読書・水彩画

明け暮れる読書と水彩画の日々

アン・ブルーディの『悲しみの聖母』

2017年10月08日 | 読書

◇『悲しみの聖母』(原題:THE LADY SORROWS)

          著者:アン・ズルーディ(Anne Zouroudi)
          訳者:ハーディング祥子

  

     舞台はエーゲ海に浮かぶカルコス島という小島。話はここから外へ出ない。
  主人公はアテネから来たという得体のしれない「太った男」。ヘルメス・ディアクトロス
 という立派な名前を持つが、どういうわけか作中ほとんど「太った男」と呼ばれている。

  プロローグでその昔嵐で難破した船コンスタンティノス号から一枚のイコン(聖画像)が
 カルコス島にもたらされた経緯が語られる。1863年のこと。
  そして幾星霜。
  
  <アフロディーテ号>というヨットから「太った男」がカルコス島の港に降り立つ。有名
 な「奇跡の聖母マリアのイコン」を一目見ようと立ち寄ったという。そして彼は教会でイコ
 ンが贋作であることを見抜き、親しい博物館職員のカーラを呼び寄せて贋作である確認を取
 る。
  聖堂のある港町で地元の人々との会話から「悲しみの聖母」にまつわるいろんな噂を仕入
 れたヘルメスは贋作の作者と思しき人物や贋作が作られた経緯、本物のイコンの隠された場
 所まで推理する。
  聖堂の司祭、庭師のアギリス、その妹で教会の世話係サンべカ、その母ナシア、イコン画
 家ソティリス、その孫サミー、その父メルクリスなど多くの登場人物が織り成すエピソード
 が自然な伏線になっており、最後にヘルメスは従者のイリアスを前に謎解きをする。 

  犯人探し、消えた本物イコンの行方など謎解きの醍醐味だけでなく、巧みな人物造形、
 くどいほど緻密な情景描写が、ギリシャの小島とそこで生活している人々をくっきりと浮
 かび上がらせてくれて、読んでいて楽しい。

  自らは「高い権威から遣わされた」としか言わないが正体不明の探偵もしくは調査員。
 「ヘルメス・ディアクトロスシリーズ」第4作目という本作も本格ミステリー(?)とし
 ての成功作の一つであろう。

                               (以上この項終わり)

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ジェフリー・ディーヴァー『追撃の森』を読む

2017年10月03日 | 読書

◇ 『追撃の森』(原題:THE BODIES LEFT BEHIND)
        
        著者:ジェフリー・ディーヴァー(JEFFRY DEAVER)

        訳者:土屋 晃 2012.6 文芸春秋社 刊(文春文庫)

     

  ジェフリー・ディーヴァーの作品はこれまでリンカーン・ライムの登場する『ボーン・
 コレクター』、『コフィン・ダンサー』のほか、『悪魔の涙』、『石の猿』などでおなじ
 みであったが、この作品はまた別の面白さがある。

  北米ウィスコンシン州の片田舎ケネシャ郡。ハート&ルイスという殺し屋の追撃組とブ
 リン&ミシェルという保安官補の逃避行組の息詰まる攻防で手に汗を握るノンストップ活
 劇。J・ディーヴァーにこんな隠し玉があったのかと感心する。

  ケネシャ郡保安官事務所に「こちら…」という意味不明の緊急通報があった。上司の保
 安官トム・ダールの信任が厚い保安官補ブリン。「君の家から近いから…」と発信元湖畔
 の別荘に様子を見に行かせられた。
  これがとんでもない逃避行の始まり。住人の夫妻が殺されていて残っていた犯人に遭遇
 したブリンは、車で逃げだすが撃たれて凍えるほどの湖に沈む。九死に一生を得たブリン
 は、たまたまその夫妻を訪ねて来たという若い女性ミッシェルと一緒になり、電話がある
 警備隊事務所を目指して逃走を続ける。

  追撃する犯人組の襲撃をかわす逃走、裏をかいてそれを追う追撃組。攻守所を変えて反
 撃に移るがまたも裏をかかれて窮地に立たされるブリン。そんな繰り返しの中ブリンの夫
 が助けに現れたり、得体のしれない男に撃たれたりの挙句ブリンは追撃の犯人組の一人ハ
 ートに捕まり手を縛られて車に。しかし捨て身の機転で逃れることができたものの、一難
 去ってまた一難。

  ハートは敵ながら相手の手の内と戦術判断を的確に予測するしたたかな女・ブリンに人
 間的興味を持つ。ブリンも冷徹で用意周到な殺し屋に同様の興味を持つ。
 なんと共に助け合って逃避行を続けていたミッシェルが、実は別の殺し屋だったことが判
 明。彼女から呼び出しを受けたブリンは裏の裏を読みミッシェルを逮捕する。そして肝心
 のハートはと言えば、ほとぼりが冷めたと見たハートがなじみのバーに現れたところをシ
 カゴの組織の殺し屋に撃たれ死ぬ。そんなわけで最後はややあっけない収まりではある。

  作者は単なる活劇では面白くないと思ったのか主役のブリンの個人的事情を織り込んで
  いる。ブリンは離婚経験があり、前夫とはDVが原因で訴訟の末に分かれたこと、今の夫
 には浮気を疑っていたが(これは事実無根だった)互いに正直に話し合わなかったわだか
 まりが高じて結局夫が去っていくなど、本筋とはあまり関係ないエピソードを添えたりし
 ているが、さほど成功しているとは思えない。
                              (以上この項終わり)

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