読書・水彩画

明け暮れる読書と水彩画の日々

皆川博子の 『蝶』

2020年07月13日 | 読書

◇ 『

   著者: 皆川 博子   2005.12 文芸春秋社 刊 



 作者75歳の頃の作品8作の短編集。思い出話が多いが作者特有の持ち味
が出た幻想的な作品もさることながら装丁がすばらしい。
 
<空の色さへ>
 乳母車、蠅帳、、錻力、樟脳、卓袱台など古めかしい言葉で綴る祖母の家
での記憶が、時代の風景を見事に写し出してくれる。
 語る娘は内翻足(先天的関節の形態異常)。母に疎まれ、同じように姑と
して疎まれていた祖母を慕って育った。
 
 祖母の家の二階は不思議な雰囲気、祖母は時折モダンな雰囲気の歌を口ず
さむ。祖母の家で暗い押し入れの天井の隙間にひとりの若い男の幽霊。
「来たいか?」と問われ、「行く」と言って幽霊の世界に紛れ込む。
そこでポル・フォルの詩歌を聴く。
 空の色さへ陽気です。誰あって、泣こうなどとは思わない。誰が死のう
と殺そうと、戦があろうとなかろうと、時は楽しい五月です。海は流れる
涙です。と若い男はマンドリンを奏でて歌う。
 その男は若くして結核で死んだ父の弟だった。

<蝶>
 インパール作戦を生きのびて復員した男。妻は見知らぬ男と同棲してい
た。妻とその男を持ち帰った銃で撃った。二人は死ななかったが実刑で服
役し、出所後海の見える地の廃屋で特攻くずれの男と同居する。
銃にはまだ1発残っている。
   次の世もまた次の世も黒揚羽 -今井豊-

<艀>
 私はしのぶという。孤児として施設に入るまでの間の住まいは漁具小屋。
桟橋には自作の詩歌を口ずさむ青年がたびたび訪れ、自作の詩歌を綴った
本をくれた。
施設に入ったしのぶは雑誌に投稿した小説が認められて作家になった。

<想い出すなよ>
 仲の良さにも強弱がある。少女同士の苦悩、ねたみ、裏切りなどの苦い思
い出。一の友人祥子の家の離れに住む従姉と思われた女性は、シェークスピ
アを読む華麗な女だった。私は沢山の本を借りチョコレートを貰ったりした。
 そのうち友達の一人に母に告げ口され、彼女のいる離れへの出入りを止め
られた。実はあの人は年若い妾だった。

<妙に清らの>
 離れにはけがをして隻眼となった叔父が住み、少女歌劇の歌を歌う 美形の
年若い婚約者がいた。やがて結婚したが彼女は顔に痘痕があった。子供の僕
はよく離れに遊びに行ったが、ある日扉を開けた向こうには妻の膝を枕に横
たわる叔父の姿があり、妻は眼帯をとった夫の隻眼にアジサイの花を差し込
んでいた。投げ出された叔父の足は青黒かった。皆川ワールド。

<竜騎兵は近づけり>
 桟橋わきに役割を終えた和船がある。夏の間だけ、父が私と弟に借りた海
辺の家。隣の家には若い男たちが出入りし楽器を演奏していて私はバグパイ
プを教わった。親しくなった勝男という男の子は海で弟を助け自分は沈んだ。
私はバンドを組んだ5人の男たちの演奏会で、勝男のためにバグパイプを吹い
た。
 竜騎兵は近づけり 彼の山を越え丘を越え 大野に落つる雷のごと

<幻燈>
 結婚前2・3年は行儀見習いに出る習いだった。奥様は子爵位を持った家の出
であった。主人は愛妾宅に入りびたり、私は奥様のお気に入りとなって夜も互
いに慰め合う中に。幻燈がお気に入りとなった奥様は空襲のさ中でも防空壕の
中で幻燈を映していた。爆撃で防空壕も奥様も焼けた。無傷だった母屋は宿無
し共が住み着くので焼いた。残ったのは奥様が写った幻燈の種板1枚だけだっ
た。

<遺し文>
 少年が恋心を抱いた離れに居留する女性は、上海で中国軍の兵士に陵辱され
た秋穂という女性。彼女を守ろうとした夫は惨殺された。婚家に居辛くなった
彼女は少年の叔父の家に身を寄せていた。死を覚悟した彼女は少年に身を任せ
たのち自裁した。「これで身が浄められました。ありがとう」と書いて。 
 その2年後、少年は霞ケ浦航空隊を志願、零戦に乗りラバウルで戦死した。

                       (以上この項終わり)


                       

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