◇『カノン』
著者:篠田 節子 1999.4 文藝春秋社(文春文庫)
のっけからバッハの無伴奏パルティータ、難解な音楽理論などが登場し、クラシッ
ク世界にやけに詳しくて作者篠田節子はこんな世界にも造詣が深かったのかと思った
ら、趣味がチェロ演奏だと知って納得がいった。
これは音楽を基軸にしたホラーリッシュな作品である。最初亡くなった友人から贈ら
れたCDの曲がいろんな局面で勝手に流れだすあたりは、ふむふむと思ったが、後半で
その人物の幻影(亡霊)が現れ、恨めしい表情も見せず消えていく場面を迎えて完璧な
ホラーと知った。
元来ホラーとは嫌悪感を伴う恐怖を指すらしいが、この小説では嫌悪の情よりも友へ
の哀切の情を残しながらこの世を去った薄命の天才青年の現世への強烈な未練の表象と
して受け止められる。
音楽留学を射程に置いたほどの腕前を持つ香西瑞穂、結局は音大ではなく教師養成
大学の音楽専科に進み参加している学生オーケストラのレベルに失望していた瑞穂は
並外れたヴァイオリンの腕前を持つ新入生を発見する。香西康臣。バッハの無伴奏パ
ルティータを一緒に弾いて心を奪われる。そして康臣に夏休みに別な曲でピアノを加
えてアンサンブルをやろうと提案される。
康臣の高校時代の友人小田嶋正寛が加わって松本の別荘で合宿する。年若い3人の
合宿では瑞穂が心を寄せる康臣と、瑞穂に惹かれる正寛との間に微妙な空気が流れる。
康臣は瑞穂の恋愛感情には全く関心を示さないが、一度だけ身体を合わせる。
そして瑞穂が平凡な音楽専任の教職について結婚し子供出来て17年がたったある日、
正寛が現れ康臣が自殺したこと、葬儀に出席してくれと頼まれる。正寛は優秀な男で
国際弁護士で活躍、結婚し子供もできていた。
康臣は定職にも就かず、松本の実家に戻り残された資産も食いつぶしての服毒自殺
だった。
瑞穂は康臣の弟から彼女にあてた遺品として一つのCD を渡される。
CDは逆回しで録音された聞き覚えのある曲だった。その旋律は瑞穂の子供のラジカ
セや瑞穂の学校の音楽教室でも所かまわず鳴り出す怪奇現象を見せる。康臣は瑞穂に
何を訴えたかったのか。
終段に至り話はドラマチックな展開を見せる。
瑞穂は妻子を捨てて奥穂高の山荘に身を潜めた正寛を連れ戻しに単身山荘に向かう。
二人は落雷に遭い命を落としかけるが突如雷雨の中で鳴り響く旋律によって救われる。
改めて音楽の不思議と対峙した瑞穂は、再びチェロの演奏に打ち込むべく音楽教師
を退職する。
(以上この項終わり)
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