読書・水彩画

明け暮れる読書と水彩画の日々

インガー・アッシュ・ウルフ『死を騙る男』

2021年09月09日 | 読書

◇ 『死を騙る男』(原題:THE CALLING)

  著者:インガー・アッシュ・ウルフ(Inger Ash Wolfe)
  訳者:藤倉 秀彦  2011.1 東京創元社 刊

   
 アメリカの警察小説はずいぶん読んだが、カナダの警察小説は少ない。
 この小説はカナダケベック州の片田舎の女性署長と数少ない刑事の連続
殺人への取り組みが主体であるが、片田舎とはいえなかなかの分析力と推
理力を発揮してテンポよく捜査が展開されていくので小気味よい。事件は
宗教がらみで動機も殺人者と被害者の接触方法がなかなか捉えられなくて
苦労するのであるが捜査陣の話と殺人者の話がほぼ交互に語られて、それ
なりに分かり易い。

 カナダ・オンタリオ州のポート・ダンダスという田舎の警察署。署長が
引退してもいつまでたって後任が発令されずヘイゼルという61歳の女性警
部補が事実上の署の代表となっている。刑事は署長も入れてたった3人。
 そんな中、立て続けに殺人事件が発生、ヘイゼルは州警方面本部に掛け
合って応援刑事を派遣してもらう。ウィンゲート刑事は年若いが優秀だっ
た。

 第一の事件の被害者はディーリアという女性がん患者。サイモンという
宗教者である殺人者は約束通りの手順でディーリアを殺し次の予定者の住
む町に向かう。第二はマイクル・アルマーという男性で多発性硬化症患者。
ハンマーで手や足、目や口、頭蓋骨など顔全体を徹底的に潰されていた。
 ヘイゼルはカナダ全土に警報を発する。目に見えない犯人をどうやって
追い詰めるのか。

   原住民居留地で自殺とされた肺がん末期の患者の死因調査に行ったウィ
ンゲートはその娘がちらりと見たという犯人の姿を聞き、ようやく犯人の
実像に迫ったと確信する。しかしその間にも新しい殺人が行われていた。

 サイモンにはスケジュールがあり、全能の神との約束で19人をその元に
送る。あと4人手に掛けなければならない。危うく命を落とす危機をむか
えながらあと一人までこぎつける。狂った信仰が生み出した論理。

    ヘイゼルの最大の弱みは、孤独であることと重度の背骨痛を抱えてい
ることである。手術が必要なのだが、同居の母は高齢なので離婚した元夫
に介護の相談をしたりするほど頼れる人がいない。独立独歩の姿勢が固く
こんな重大連続殺人事件でも、州警察や連邦警察に応援を頼んだりしない。
絶好の機会とばかり「所轄」で解決しようと頑張るのである。

 紀元前のギリシャ語聖書の世界では禁忌とされた口承依存部分につなが
るシラブル殺人の動機と連続性の解明にAIに助けを求め成功する。多分こ
んなものに頼らないでも事件を解決できただろうと思うほどこのチームは
優秀なメンバーがそろっているのだ。
 ヘイゼルを初めその友人レイモンド、若いが優秀なウィンゲート、鑑識
のスピア、フランス系刑事のセヴィニーなど人物造形が優れ実に存在感が
ある。もちろん対極にある殺人者と彼と契約を結んだ被殺害者もその背景
を含め多様な状況が生々しく浮き彫りにされる。

 そして終盤近く、読者も息をのむ驚愕の瞬間が訪れる。犯人からヘイゼ
ルへの挑戦状ともとれる封書が届く。その中身は…。
 母を人質に取られた焦燥の一日一日。方面本部によって指揮権を奪われ
たヘイゼルは署員の一致した支持の下で母の幽閉場所発見と救出に奔走す
る。
 そんな中犯人は警察にヘイゼルを訪ね母親の生死を知りたければ一緒に
来いと車で連れ出す。ヘイゼルは瀕死の母親に会えたし犯人確保できた
(しかし自殺体で)。緊迫した場面での両者の丁々発止が見ものである。
 しかし勝負から言ったら犯人の勝ちである。警察は完全に彼の手の内に
あって主導権を握られていた。宗教上の確信犯はこわい。
 欧米の警察ものとしては傑出の作品であろう。
                      (以上この項終わり)
 
 

 

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