読書・水彩画

明け暮れる読書と水彩画の日々

マイケル・C・ホワイトの『兄弟の血』

2018年03月07日 | 水彩画

◇『兄弟の血』(原題=A BROTHER'S BLOOD)
              著者:マイケル・C・ホワイト(Michle C.White)
              訳者:岩瀬 孝雄  1997.10 文芸春秋社 刊

   


  この小説には二組の兄弟が登場する(一組は姉弟)。いずれもプロットの重要な柱である。
  アイリーン・リビー・ペルティエ61歳。父方はフランス系カナダ人、母方はアイルランド系。
  父を亡くした後アメリカ・メイン州のムースヘッド湖畔で簡易食堂をしている。
  リビーはパルプ製紙工場の伐採夫である父アンブローズと3歳下の弟レオンと一緒に暮らして
 いた。
  母は屑鉄屋の男と駆け落ちをしていなくなってしまった。以来父は大酒飲みになった。リビー
 は生まれつき「みつくち」でみんなにからかわれてつらい思いをした。

  第二次世界大戦の末期この町にドイツ兵の捕虜収容所がつくられた。捕虜はパルプ用材の伐採
 作業に従事させられた。リビーの父はその監督となり、まだ15歳だったリビーやレオンも収容所
 の手伝いをさせられ捕虜との接触があった。ドイツの敗退で戦争が終ろうとしていた1945年
 3月のある日、捕虜の一人が収容所を脱走する事件が起きた。何週間も捜索が続いたが見つから
 ず、雪解けの5月、湖で遺体で発見された。

  それから35年後(父はもう亡くなっていた)リビーは1通の手紙を受け取る。差出人はドイ
 ツ人のヴォルフガング・カリック。逃亡捕虜として亡くなったディータ・カリックの兄で、弟
 や収容所のことを教えてほしという内容だった。宛先が父親だったこともあり放っておいたと
 ころ、1年ほど経ってリックが訪ねて来た。逃亡し溺死したという事情を詳しく知りたいとい
 う。リビーは昔のことで知らないと断るが、あの逃亡捕虜捜索の夜、父とレオンが青ざめた顔
 で帰って来た異様な雰囲気を思い出す。二人は何を見たのだろうか。

  弟のレオンは定職にもつかず、アル中で病院に出たり入ったりの日々。そんなレオンに電話
 が来て、出かけたレオンは湖で死ぬ。酒に酔って頭を打ってというのだが。捕虜の脱走と関連
 があるのではと不審を抱いたビリーは当時の新聞記事・写真を頼りに次々と訪ね、「あの日
 何があったのか」訊ねまわるがみな一様にその話題を避けようと背を向ける。

    そのうちにビリーの飼い犬が殺された。また脅迫電話が入る。余計なことをするなという。
 そしてドイツ人のカリックが車の事故で瀕死の重傷を負う。誰かが事件が掘り返されるのを怖
 がっているのだ。
   リビーは古い写真を手掛かりに当時捜索に加わった人たちを訪ね回り、ついにレオン殺しと
 捕虜虐待の犯人らの一人フレデリック・ロス医師にたどり着く。そして事件の真相は先にドイ
 ツで起こったアメリカ人捕虜殺害の復讐をしようと企んだ一味が、その場にいた人たちを巻き
 込み、通訳だったディータ・カリックを虐殺し事故に見せかけて湖に沈めたのが真相だった。
 年若いレオンも無理に強殺に加えられた。父のアンブローズは犯行に加わってはいなかった。
 しかしレオンのことで口をつぐまざるを得なかったのだ。

  真相を白状した医師はビリーをガソリンで焼き殺そうと図る。ビリーはすんでのところで逆
 にロスをガソリンに巻き込み殺害を逃れる。

  メイン州というアメリカ最北端の地(アラスカは別)。冬零下30度になるという極寒の地
 で起きた悲劇と、弟の死の真相を知りたいという姉、弟の死の真実を知りたいという兄の二人
 の兄弟が執念の末にたどり着いた真実。戦争は人間の愚行で最たるもの。戦場の兵士だけでな
 く銃後の家族やに計り知れない悲劇をもたらす。

