◇『巨悪』著者:伊兼源太郎 2018.5 講談社 刊
検事もの。検察庁は「独任制官庁」である。つまり検事は単独で権限を行使出来る。
建前はそうであるが所詮検察庁という官庁で組織原理が厳然としてあって、常に指揮系
統に縛られざるを得ない。この小説でも正義派の検事と指導権を握ろうとするグループ
との確執が背景の一つとなっている。しかし何といっても本筋は、題名にあるように
「巨悪」をのがさないという検事の正義感の執念である。
本作の主人公の一人中澤健司の執念の発端は、妹友美を何者かに襲われ亡くしたこと
である。真相究明のために検察官となった。友美の恋人だった中澤の高校同級生の城島
も検察事務官となって友美殺害の究明を誓っている。
「巨悪」といえばあくどさのスケールだろう。かつての「ロッキード事件」、「リクル
ート事件」、「東京佐川急便事件」などがそれに該当する。しかし作者は闇献金の陰の
首謀者陣内の口を借りて現代の巨悪は質が違うと喝破する。
「官僚や企業がどうして節操のない行動に走ったのか。…日本に長年蔓延する、損得で
しか物事を捉えられない空気が引き起こした事態なんですよ」。」(本文385p)
ここで暴こうとしているのは政治家と企業が闇献金を生み出すからくりであり、東日
本大震災復興資金の国民の血税をかすめ取ろうとする企業・政府機関など数多の組織の
糾弾である。
登場人物は、東京地検特捜部長鎌形、次席本多、村尾・本多副部長、主任検事高品、
中澤検事、検察事務官の城島・臼井・稲垣・吉見。闇献金企業の中核ワシダ運輸社長の
鷲田、その番頭格陣内、政治家海老名、同秘書の石岡、政治団体海嶺会会長野本、政治
家西崎事務所秘書の赤城等。これらのうち検察事務官のキャラクター造形が絶妙で楽し
い。働きも刑事顔負けである。
かつてロッキード事件など巨悪の暴きで名を挙げた検察庁特捜部はこの十年ほど前の証
拠捏造など不祥事でその権威を失墜した。特捜廃止論も叫ばれる中で事件捜査で実績を
上げ権威回復を図ろうとする現場(特捜部)と特、捜廃止を画する官僚組=赤レンガ派
のせめぎ合いも一つのアクセントになっている。
作中 闇献金の中心人物陣内が、闇献金の相手と金額を和菓子の銘柄と文字数を符丁
として手帳に記録する手立てとなっているが、少し考えすぎではないかと思うのだが。
ところで本文219p6行目にある「先輩検事」は文脈からして「先輩事務官」の誤りで
はないかと思料するが如何?
(以上この項終わり)
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