読書・水彩画

明け暮れる読書と水彩画の日々

藤田宜永の『彼女の恐喝』

2021年02月12日 | 読書

◇『彼女の恐喝

  著者: 藤田 宜永  2018.7 実業之日本社 刊 

  

 アメリカにいる三女が日本語の本に飢えているので、送ってあげようと妻が
選んでアマゾンで取り寄せた本。今はなかなか物が送れない状態なので寸借し
て読んだ。
 今まで読んだ藤田宜永の本とは違って軽いエンターテイメント小説である。
    ミステリーっぽいが官憲は出てこない。交錯する犯罪者の心理がうまく描か
れている。

 岡野圭子23歳は母子家庭に育ち、自分の力だけで大学に通う4年生。奨学金
だけでは苦しくて生活のために六本木のクラブで働いている。出版社で働くの
が夢であるが、就活ではどこの会社も落ちた。 
  台風の風雨が吹き荒れ停電があった夜。あるビルから出てくる一人の見知っ
た男を目にする。常連客で好感を抱いている男、国枝に違いない。
 圭子は翌日そのビルで殺人事件があったことを知る。犯人は国枝ではないか。
 400万円の奨学金返済のためにももっと金が欲しい圭子は国枝を脅迫しようと
策を練る。

 圭子の心の裡に潜む黒い部分、偶々生まれ落ちた家がシングルマザーだった
ために、こんな苦労をしなくちゃならない。友人の弥生などは両親兄弟がそろ
って家も裕福であるため、何の心配もなく青春を楽しんでいる。不公平ではな
いか。誰しも多少ならず持っている妬み・嫉みの思いが圭子の恐喝という犯罪
行為を支えた。

 脅迫はうまくいって2000万円が手に入った。国枝はその後も店に通ってくる。
ファザコンである圭子は罪悪感を持ちながらも紳士的で無理強いをしない国枝
に次第に惹かれていく。以上が第1章 恐喝者岡野圭子の事情説明である。

 そして第2章が恐喝対象者国枝の事情。なんと国枝は郷里で不倫相手の夫を
死なせ、警察の手を逃れて出奔していた。その後ある男から戸籍を譲り受けた
うえで、不動産会社に婿養子として結婚、国枝姓に代わっていた。妹の文恵と
は連絡を取り合っていたが、雨の夜にマンションから駆け出たのは妹を訪ねた
折りのことだった。殺人事件は文恵の部屋の1階下で起きたのだった。
 圭子はとんでもない間違いを犯したのだった。 

 国枝の過去の不倫殺人は時効になっていたが、殺した男の義理の息子の恐喝
と思って2,000万円払った。自分の改名や住まいは文恵しか知らないので不審さ
はぬぐえない。
 一方圭子の郷里(軽井沢)で同級生だった功太郎は圭子に思いを寄せ、彼女
のスマホに遠隔操作アプリを埋め込みストーカー行為をしていた。国枝と圭子
の関係をやっかみ、家まで押しかけ国枝を刺殺したうえマンションから飛び降
り自殺してしまった。 

 第3部は国枝の妹文恵の話になる。実は国枝が殺したと思った不倫相手の夫
はまだ死んではいなかった。連れ子である息子が日ごろの冷たい仕打ちを恨み
止めの打撃を与えていたことが妻の告白で明らかになった。これを知った文恵
は国枝に電話したのであるが、その時には国枝は既に功太郎に刺されて亡くな
っており真相を知ることはなかった。

 結局圭子は脅迫の告白もしないまま国枝を失った。優しくて大事に思ってい
た恋人のような存在だった彼にお詫びをと墓参りに行ったところ、圭子を脅迫
者と疑っている国枝の妹に遭ってしまう。しかし文恵は圭子の国枝への愛情を
感じ取り許す気持ちになる。

 考えてみれば圭子は想像上の犯人を脅迫し、その人は架空の犯人に金を払う
という、いわばすれ違いの加害者と被害者であったわけである。
 圭子は真面目な努力家で普通の女性だった。雨の夜に国枝の姿を目にしなっ
たら脅迫という犯罪行為に走らなかった。その後クラブで国枝に会う度に罪悪
感に苛まれていた。文恵から事の真相を知りようやく安堵する。
 2000万円の国枝の金で奨学金を返済し、念願の文芸出版社への就職も果たし
た。念願だったフランスへの観光旅行に旅立った。

 ところでどうでもいいことではあるが、銀座であれ六本木であれ、クラブの
ホステスは「水割り」を「お水割り」と言うのだろうか。
                         (以上この項終わり)

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