「今更ながら、夏はトマトが美味しいんだけど、特に北海道のトマトはすごいんだよ。」
ミノルはトマトのヘタを取り、種を取っている。
「北海道のトマトは正直言って、あんまり火を通すのには向いていないと思う。基本的に生で噛り付くことが念頭にあるんだ。火を通すと、途端にぼんやりした味になりがち。
けど、このスープなら話は別。」
サキはミノルの作業を黙って見ている。料理が不得意なうえに、今日は白のワンピースを着ていて、全くトマトの料理をするには不向きな格好なのである。
少しだけ明るい茶色のサキのショートカットと、白いワンピース、それにどこまでもなだらかに続く緑と茶色の丘は、初めからこの世界にセットで登場したかのような見事な組み合わせだった。
言うまでもなく、すでにミノルは沢山写真を撮っていた。
「メインはトマトで、他にきゅうり、ピーマン、玉ねぎ、にんにく、セロリを一緒に入れるよ。」
ミノルと付き合うようになるまで、サキはセロリをあまり食べなてこなかった。
けれど、あまりにもミノルがセロリを料理で多用するものだから、遂にセロリを好んで食べるようになったのであった。
「スペインのガスパチョね!」
サキはいつかスペインに行ってみたいと思っている。イギリスに留学したら、ちょっとだけ休みを取ってスペインにも遊びに行きたい。スペイン人の友達が出来たらいいのに、とすら考えている。
「そう。このスープではトマト以外の野菜は決して多すぎてはダメ。味が濁っちゃう。あくまでもスパイスのような感じで。
そこにパンをちょっとと、ワインビネガー、オリーブオイル、塩、コショウっと。」
「パンを入れるの?」サキは目を丸くしてミノルに尋ねる。
「そう、パンを入れるとコクが出るのと同時に、まろやかになり、しかも独特のとろみにもなるんだ。
酢も大事。酢は酸っぱいだけじゃなくて、実はかなりうま味を含んでる。」
ミノルの料理の講釈は相変わらず理路整然としているが、サキはそれ聞いたからと言って料理が上達するわけではなかった。しかし、確実に知識としての料理だけは上達していた。
「最後に水を加えて、ミキサーにかけるよ。」
ミキサーのけたたましい音が台所を占拠する。野菜は次第に粉々になって、遂には全体が薄いピンク色になった。
「でも、ここで止めてはいけないよ。これを裏ごしします。」
ミノルはザルを使って、器用にスープを濾していく。いっそう滑らかな液体が出来上がる。
「味見していいかな?」すでに旬の野菜の強く逞しい香りが漂っている。
「ダメだよ、これを冷蔵庫でちゃんと1時間冷やします。」
ミノルはスープを冷蔵庫に入れた。このスープを作るのは本当に久しぶりだ。東京で手に入る野菜だけでは、どうしても思った味になかなかならない。このスープは本当に新鮮な旬の野菜で作らなければ意味がないのである。
「今日はさらにイタリアの魚介のスープを作ろう。」
共働きだったミノルの家では、とうとうミノルが母親を抜いて一番の料理上手になってしまっていた。
そういうわけで、今日はミノルがメインの晩御飯をつくる。
玉ねぎを粗みじんに切り、にんにくを潰し、こちらもみじんにする。
オリーブオイルでそれらを炒め、そこにアサリとイカを入れる。どちらももちろん北海道産のものだ。
ミノルは北海道で手に入る魚介の味がどれほど素晴らしいのか東京に来るまで知らなかった。
無くなってから気が付くことが沢山ある、とミノルは知った。それが分かったからと言って、事前に何か大切なものの価値に気づけるようになるわけでもないのだが。
鍋に白ワインを入れて蓋をして煮立たせたら、アサリがパカパカ口を開いた。すでに台所中、良い匂いだ。
そこにトマトのみじん切りをたっぷり入れる。
北海道のトマトは火を通すと云々と言ったミノルではあったが、やはり季節のトマトの勢いのある酸味は他に代えがたいものがある。
水を少々加え、おまけにエビを入れたら、30分ほど煮込んで完成である。
その土地のうま味が詰まったスープが出来上がった。
このスープとパンの相性は抜群だが、ご飯を入れてひと煮立ちさせ、リゾットにするのも最高である。
殻つきのエビとアサリは皆を寡黙にし、締めのリゾットで皆、眠くなるような満足感を得るのであった。
ふたりの北海道でのささやかな旅行はあっという間で、あとは動物園に行ったり何なりして、すぐに終わった。
けれど、北海道が初めてだったサキにとってはかなりインパクトのある旅行になった。
特にミノルの実家の風景は、もし仮にミノルと別れることになったとしても、忘れられないだろうと思えた。
それにあのスープの味も。
