えぬ日和

日々雑記。第二、第四土曜更新を守っているつもり。コラムを書き散らしています。

飲まない集まり

2017年11月25日 | コラム
歳末が近づくと今更のごとく不義理を取り戻す飲み会が組まれる。
スマートフォンがないと些細な連絡すらままならず、メールは「考える」から「面倒」とのことで、
それなりに高価な機材の購入を人に勧めることに抵抗は持たれない。
「返事はアプリのほうが早いよ」と面と向かって言われたものの、どうも速さに慣れず、
いったん時間をおいてから返事を考える時間が自分には必要だとハイボールをしきりに傾ける相手を前に苦笑した。
酸梅湯のある中華料理店だった。蜜の甘味の底にほろ苦さが残るあれはソーダ割りが丁度よいのかもしれない。

集まりの数を競うように連絡が飛び交う電波のもと、どこでも座れる場所で振り向けばスマートフォンにかがむ
人の並びはいっそ壮観だ。中には液晶画面を見られないよう特殊なシートで面を保護している人もいるが、
大方は指紋と油がうっすら浮かぶ画面を指でつつきながら忙しそうにしている。
実際していることは縦長の画面の下半分に表示されたインタフェースを操作して遊ぶゲームであったり、
このところは会話並みの速さで言葉の飛び交うアプリの返事を仮想キーボードで作る。文字がほどほどに小さいので
よほどの近くにいなければ横から何を書いているのかは見えない。服装では判別のつかない職業がてんでばらばらに
同じ道具を同じ動きで操作して違う目的に進んでゆく。向かいはまたハイボールを注文した。

キーボードを叩く速さよりもたどたどしく喋りながら、机の上に置かれた相手のスマートフォンの画面が黒い
スタンバイモードになるたびにキーや画面を押して待ち受け画面の絵を鮮やかにする相手を、
果たして話をしている人間としてお互いを見ているのかどうか不審に思いながらその晩を終えた。
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:朝のスケッチ

2017年11月11日 | コラム
 人が線路に立ち入ったとホームに放送が流れていた。七時七分と電光掲示板には表示されている。時計は七時半を指していた。ホームには別の路線の列車を待つ列が幅いっぱいに広がり、昔に比べると動きの良くなった電車がホームの端のほうで人を降ろしていた。窓から中をうかがうとまだ吊革には余裕がありそうなので、尻に押し出されてホームから落ちそうになりながら電車に乗った。人と人との間に身体を滑り込ませて舟をこぐ女の前に立つ。本が読めるほどの混み具合ならば、まだ堪えられた。

 そう長くは続かない混雑とは思いながらも、女が席を立つ可能性を時々目を覚まして窓の外を眺める様子を観察しながら考えていた。駅を過ぎるにつれて人が詰め込まれる数駅の間、また背中を海老ぞりにして本のページを痛める羽目になりそうだ。とうとう入り口で駅員が人の背中を押し始めた。「降ります、降ろしてください」と、一刻を争う背広の間から必死で逆らう声がした。

 船をこぐ女は眠り続けていた。白髪交じりの硬そうな髪を頭頂近くでレースの縁取りをされたシュシュで結わえている。頭が前後に揺れ、たまに駅の名前を読み取るために窓へ顔を近づけるかと思えばまた目を閉じて、左隣の黒い背広の男へもたれかかる具合に重く頭を垂れていた。思わせぶりな彼女に一喜一憂するのもばかばかしくなり、ターミナル駅に着いた頃合いを見計らって流れに身を任せて電車を脱出した。昨日から今朝にかけて一気に寒くなったせいか、外に出ると喉が痛かった。ドアを閉じた電車を振り返ると女は、頭を窓にぶつけるように首をのけぞらせ、ぽかんと開いた唇が突き出していた。
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