◇『血の弔旗』 著者:藤田宜永 2015.7 講談社 刊
藤田宜永といえば男と女を描く作家という先入観があったが、『血の弔旗』を読んで
認識を改めた。それは最初に『求愛』や『愛の領分』を読んだからで、元々冒険小説や
犯罪ものを書いていたのだから、『血の弔旗』のような犯罪ものはお得意の分野なのだ。
この作品は小説現代に2012年11月号から2014年1月号まで1年以上に渡り連載された
作品を単行本にしたもの。580pに及ぶ長編である。
主人公根津賢治は貸金業者の大物原島勇平のお抱え運転手である。某日11億円の資金
が動くことを知り強奪を企む。絶対に疑われない作戦にはアリバイ証言者も含め3人の共
犯者が要る。長野の田舎町に疎開していたころの同級生岩武、宮森、川久保の3人を仲間
に話を持ち掛け引き込む。
当日夜。3匹の番犬を毒殺する。11億円を運び出したそのとき原島の長男浩一郎の愛
人迫水祐美子が来合わせ、射殺してしまう。いわくのある金だったのか原島は警察には
半端な560万円が盗られたと話した。根津らは11億円を宮森の実家の倉庫に埋め、4年間
は手を付けないことを誓い合う。昭和41年(1966年)8月のことである。
原島も警察も、最も疑わしい容疑者は根津であると思っているが、証拠もなくアリバイ
も崩せない。それでも警視庁捜査1課の石橋はしつこく根津に付きまとい交友関係などを
洗い始める。
原島の運転手を辞めた根津は、かねてやりたかった飲食業に仕事を得て、店長になり数
店の管理を任される立場にまで出世する。共犯者であった岩武や宮森もそれぞれ4年後を
頭にひっそりと暮らしている。そんな中、原島や原島の仲間の佐伯などは、執拗に金の在
り処を聞き出そうとし、山分けを持ちかける。しかしアリバイに自信を持つ根津は適当
にはぐらかして来たのだが、小学校恩師栄村の出征時の日章旗が現れる。そこには根津、
宮武らの寄せ書きがあった。もし原島や警察が知ることとなったら4人の関係が明らかに
なり、アリバイも崩れてしまう。
実はあまりにも出来すぎであるが、根津は飲食店展開を助けた隅村の親戚の娘として現
れた玉置境子と知り合い結婚したのだが、実は境子は小学校恩師栄村の妹であった。
殺人事件の犯人ということになれば賢一郎という息子までできた幸せな家庭は、一挙に地
獄絵図になってしまう。何とか日章旗を闇に葬ろうとするのだが…。
殺人事件の時効成立まであと6日。最後はなんとも衝撃的な展開で根津たちは捕まる。
無期懲役の刑で新潟刑務所に服役し2001年に出所した。出所した根津は、三崎港で偶然
境子に会う。息子の賢一郎の姿を遠くから目にしながら、自らの運命を恬淡と受け止め、
独り従容と去っていく。
意外と歯切れの良い文章で一気に読める。昭和時代の世相を映した面白い犯罪小説で
ある。
(以上この項終わり)
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