相方のご先祖様のお墓参りに行って気づいたことがあった。
最初に行った頃から気にはなっていたのだが、今回改めてそのことを書いてみよう。
宗教のあり方とか、宗教とは、、なんて話になるとややこしいんで単純な話に。
まず、お墓は檀家としてそのお寺にあるものと実は思っていた。
その後、市営とか、村営とかと言う公共のものもあった訳だが、目的は自分のご先祖の墓参りなので、また特に我が家系以外に興味もなかったので気がつきもしなかったことであった。
数十年、そうして過ごしてきた。
今から、何年前になるのか思い出せないが、最初に相方ん家のお墓に言った時、周りを見回してみると
これ卒塔婆と言うのだが、書かれている経文の違いに気がついた。
南無妙法蓮華経、南無阿弥陀仏、南無釈迦牟尼物はともかく、大圓鏡智とか梵字などの宗教はナニ宗なのだろう?
そもそも宗教は朝廷、貴族のモノだったのだが、やがて庶民のモノとなる。
布教者が説法を行い、受け入れてくれる土地に根付き、やがてその土地に拠点ができ広がっていったと思う。
だから、その地域や村では一宗教だったのではないだろうか。
やがて、人の行き来が頻繁になり、構成する人口も大きくなり様々な土地からさまざまな宗教が混ざるようになって今日の公共墓地が発達したんだろうと思う。
まぁ仏教である限り解釈の差こそあれ、ルーツは釈迦にたどり着くのでみんな仲良くやってはいるんだろうけど・・・
そういう意味で、相方のご先祖様が祀られている大きな公共墓地に行ったとき、その周囲の多信教ぶりに興味がわいたことを覚えている。
卒塔婆とはストゥーパの漢訳で、日本の宗教では浄土真宗が用いないそうだ。
納骨とか、年忌法要とかお盆などにお寺と共に供養を行うときに用いるので、こういう公共墓地では数が少ないのだと思う。
中々興味深いことだった。
最初に行った頃から気にはなっていたのだが、今回改めてそのことを書いてみよう。
宗教のあり方とか、宗教とは、、なんて話になるとややこしいんで単純な話に。
まず、お墓は檀家としてそのお寺にあるものと実は思っていた。
その後、市営とか、村営とかと言う公共のものもあった訳だが、目的は自分のご先祖の墓参りなので、また特に我が家系以外に興味もなかったので気がつきもしなかったことであった。
数十年、そうして過ごしてきた。
今から、何年前になるのか思い出せないが、最初に相方ん家のお墓に言った時、周りを見回してみると
これ卒塔婆と言うのだが、書かれている経文の違いに気がついた。
南無妙法蓮華経、南無阿弥陀仏、南無釈迦牟尼物はともかく、大圓鏡智とか梵字などの宗教はナニ宗なのだろう?
そもそも宗教は朝廷、貴族のモノだったのだが、やがて庶民のモノとなる。
布教者が説法を行い、受け入れてくれる土地に根付き、やがてその土地に拠点ができ広がっていったと思う。
だから、その地域や村では一宗教だったのではないだろうか。
やがて、人の行き来が頻繁になり、構成する人口も大きくなり様々な土地からさまざまな宗教が混ざるようになって今日の公共墓地が発達したんだろうと思う。
まぁ仏教である限り解釈の差こそあれ、ルーツは釈迦にたどり着くのでみんな仲良くやってはいるんだろうけど・・・
そういう意味で、相方のご先祖様が祀られている大きな公共墓地に行ったとき、その周囲の多信教ぶりに興味がわいたことを覚えている。
卒塔婆とはストゥーパの漢訳で、日本の宗教では浄土真宗が用いないそうだ。
納骨とか、年忌法要とかお盆などにお寺と共に供養を行うときに用いるので、こういう公共墓地では数が少ないのだと思う。
中々興味深いことだった。