◇『逆向誘拐』 著者: 文善(BUNZEN)
訳者: 稲村 文吾 2017.8 文芸春秋社 刊
台湾の作家の作品を読むのは初めてである。
本作は第3回「島田庄司推理小説賞」受賞作である。同賞は中国語で書かれた未発表の
本格ミステリー長篇を募る文学賞で2009年に台湾で創設された。
IT全盛の時代にあって、本格と非本格を問わず推理小説の世界でここまで本格的にテー
マをITに絞って推理小説を仕立てたのは初めてであまり知らない。
作者は香港生まれ。中国返還前にカナダに移住、ウォータールー大学で会計学修士課程
を修了し公認会計士、公認ビジネス評価士として勤務しているという。
本書のテーマは某企業の財務資料の「誘拐」。データファイルの身代金を要求してきた。
警察が介入し捜査が始まるが新手の犯罪であり捜査は難航する。
主人公の植嶝人(しょうくとうじん)は国際投資銀行A&Bの情報システム部に所属してい
る。大財閥の子息ではあるが働いている。
A&Bの大口の顧客クインタスが資金手当てで投資者を探している。A&Bではジョンが中心
になって5人のアドバイザリーグループで来週の金曜日までに同社の資金調達計画を作成し
なければならないことになっている。
ところがK・キッドナッパーという差出人からジョンにメールが届いた。
「クインタスの資金調達計画資料を誘拐した。10万ドルを払え。今後定時に提示する指示に
従わないと金曜日のマーケット取引終了前にこの資料を公開する」
ジョンは高校時代の友人唐輔(市警警部)に相談する。またA&Bでは唯一情報系専門職の
植嶝人にも犯人捜査に協力要請がされた。
クインタスの研究開発資金調達プログラムは極秘情報でジョンのグループ以外はこのファ
イルを知らない。これを誘拐するということは内部に犯人あるいは犯人グループがいるはず
でスタッフは隔離され、人物背景をはじめパソコン、携帯などが徹底的に調べられる。唐輔
警部は当初植嶝人をも疑う。
5人の内ジュニアアナリストの2人、華人石小儒と日系人マキノが最も怪しい。しかし証拠
もなく挙動もやや不審なだけで決定打に欠ける。唐輔は情報系に弱く、植嶝人の助けを借り
ながら証拠集めに動く。
そうこうしているうちに10万ドルはネットオークションのマーケットで、ある商品を購入
し、Kポイントという仮想通貨で代価を振り込むことなどを指示され、ジョンと唐輔らは右
往左往することになる。
結局事件が収まったのち植嶝人が謎解きをするのであるが、局外者であった植嶝人が当事
者になるという意外な結末になる。
本格推理小説ということで緻密な構成が求められるが、ある程度情報系の知識がないとす
らすら理解はできないかもしれないが結構楽しめた。特に終盤のトリックはお見事。
(以上この項終わり)