ミノルはトマトのヘタを取り、種を取っている。
「北海道のトマトは正直言って、あんまり火を通すのには向いていないと思う。基本的に生で噛り付くことが念頭にあるんだ。火を通すと、途端にぼんやりした味になりがち。
けど、このスープなら話は別。」
サキはミノルの作業を黙って見ている。料理が不得意なうえに、今日は白のワンピースを着ていて、全くトマトの料理をするには不向きな格好なのである。
少しだけ明るい茶色のサキのショートカットと、白いワンピース、それにどこまでもなだらかに続く緑と茶色の丘は、初めからこの世界にセットで登場したかのような見事な組み合わせだった。
言うまでもなく、すでにミノルは沢山写真を撮っていた。
「メインはトマトで、他にきゅうり、ピーマン、玉ねぎ、にんにく、セロリを一緒に入れるよ。」
ミノルと付き合うようになるまで、サキはセロリをあまり食べなてこなかった。
けれど、あまりにもミノルがセロリを料理で多用するものだから、遂にセロリを好んで食べるようになったのであった。
「スペインのガスパチョね!」
サキはいつかスペインに行ってみたいと思っている。イギリスに留学したら、ちょっとだけ休みを取ってスペインにも遊びに行きたい。スペイン人の友達が出来たらいいのに、とすら考えている。
「そう。このスープではトマト以外の野菜は決して多すぎてはダメ。味が濁っちゃう。あくまでもスパイスのような感じで。
そこにパンをちょっとと、ワインビネガー、オリーブオイル、塩、コショウっと。」
「パンを入れるの?」サキは目を丸くしてミノルに尋ねる。
「そう、パンを入れるとコクが出るのと同時に、まろやかになり、しかも独特のとろみにもなるんだ。
酢も大事。酢は酸っぱいだけじゃなくて、実はかなりうま味を含んでる。」
ミノルの料理の講釈は相変わらず理路整然としているが、サキはそれ聞いたからと言って料理が上達するわけではなかった。しかし、確実に知識としての料理だけは上達していた。
「最後に水を加えて、ミキサーにかけるよ。」
ミキサーのけたたましい音が台所を占拠する。野菜は次第に粉々になって、遂には全体が薄いピンク色になった。
「でも、ここで止めてはいけないよ。これを裏ごしします。」
ミノルはザルを使って、器用にスープを濾していく。いっそう滑らかな液体が出来上がる。
「味見していいかな?」すでに旬の野菜の強く逞しい香りが漂っている。
「ダメだよ、これを冷蔵庫でちゃんと1時間冷やします。」
ミノルはスープを冷蔵庫に入れた。このスープを作るのは本当に久しぶりだ。東京で手に入る野菜だけでは、どうしても思った味になかなかならない。このスープは本当に新鮮な旬の野菜で作らなければ意味がないのである。
「今日はさらにイタリアの魚介のスープを作ろう。」
共働きだったミノルの家では、とうとうミノルが母親を抜いて一番の料理上手になってしまっていた。
そういうわけで、今日はミノルがメインの晩御飯をつくる。
玉ねぎを粗みじんに切り、にんにくを潰し、こちらもみじんにする。
オリーブオイルでそれらを炒め、そこにアサリとイカを入れる。どちらももちろん北海道産のものだ。
ミノルは北海道で手に入る魚介の味がどれほど素晴らしいのか東京に来るまで知らなかった。
無くなってから気が付くことが沢山ある、とミノルは知った。それが分かったからと言って、事前に何か大切なものの価値に気づけるようになるわけでもないのだが。
鍋に白ワインを入れて蓋をして煮立たせたら、アサリがパカパカ口を開いた。すでに台所中、良い匂いだ。
そこにトマトのみじん切りをたっぷり入れる。
北海道のトマトは火を通すと云々と言ったミノルではあったが、やはり季節のトマトの勢いのある酸味は他に代えがたいものがある。
水を少々加え、おまけにエビを入れたら、30分ほど煮込んで完成である。
その土地のうま味が詰まったスープが出来上がった。
このスープとパンの相性は抜群だが、ご飯を入れてひと煮立ちさせ、リゾットにするのも最高である。
殻つきのエビとアサリは皆を寡黙にし、締めのリゾットで皆、眠くなるような満足感を得るのであった。
ふたりの北海道でのささやかな旅行はあっという間で、あとは動物園に行ったり何なりして、すぐに終わった。
けれど、北海道が初めてだったサキにとってはかなりインパクトのある旅行になった。
特にミノルの実家の風景は、もし仮にミノルと別れることになったとしても、忘れられないだろうと思えた。
それにあのスープの味も。
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