  作者の抑制されたテンポの語り口が心地よい(翻訳もよいのかも)。そして気の利いた比喩
 や皮肉でちょっとニヤリとしたりして。
  最終段でビリーが レオンや父の墓参りをしたついでに収容所の共同墓地を訪れるくだりがあ
 る。長い冬が終わって雪解けを待つ柔らかな陽差しの中で、小川のせせらぎを聞きながら頭上
 を行きすぎる飛行機の翳に思いをめぐらす場面が印象的である。

                                 (以上この項終わり)

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春到来の知らせ「ふきのとう」

2018年03月04日 | その他

三寒四温の果てに

  
2月末頃から庭先のあちこちに顔を出した「ふきのとう」
 クロッカスやクリスマスローズ、水仙などの花々とともに早春の徴の定番が
 ふきのとう。
 
 ほろ苦き 恋の味なり ふきのとう (杉田 久女)

 初恋の想い出はもういい。フキ味噌やてんぷらでこのほろ苦き香りで酒をを楽しもう。

 

 

 

 

                                    (以上この項終わり)

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久坂部 羊の『院長選挙』  

2018年03月01日 | 読書

◇『院長選挙』 著者:久坂部 羊  2017.9 幻冬舎 刊

  

  格別込み入ったストーリーがあるわけではない。要は医療現場の実態をコミカルに明かした小説。天都大学
という国立大学付属病院で院長が突然亡くなって後任の院長選挙が行われることになった。院長候補は4人の副
院長。院長の死因は不整脈による突然死とされているが、自殺死、事故死、さらに謀殺死までささやかれている。
某出版社の女性フリーライター吉沢アスカが「医療崩壊の救世主たち」という企画を携えて取材に乗り込む。そ
こでは極めて低次元の競争があり、白い巨塔は驕慢と蔑視、卑屈と諦観、開き直りとが渦巻く魑魅魍魎の世界だ
ったことが次第に明らかになっていく。

 病院の診療科といえば、どこもほぼおなじみ。規模の大小で異なるものの、内科(循環器内科、呼吸器内科、消
化器内科、神経内科、心療内科)、外科(心臓外科、脳神経外科、呼吸器外科、消化器外科)、小児科、産婦人
科、眼科、耳鼻科、泌尿器科、整形外科、皮膚科、精神科、麻酔科、放射線科などである。
 面白いのは臓器の重要度によって扱う診療科のヒエラルキーが決まっていること。循環器内科や心臓外科はす
べての臓器の頂点に立つのでおのずと診療科が医局で頂点に立つと胸を張る。眼科や皮膚科、泌尿器科など単能機
を扱う科は下だというのである。

 院長選挙に向けた討論会が開かれた。そこでは4人の立候補者が互いのあらさがしや誹謗中傷に終始し散々だっ
た。討論会の途中でB型肝炎による肝不全死亡事故が発生。誰が記者会見の矢面に立つかで責任のなすり合い。
4人とも押し付け合い逃げ回る始末。
 吉沢アスカは、これでは医療崩壊をテーマにした取材は空中分解するかもしれないという懸念からコメディカ
ルと呼ばれるサイドセクションにも取材することになる。コメディカルとは事務部、看護部、薬剤部、技師部など
医療支援部門である。この部門の人たちは表舞台のメディカル部門の登場人物を冷めた目で眺めている。

4人の副院長はそれぞれが論文のねつ造、盗用、データ改ざん、製薬会社からの収賄、淫行、暴力行為、インサ
イダー取引、水増し診療等々、社会的に許せない非行の数々を犯していることが明らかになり、院長選挙から脱
落した。

  結局医学長の夢野教授が無投票で院長に決まった。しかしその直後夢野院長は前院長殺害容疑で逮捕される。
夢野教授が不倫相手の院長夫人と共謀し筋弛緩剤を注射させて死に至らしめたというである。サスペンスでも何
でもない。バカバカしい内紛劇の経過がすべてである。
 そんな本を最後まで読み切ったのは医療現場に詳しいと思われる久坂部羊センセイが、病院に携わる人々の実
態、いい面も悪い面もひっくるめて。面白おかしく明かしてくれたからである。著者自身が言っている。「50年
前の小説『白い巨塔』と少しも変わっていない。時代が緋勇で豊かになったぶん、登場人物は幼児化し、状況は
もっと嘆かわしいことになっている。」

                                       (以上この項終わり)

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