読書・水彩画

明け暮れる読書と水彩画の日々

柚月裕子の『ミカエルの鼓動』

2022年05月28日 | 読書

◇『ミカエルの鼓動

           著者:柚月裕子  2021.10 文芸春秋社 刊

   

『孤狼の血』、『暴虎の牙』を読んで男性的感性が横溢したストーリーに感動した者の一人であるが、同じ作家柚月裕子の作品である本書は医療分野の中でも先進性が高い心臓外科のロボット支援下手術を主題にした内容で、如何に専門家の協力を得たにしろ心房中隔欠損症弁置換手術の圧巻的なシーンの叙述は詳細を極め、感動的であった。
 この小説での主役は西條泰巳45歳。ロボット支援手術の第一人者として評価が高い。一方ライバル的存在として登場するのは真木一義44歳。心臓の開胸手術では心臓外科界のエースと言われていた。
 何がライバル的かと言えば先々所属の北中大病院長として嘱望されている西條の前に突然招聘されて現れた同じ心臓外科の開胸手術のエースだからである。西條の医療に関する基本スタンスは何人に対しても平等な医療の提供である。一方の真木は患者に対する医師の立場は西條の理念とそう変わらない。決して敵対関係にあるわけではない。

 白い巨塔と言われるように院内の権力闘争は激しい。医療に対する理念、心情もそれぞれ違う中で熾烈な争いが起きる。そんな中でライバル的と思われた西條と真木は医療に対する基本スタンスが患者本位という点で同じであることが明らかになって、わだかまりが解けていく流れが心和ませてくれる。

 そんな中ロボット支援手術のエースと言われている西條の耳に「ミカエル」に欠陥があるという情報が入ってきて目前に控えた少年の手術執刀に不安が芽生える。万が一術中にロボットに不具合が起こったら という不安。患者を死なせてはいけないという信念を支えにとった手立ては…。

 早くに亡くした父母や弟への悔恨の念。妻や義母と通い合わない冷え切った関係。術前に患者である少年との間に芽生えた信頼関係など西條を巡る環境変化、気になる真木は日本の心臓外科医からなぜ離れたのか、海外から復帰しなぜ北中大病院に迎えられたのかなど謎の解明を求め回る西條。経営戦略担当執行委員である雨宮香澄の謎めいた言動等々交錯する何本かの支流が入り乱れ、本流に収束しないまま終幕を迎えるのが惜しい。

 デジタルに頼るのもいいがバグという隠れた怖さがあるという一面を指摘した作品でもある。 
                        (以上この項終わり)




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