◇ Iの悲劇
著者:米澤 穂信 2019.9 文藝春秋社 刊
連作短篇集である。
Iとは人名略号と思いきや某市Iターン推進課のIのことだった。
6年前に無人となった村にを再生させようとするプロジェクト、担当
課は「甦り課」というが、課長を含め職員は3人しかいない。
去年採用されたばかりの観山遊香という女性とやる気のない五十男
の課長西野秀嗣。そして厄介事は一人で背負わなくてはならない中堅
職員万願寺邦和。(以上序章)
プロローグには「そして誰もいなくなった」とある。
いまや限界集落はどこにもある。たっぷりあるのは自然だけで、働き
口もないところに誰が移住するのか。何か問題を抱えた人たちが市や
町の助成策を当てにして移り住むのだが…。
「軽い雨」
最初の2家族が隣同士になって、それぞれに騒音など不満が出て、
作為的な失火事件まで起きてしまう。安久津さんはラジコンが趣味
の久野さんに、庭で遊ぶ子供には危険だと反感を抱いている。久野
さんは連日連夜重低音の大音響音楽を流すので安久津さんに反感が
あり、「甦り課」に苦情を持ち込んでいる。
そんなある夜バーベキューをしていた安久津家の2階に火の粉が
舞い上がり火事になった。部分失火で済んだが、普段は眠っている
だけの西野課長が久野さんのラジコンを使った失火誘導のからくり
を指摘しお灸を据えた。第一陣の2家族が一挙にいなくなった。
「浅い池」
目標の10家族がそろった。開村式では市長が得意気な挨拶をする。
年若い青年が始めた養鯉池から鯉が盗まれたと大騒ぎ。万願寺と観山
が行ってみると網を張って鍵までつけたと言っていた養鯉場の網は天
井には張っていなくて青天井だった。鳥の餌場になっていたのだ。恥
じ入った山野さんは起業を諦め村を去った。
「重い本」
ある日息子がいなくなったと「甦り課」に立石さんの母親から電話
が。警察に通報する前に相談したという。日頃息子は隣の自称歴史家
の久保寺さんの家に出入りし好きな本を読んでいいと言われていた。
しかしこの日は久保寺さんは戸締りし出かけて留守だった。息子はど
こに行ったのか。
万願寺と観山は家の後ろ側に旧住民の掘った防空壕の入口を見つけ
る。子供はこうした隠れ家が好きなのだと分け入ると、本の下敷きに
なった子供を発見。重い久保寺さんの蔵書が崩れ落ちたらしい。子供
は助かったが、救急車が到着するまでに40分掛かった。立石さんは
「病院に運び込まれるまでに2時間かかるところでは子供を育てられ
ません」と言って去った。久保寺さんは責任を感じて村を去った。
「黒い網」
超潔癖症の河崎さんの奥さんは、排気ガスや、アマチュア無線のアン
テナからの電波を拒絶し近所としっくりいっていない。
長塚さんが音頭を取って移住者の懇親を深めるために秋祭りを催すこ
とになった。珍しく移住者の全員が集まった。潔癖症の河崎さんの奥さ
んも。その河崎さんがバーベキューのキノコを食べて食中毒症状を起こ
し倒れた。命に別状はなかったが、なぜ河崎さんだけが中毒したのか。
調べた結果カキシメジという毒キノコは1個だけという。きのこを採っ
てきた上谷さんは責任を感じて村を去った。
それにしてもなぜ河崎さんの奥さんは毒キノコを選んだのか。この
謎は焦げたものには手を出さないという妻の習性を知っていた河崎さ
んのご主人の仕業だと分かった。1個のカキシメジだけ焼けないよう
にしておいて奥さんの目の前に置いたのだ。度を越した潔癖症に辟易
していた河崎さんはお灸を据えようと図った結果らしいが、普段仕事
をしない西野課長にこっぴどくお灸をすえられて村を去った。これで
また2家族減った。
「深い沼」
萬願寺君にはシステムエンジニアをやっている弟がいる。亡くなっ
た父親の三回忌をやるが都合はどうかと電話する「忙しい、行けない。」
という。そして役人に見切りをつけて東京に来い、働き口はいくらで
もあるという。蓑石のような限界集落などどこにもあるが、その再
生など消耗戦で、税金を呑み込む深い沼のようなもんだという。「そ
うかもしれないが、俺はここでやっていく」と言って萬願寺は電話を
切った。
「白い仏」
蓑石には廻国僧の円空が彫ったという仏像があるという。蓑石復活
の立役者を自称する長塚さんが箕石復活の目玉にしようと若田さんに
公開を迫るが、移住者若田さんは先住者檜葉家が置いていった預かり
ものだからと応じない。長塚さんに甦り課の介入を迫られて萬願寺と
観山は残された記録調査に出かけるのだが、異常現象が起きて…。
いつの間にか長塚がレプリカと置き換えていたのだとか。窃盗事件
相当の出来事でまたも西村課長が因果を含めて1週間以内に退去とい
うことになった。白石さんは蓑石を去る前にこの里は祟られていると
言った。
終章「Iの悲劇」
白い仏の一軒は
束の間の甦りだった。、
そして誰もいなくなった。