。

 無論この怪談も『怪談レストラン』の他の怪談と同様に元となった話がある。鈴木棠三の「佐渡島昔話集」に収録された昔話「月の夜ざらし」がそれだ。別の怪談シリーズで、学校の怪談を紹介する趣旨にも拘らず常光徹がそのままこの話を収録したほど、とにかく文字を通しての情景が美しい。経帷子につながる白の装束を作るために妻は糸の原料の麻を植えることから始まる服作りの工程を満月の下でひそやかにこなしてゆく。「月の夜」に「さらされて」完成した着物を羽織った夫は茫洋となり、女の目論見通り夜に家を出たきり消えてしまう。「月の夜ざらし 知らで着て 今は夜神の 伴をする」と呟きながら夫は異界に囚われて二度と戻らない。

「白いマフラー」は、「月の夜ざらし」の話を語った女がマフラーを編み続ける場面を最後に終わる。マフラーをかける相手は誰なのか、マフラーは完成するのか、夜の静けさにくるまれて編み棒を動かす女の一幕は子供よりも行間を読む大人の方が、むしろ恐ろしさを感じられる立派な怪奇譚である。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする