それでも僕はテレビを見る

社会‐人間‐テレビ‐間主観的構造

スープ5

2013-08-13 07:35:54 | ツクリバナシ
サキがようやく電話に出たのは、通算5度目にかけてからだった。

ミノルとサキはやっぱりあの夜も喧嘩になった。

「私はイギリスに行って開発の勉強して、それから日本に帰ってきたいの。日本の大学じゃ、どこもしっかりしたプラグラムが無いからね。そのためにずっと英語も勉強してきたし、出来るだけ関係する授業も取ってきた。

ねぇ、ミノル。大学の4年間はあっという間だよ。弁護士になりたいなら、そのための勉強をしなきゃだし、マスコミに入りたいなら、そのためのサークルに入った方がいいんだよ。

だからね、専門を決めるってことは・・・」

ミノルはサキの言葉を遮った。

「分かってるよ、もうそれは分かってるんだ。でも、まだどうしたらいいのか決めらんないよ。

そりゃサキは早くに目標見つけて、突き進めたかもしれないよ。でも、僕はまだ時間がかかるんだよ。

それにこれは僕の問題なんだよ。僕の将来は僕が決める。自分のペースで決めたいんだ。焦って変なふうにしたくないし。

プレッシャーなんだよ。サキの経験談。そんなふうにうまく出来ないかもしれないし、僕は。」

サキとミノルの間に沈黙が流れる。

「ごめん。」とサキが呟いた。

「サキの自信満々な感じ。あんまり、好きじゃない。」ミノルは言いすぎと思ったが、もうあとの祭りだった。

その言葉にサキは少し驚いた様子で、ミノルの眼をにらんだ。そして、すぐに悲しい表情になった。

「自信なんてないよ。本当言えば、不安なんだよ。これから留学するんだよ。その後、どうなるかも分からないんだよ。

私たちのことだって、どうなるか分からないんだよ。自信なんてあるわけないじゃん。ミノルは分かってくれてると思ってた。」

ミノルは返す言葉がなかった。自分のことばかり考えていたことをすまなく思った。とりあえず、「ごめん。」と呟き返した。

また、気まずい沈黙がふたりを包む。

「・・・今日は帰るね。」と言うと、サキはバッグを手にして、そのまま出て行ってしまった。

ミノルは止めることもできず、テーブルの韓国料理を前に、うなだれていた。

それから5日間、ふたりは会うことはもちろん、電話もしなかった。

けれど5日経ってから、サキの親友のユリからメールが来て、サキが風邪をひいて寝込んでいる、とミノルは知らされた。

そして、遂に電話することにしたのである。



ケンカした翌日、サキはついてないことが重なった。

バイト先の予備校の受付で珍しくミスをして、社員の人にきつく怒られてしまった。

しかも、その日はくしくも留学先に提出する英語の試験結果が出る日で、その結果があと5点ほど合格基準に達していなかったのである。

そして、おまけにバイト先では、傘を忘れたため、どしゃぶりのなか家に帰らなければならなかった。おかげでその2日後、風邪をひいた。

サキはどん底にいた。

けれど、ケンカして部屋を飛び出した手前、ミノルに泣きつくわけにもいかなかった。そこですぐに親友のユリに電話したのであった。

すぐにユリが駆け付けてくれて、サキを介抱してくれた。

一人暮らしの風邪ほど、人間を孤独にするものはない。とサキはいつも思う。

ミノルから電話が来たのはその翌日だった。

けれど、まだサキは病床に伏せっていたので携帯の着信音は最少にしており、うつらうつらしているうち、全く携帯の着信に気が付かなかった。

ミノルからの5度目の電話をとった時には、夜になっていた。

「大丈夫?風邪ひいたんだって。」いつもの優しいミノルの声だ。

「うん。あれから、酷いことが重なって、そして風邪ひいたの。私、世界から取り残されて、それで、ひとりぼっちになって・・・。」

「今、部屋の前にいるんだけど、入れてくれる?」

ミノルは、サキのための食材の袋を左手に、携帯を右手に、サキの部屋のドアの前に突っ立っていた。

サキは急いでドアを開けて、そして、ミノルに抱きついて泣いた。

ミノルはいつものサキの髪の匂いを確かめながら、子供をあやすようにサキを抱きすくめた。



ミノルは風邪のサキのために料理をすることにした。

まず、ジャガイモと玉ねぎの皮をむき、薄切りにすると鍋で炒め始めた。

その後、そこに水を加えて蓋をして煮込んだ。

具材がくたくたになったところで牛乳を加えて沸騰直前まで火にかけ、あら熱を取った後でミキサーにかける。

最後にさらに牛乳と隠し味にヨーグルトをくわえ、塩コショウで味を調えた。

ミノルが得意のビシソワーズである。

まだ食欲はなかったサキだったが、これなら食べられそうだった。

スプーンですくい、ゆっくりと口に運ぶ。

優しい味がした。

「おいしい。」と口から小さく漏れるように、サキは言った。

「うん。」とだけ、ミノルは言った。

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