塚田盛彦のつれづれなるままにサッカー

世界中で親しまれているサッカー。このサッカーをフィルターとして、人間社会の構造に迫っていきたいと思います。

憎らしいほど強かった90年代のACミラン

2009-09-28 02:15:44 | 日記
 最近サッカーに関心を持った方はご存知ないでしょうが、1990年代の欧州サッカーを牽引していたのは、間違いなくACミランでした。特にふたりの指揮官、アリゴ・サッキとファビオ・カペロによって高められた、4-4-2のゾーンプレスは、世界中で猛威を振るい、多くの模倣を生むと同時に、ロベルト・バッジョ、ジャンフランコ・ゾラに代表される名手達が、その存在価値を見出せない時期でもありました。
 でも今から振り返ると、サッキはゾーンプレスの構築に対し、きちんとセーフティネットを用意していたことがわかります。
 サッキは最終ラインをハーフエーラインのあたりに定め、許す限り相手陣内で試合を行うよう選手達を訓練しました。相手をタッチラインに果敢なプレスで追い詰め、奪ったボールをダイレクトパス2、3本をつなぎ、ゴールに結びつける。それは鮮やかな手際でした。
 ここにセーフティネットの一つ目がありますね。そう相手陣内でプレイをすることは、選手の体力を無駄に消費せず、同時にマイボールを維持できる利点があるからです
 また最終ラインに配置した4人の後方には、相手が羨むほどの広大なスペースが広がっていましたが、サッキは果敢なオフサイドトラップで、相手にボールを保持させませんでした。仮にトラップが敗れたとしても、GKは足技に優れたセバスチャーノ・ロッシを起用していました。
 ふたつ目のセーフティネットは、戦術が破綻したときでも、破られた際の保険を選手達に植え付けたことにあります。
 この時期のミランには、イタリア史上最高のリベロ、フランコ・バレージが存在するという恵まれた環境にあったことは事実ですが、サッキの脳内イメージが、絵に描いた餅にならなかった点は、大きく評価すべきですね。ちなみにミランはカペッロ政権の92-93シーズンは無敗で優勝しています。シーズントータルでの失点は15という、驚愕すべきものでした。
 しかしこのゾーンプレスにも、やがて破綻するときがきます。そのお話は次回にまわすことにしますね。
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