読書・水彩画

明け暮れる読書と水彩画の日々

樋口脩介『笑う少年』

2016年01月02日 | 読書

◇ 『笑う少年』 著者: 樋口 脩介   2015.8 中央公論新社 刊

  

  この本を見て思いだした。ずいぶん昔に北欧(スェーデン)の作家・マイシュヴァール・ペール・ヴァ
 ールーの『笑う警官』を読んで、なぜか新鮮な感動を覚えたことがある。また2004年に佐々木
 譲が『笑う警官』(初出は『うたう警官』)を出した時にもこの『笑う警官』を思い出した。
  『笑う少年』の場合、本書中ほどで題名の「少年の笑い」がポイントのひとつとして浮かび上
 がってくる。

  本書はWeb小説中公で出た。この作家の作品を読むのは初めてであるが、ストーリーの
 テンポといい皮肉に満ちたくだらない会話が読者を飽きさせないところが魅力である。作者
 は初め純文学を目指したが、途中で方向転換したという。1990年第103回直木賞候補に
 挙がるなどいくつかの賞の候補に挙がっているがついぞ受賞に至らなかった。エンターテ
 イメントに徹したこのジャンルの方が良い。

  本作は「風町サエ」シリーズの第2作(第1作は『猿の悲しみ』)。風町サエは高校生の息子
 を持つシングルマザー。むかし喧嘩のはずみで不良仲間を殺し、刑務所に入ったことがあ
 る。いまは愁平という悪徳弁護士の事務所で、汚れ仕事を担当する調査員として生活して
 いる。必要とあらば法律を破ることもいとわない。愛する息子聖也のために1億円を蓄える
 ために裏稼業にも励む。時々所長の愁平から勇み足を注意されるが「大人しくしていろと言
 われたものの、他人から指図されて大人しくしている性分ならもともと刑務所へは入らない。」
 とうそぶく。(p174)  

  今回サエが愁平から託された仕事は。急成長している安売りピザの創業者・小田崎貢司
 が、支配店舗の自殺した女性従業員の親族から多額の慰謝料を請求されており、これを
 1千万円の見舞金で収めさせる仕事である。この自殺の背景には小田崎がつくりだした(A
 KB48をほうふつとさせる)OKEなるピザ店女性店員のアイドル作戦の仕掛けがある。ピザ
 売上を競う女性店員とこれを応援するフアン顧客の投票で女店員はより高位の店に移り、
 数少ない「OKEスペシャル」に選ばれ芸能界入りすることができる。そのためには女店員
 は何でもするらしい。
  サエの探索でこの自殺騒ぎは祖母とマネージャーの殺人であったことが明らかになる。
 
  一方成り上がりの小田崎は、多額の献金をエサに慈善団体の理事の椅子を狙っている。
 サエは、出自の定かでない小田崎の役員入りを嫌う慈善団体専務理事代理から小田崎
 の自発的断念を狙う汚点探しを頼まれる。これはサエの内職の裏稼業である。
  現場主義のサエは埼玉県飯能、高麗、寄居、静岡県三島、長崎県五島と事件関係者の
 足跡を辿って駆けまわる。こうした地方の特徴をよく捉えた描写も本書の魅力である。
  官名詐称、住居不法侵入、暴行傷害、恐喝…必要とあらば躊躇なく法をちょっと破る。し
 かし人間的なところもある。特に追いつめた小田崎の来歴に同情すべきところを認めたサ
 エは安全な逃げ場を差し出し、三方一両損の策を提案したりする。
  
    いま続けて大沢在昌の作品「ライアー」を読んでいる。主人公神村奈々は智というやはり
 少学生の男の子を持つシングルマザー(夫は殺された)。冷徹なアウトローの殺し屋である
 が、息子のためなら自らの死もいとわないという心を持つ点ではサエと同じ。同じようなキャ
 ラクターの女性の活躍に心躍らせて、暮れの忙しい時をかいくぐって読み続けている。
  スーパーウーマン風町サエと神村奈々に乾杯!

                                           (以上この項終わり)

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